第15話 俺たちは平静を装う


 巫女はそれ以上のことは訊かずに、再び階段を上り始める。


俺は黙ってその後について行く。


あまり突然の出来事だったため、俺も王子もしばらくは声も出せなかった。


何から話をしていいのか分からないのもある。


 俺は肩の鳥が無事だったことにホッとした。


あの空間では姿が見えなかったから、こっちに残っていたのかな。


やがて俺たちは階段の一番上に辿り着いた。


 そこには供物が捧げられている台があり、照明が揺れていた。


神殿の外観より階段が長いのは、間違いなくこの建物自体がどこか他の場所に繋がっているせいだな。


空気が違う気がする。


「ここに毎朝、供物を捧げるのがわしの仕事じゃ」


そう言いながら、巫女は怪訝な顔をしていた。


「いつもなら神の気配があるのだが、今朝はあまり感じられん」


俺はさっきのダークエルフの顔を思い出して嫌な気分になったが、王子が平静を装ってくれた。




 巫女が持ってきた鞄から供物を取り出して並べる。


その間、俺は周りを見回し、あのダークエルフの姿や、それに似たモノがないかを調べた。


王都の神殿にあった女神像のようなものがあるのかなと思ってたけど、何もないなあ。


祝詞というのか、巫女が何かを唱え始めた。


静かに感謝の言葉を捧げているようなので、俺も巫女の後ろに座り込んで目を閉じる。


『アレはこの言葉をどう思って聞いているのだろうな』


いつもは気配があるそうだから、祈りの言葉ぐらいは毎朝聞いているんだろうけど。


『あの態度では、とてもまともに聞いているとは思えないが』


と、王子が顔を顰めている。


(いや、エルフ族には優しいのかも知れないだろう?)


少なくとも、この呪術師の村は守られているのだし。


 巫女が立ち上がる気配がしたので、俺も目を開ける。


「戻るぞ」


「あ、はい」


もう終わったらしい。


俺たちは階段を下り始める。




 下りっていうのは上りより短く感じるね。


あの長かった階段があっという間に終わってしまった。


「ふう」


俺が一息吐くと、同じように巫女の周りに集まった女性たちがホッとしているのを感じた。


 神殿を出て、朝食の席に着くと、村の住民たちも何故か皆ホッとしている。


『おそらく、だが』


王子の声が重く響く。


『あれは私たちを試したのだろう』


(どういうこと?)


『つまり、あの階段を上っている間に異空間に繋がり、裁定を受けたということだ』


(裁定?、良いか悪いかを決めたってこと?)


俺はぞっとした。


邪神の気分次第で、俺たちはあの階段から突き落とされてたかもということか。


巫女も、村の住民たちもそれを知っているんだ。


だから俺が無事に戻って来たことに安心したんだろう。


(じゃ、今までもそうやって邪神が生死を決めていたのか)


俺たちが転げ落ちなかったのはやはり幸運以外の何物でもなかったのかも知れない。


後で知ったが、何もないのが普通で、たまに落ちる者がいるそうだ。


死んだ者はいないらしいな。


それでも大ケガは免れないのに、誰もそれを止めない。


俺はサーヴにいる巫女の孫娘がこの村を嫌っていた本当の理由が何となく分かった。




 朝食後、俺は「長い階段で疲れた」と言って自分たちの小屋へ戻った。


自分で飲みなれたお茶を入れて椅子に座る。


「あれはいったい何なんだ」


ダークエルフ。 この世界では絶滅したという種族。


『いや、数が少なくなっただけで絶滅したとは限らない』


そうだね。


 そんなことを考えていると、白髭のエルフが入って来た。


「無事に生還、おめでとう」


やはりこの爺さんも邪神の裁定のことを知っていた。


「……ありがとうございます」


俺が少し睨むと、お爺さんエルフは苦笑いを浮かべる。


「まあ、これで邪神様の許可が下りたことになる。 本格的に呪術を学べるだろう」


俺は目を見張る。


そうか。 俺に呪術を教えるために必要な儀式だったのか。


巫女もこの村の住民も恨みがましく思って申し訳ない。


やっぱり皆にもそれぞれ事情があるんだな。


だけど、俺の茶を勝手に飲む、この爺さんは許さん。


これ高い茶葉なんだよ!。



 

 夜明け前の祈りから戻ると、朝食。


その後は俺はいつもの体力作りをやることにしている。


勉強の合間に魔獣狩りもやるので、身体はちゃんと柔らかくしておかないとね。


俺たちは客扱いということで、食事の用意や後片付けは免除されていたが、おやつを作ったら喜ばれた。


「お前は器用だな」


白髭のエルフはしかめっ面で、褒めているのか貶しているのか微妙だな。


どうやら王子のくせにこんなものを作れるというのが、信じられないらしい。


まあ、実際の王宮での王子の扱いを知ったら、この爺さん、激怒しそうだから黙っておく。




 俺はその夜、菓子を持って、巫女の家にお邪魔する。


「失礼します。 少しお時間いただけますか?」


「ん、なんだ」


この人も勉強熱心なようで、家の中には魔法陣らしいものを描いた紙が散乱していた。


「すみません。 どうしても一度お話を聞いていただきたくて」


お菓子を出し、お茶を入れさせてもらう。


横目でその様子を見ていた巫女は、ため息を一つ吐く。


「お前もしつこい奴だな。 話は聞くと何度も言ってるだろう」


何も今でなくてもいいのにと呆れている。


のんびりした性格なのかな。


「いえ、あまり時間がないんです」


本当ならもっと待ってもよかったんだけど、何だか気持ちが焦る。


じっとしていられないんだ。


「分かった。 何でも話してみろ。 森の神が認めた者だからな」


巫女の言葉に俺はにこりと笑って見せた。




「質問をさせてください」


俺は真剣な顔で巫女の前に座っている。


「いいぞ」


巫女は俺の入れたお茶を啜る。


「あの神殿で呪術を与えられた、ということでよろしいのでしょうか」


「ふむ。 何代か前の巫女の話ではそういうことになっている」


俺は頷いて、質問を続けた。


「ではそれは本当に神だったんですか?。 姿を見られたのでしょうか?」


「それは伝えられておらぬ。 わしは御神託というか、言葉をたまに聞くぐらいであるしな。


それに、神の姿を見た者などおらんと思うが」 


俺はその言葉には首を横に振る。


「エルフの、この森の神様がどういった姿かは知りませんが、私は自分の国の女神の姿は見ています」


年に一度神様が国民のために降りて来て、祝福を与えてくれるのだという話もする。


「本当か、それは。 ……うらやましいな」


驚いた巫女の返事は、最後は小さな声になっていた。




 それを踏まえた上で、俺は大きく深呼吸をする。


信じなくても構わない。


ただ聞いて欲しいとお願いする。


「あなたは、神の気配や声は聞こえても、お姿は見ていないんでしたね」


俺の言葉に巫女はお茶のカップを持ったまま頷く。


「私は先ほど神殿で、異界の狭間に入り込みまして、そこである男性に会いました」


世界と世界の狭間。 実体である身体は入れず、魂だけが入れる場所。


「ダークエルフでした」


神様ではなかったと強調する。


「は、はは」


巫女からは乾いた笑い声が漏れた。


「呪術というのはダークエルフが得意としていた魔術だそうですね」


巫女は、黙って覚めたお茶を見ていた。


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