第27話 俺たちは公宮を調べる


「おい、起きてるか」


エルフのお爺さんはどうやら俺と王子の区別が出来ているらしい。


「うん」


一つ欠伸をして、着替える。


 俺はフードを被らず、この町の人々と同じような服を選ぶ。


庶民の服はどの国でもそんなに変わらない。


黒髪黒目なら目立たないはずだ。


お爺さんは旅人らしい少し品の良い服装にしている。


フード付きの上着は裾が膝ぐらいまであるが、髪と同じ白っぽい色で軽めだ。


 呪術師の巫女の弟子である黒服のラスドはどうも緊張しているようだ。


彼は森を出るのが初めてらしいから仕方ないね。


ここでは黒服はやめて、生成りの薄手のフード付きのコートにしている。


裾丈は腿ぐらいまでの長さなので、暑苦しくはない。


「久しぶりの黒じゃない服はどうも落ち着かない」


「あはは、似合ってますよ」


俺の肩の鳥が彼を誉める。


エルフは体形が華奢なので何を着ても似合うんだよな。


「食事は外にしよう」


「ええ、お任せしますよ」


三人で暮れかかる町に出る。




 久しぶりの王都のような賑わいに懐かしさを感じる。


季節は春から夏に向かっていて、昼間は少し暑いが夜はまだ冷え込むこともある。


俺は肩の鳥をしまっておく。


特に何をするつもりもないので、しゃべることはお爺さんたちにお任せだ。


あまりキョロキョロしないようにして、ただお爺さんの後ろをついて行く。


 裏通りの小さな店に入ると、客はほとんどが亜人だった。


ウザスでも亜人ばかりの店に行ったことを思い出す。


俺はジロジロ見られることは気にしない。


「ふぅ」


と、お爺さんがフードを取ると、エルフだと分かったのか多くの視線が外れる。


ラスドもフードを取り注文しているが、俺は文字が読めないので二人に任せた。




 出てきたのは魚介のスープとパン。


それに何かの肉を焼いたものだったが、味はどれも美味しい。


「この国は南方諸島連合から香辛料を多く輸入している。


自国ではほとんど生産せず、買ったものを他の国に売って利益をあげている形だ」


それは俺も一応パルシーさんの報告で聞いていた。


でも思ったより種類が豊富で美味しい。


 俺は店員を呼んで、身振り手振りで同じものを追加で注文する。


途中でお爺さんが説明してくれて無事に注文出来た。


「そんなに食べるのか?」


お爺さんは呆れていたが、俺はこっそりそれを自分の荷物から出した皿に移して収納する。


ラスドがポカンとしていたが、美味しいものは研究したいじゃん。


「面白いやつだな」とお爺さんは笑っていた。


別に皿を盗るわけじゃないので、店の従業員も気づいていたが何も言われなかった。


ちゃんと金は払うんだし、大丈夫だよね。




 腹ごなしに少し歩こうということで、俺たちは店を出てからしばらく町の中を散歩する。


この町の中心にある公宮は高い位置にあるのか、どこからでも見える。


その周りにあるのは貴族街らしいが、高い石垣に囲まれ、まるで要塞のようだ。


「あの石垣は最近出来たものだ。 戦の準備でもしているのか」


以前はなかった物々しさにお爺さんは顔を顰めている。


いやいや、戦の準備といってもなんでその辺りだけなのさ。


国境沿いとか、港とか、他に国民を守るために出来ることはあるんじゃねえの。


俺は魔道具を出していないのでしゃべれない。


ただぶすっとした顔で歩いていた。




 宿に戻るとこれからの予定を立てる。


俺は鳥を出してテーブルの上に乗せた。


「今夜、ちょっと公宮の警備を見てこようと思います」


「ではお供します」


ラスドがお茶を入れながら当然のように言った。


「んー、一人のほうがいいので。


ラスドさんには町の警備の状況をお願い出来ませんか?」


俺のことを心配してくれているのは分かるけど、やりたいようにさせてもらう。


お爺さんにもその辺りを頼んでみた。


「ラスド、この町は広い。 二手に分かれよう」


「分かりました」


そうして、お爺さんとラスドが町の中を、俺は貴族街に入って調べることにした。




 調べるといってもたいしたことをするわけじゃない。


ただ、夜の警備は見回りが何人、門の側に何人といった風に警備の状況が知りたかっただけだ。


貴族街の石垣の入り口は一応解放はされているが、通る者にはいちいちチェックが入る。


住民なら名前を言えば住民の名簿と付け合わせ、問題なければ許可がでるようだった。


ま、おれは塀を越えるから関係ないけどな。


 ゆっくりと石垣に沿って歩き、人気のない場所で<跳躍><浮遊>を使う。


塀の上には結界の魔法陣が見えたが、軽くその上を飛び越えた。


「中途半端な警戒だなあ」


『それが限界なんだろう』


金とか技術とか?。


フード付きのいつものコートを羽織る。


赤いバンダナを巻いて、<認識阻害>を掛けて歩き出す。


にぎやかな中心通りを公宮へ向かうが、誰も俺を気にする様子はない。




 公宮の館の周りは魔法柵の強化版だ。


人目を避けた場所を探し、三メートルほどありそうな高さだけど、そこはまあ軽く飛び越す。


パーティーでもやっているのか、明るい音楽と人々のざわめきが聞こえる。


俺はゆっくりと館の屋根の上を歩く。


静かな場所を探して建物の中に入り込んだ。


「どう?。 結界の魔術とか、ややこしいのはありそうかな」


俺は実際には歩いているだけで、王子が館の中の警備状況を確認している。


『うーん。 何ともお粗末な感じがするなあ』


アブシースの王宮に比べると魔術があまり高度ではないらしい。


『見てみろ』


庭や廊下には、軍服というには少しみすぼらしい制服を着た者が何人かいる。


魔術の代わりに警備には獣人などが多く、鼻や耳などで侵入者を発見するようになっていると思われた。


『普通の者ならば亜人の能力には敵わないだろうな』


「ま、それならそれなりの対処をすれば済むことだけどね」


今の俺は<消臭><消音>で匂いも足音も消している。




 パーティーが終わったようで人々が外に出て行く。


それを屋根の上から<視力強化>で眺めていた。


「南方諸島連合の代表はいないみたいだな」


黒髪に大柄な身体、赤い瞳という特徴は聞いていたが、それらしい男性の姿は見えない。


もしかしたら残っているのかも知れないと、しばらくの間、人の気配のある場所を探ってみた。


「いないな」


『うむ』


 ウロウロしている間に空が白み始め、俺は館の屋根に上る。


この高さからなら港の先、海の向こうに島がぽつぽつと見える。


「あれが南方諸島か」


『ケンジ、明るくなってきた。 見つかる前に出よう』


「ああ」


そのまま<飛行>を発動し、貴族街の石垣を越えたところで地面に降りた。




 宿に戻って知らん顔をしてベッドに潜り込む。


お爺さんたちは部屋にはいたが、まだ起きているようだった。


 朝になって、宿の食堂で遅めの朝食を取りながら話を聞く。


「ありがとうございました。 参考になります」


俺は二人のエルフに感謝を筆談で伝える。


ここでは鳥を出すわけにはいかず、食事中はバンダナをつけられないからだ。


「それで、これからどうするんだ?」


「お二人は森へ戻ってください」


ラスドは顔を上げると俺をじっと見た。


「ネスさんはどうなさるのです?」


俺は食後のお茶を飲み終えると、赤いバンダナを口元に巻きフードを被る。


「南方諸島に行ってみようかと」


お爺さんの顔色が変わった。


「殿下、いけません!」


おおい、ここで殿下呼びはだめですよおおお。


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