第14話 俺たちは邪神と会う
もしかしたら……。
「マリリエン様~、お婆さ~ん~」
俺はあの日出会った魔術師の姿を思い浮かべて、呼んでみる。
「マリリエン様、いらっしゃいますか~」
王子は少し驚いた顔をしていたが、それでも何となく分かってくれたようだ。
「マリリエン~。 マリーおばさ~ん」
王子の声に反応したのか、淡い光の玉が飛んできた。
ゆっくりと俺たちの周りを回り、特に王子の周りを何度も回る。
そして少し離れて止まったと思ったら、その光の玉が人の姿になった。
「マリーおばさま」
腰の曲がった小さなお婆さんが杖にすがりつくように立っている。
「殿下。 おお、ケイネスティ様か」
王子が駆け寄って、二人は手を取り合った。
お婆さんはボロボロと涙を零し、王子は潤んだ目で泣くのを我慢している。
奇跡のような出会いに俺は少しうらやましくなった。
「よかったよかった。 また会えるとは思っていませんでしたけど」
俺が声をかけると、魔術師マリリエンは涙を拭きながら微笑んだ。
「ええ、ええ、本当に。 お前様のおかげじゃ」
宮廷魔術師のお婆さんは小さな腰をさらに低くして俺に礼を取る。
しかし、どうやってここに来たのだろう。
俺たちはエルフの森の神殿に居たはずなのに。
「マリリエン、ここはどこなのですか?」
王子がお婆さんを気遣いながら訊ねる。
「ここは世界と世界との間。 魂だけが入ることが出来る場所じゃよ」
俺たちはお婆さんにここに来る前の経緯を話した。
「邪神の神殿じゃと?」
「エルフの間ではそう言われているようです」
お婆さんは考え込んだ。
「『邪神』と呼ばれるモノに心当たりがある」
「え?」
俺たちは顔を見合わせる。
「お婆さん、それ本当?」
俺は恐る恐る訊ねた。
だって、『邪神』だよ?。 邪な神様なんだよ。
怖いじゃんね。
「マリーおばさま。 ここにその邪神がいるのですか?」
再会の喜びは一瞬で消え去った。
王子の顔が驚きと不安で青白くなっている。
「ああ、そうじゃ。 わたしもアレには苦労しとる」
ど、どどど、どど、どうしよう。
俺が狼狽えると王子も不安になる。
「そんなに心配せんでええぞ。 そんなに怖い奴ではないでな」
落ち着け、落ち着け、大丈夫だ。 王子も魔術師のお婆さんもいるんだ。
俺は何度も大きく呼吸を繰り返す。
とにかく、ここに来た理由も、いつまで居られるかも分からない。
情報を集めなければ。
「お婆さん、教えてください。 『邪神』とはいったい何ですか」
魔術師のお婆さんは王子の手をしっかりと握っている。
「お前さんたちの話からすれば、エルフの森の神のことじゃろ?」
そう言いながら、お婆さんは難しい顔をする。
「まったく。 アレは何を考えているのやら」
やはりどうもあまり質の良くないものだと思われた。
「お前さんたちがその神殿からここへ来たということは、そことは繋がっておるのだろうな」
どうやらその邪神と呼ばれるモノは、神殿から来たというのは間違いがないようだ。
「神、なんて呼ばれておるが、アレはわたしらが知っている神とは違うぞ」
「え?、それではー」
王子はじっと目を閉じている。
こういう時の王子は魔力を使って何かをしているはずだ。
俺は邪魔にならないようにお婆さんと会話を続けた。
ここにいる間に少しでも情報を引き出さなければならない。
「それは、お婆さんや俺たち同様、精神だけのモノなのですね」
実体はエルフの森から来た何か。
「だろうの。 魂だけであることは間違いない」
俺はごくりと息を飲んだ。
「困っている、とおっしゃいましたね。 姿を見たんですか?」
お婆さんはコクリと頷く。
「ああ、顔を見れば会話もするが、ま、この空間は広いのでな」
たまにしか出会わないそうだ。
出会う、と聞いて俺はぞっとした。
「お婆さん。 ここにいるのは危険じゃないの?」
王子もその言葉にはピクッと身体が揺れた。
「かといって、わたしゃもうここから出ることは出来んからのお」
元の世界の身体はもう無い。
しかも俺のように誰かの中に入るにしても、適応出来る魔力の器がなければならない。
お婆さん魔術師はとっくに諦めていると薄く笑った。
「あ、来る」
王子が目を開けた。
何かを感じ取ったようだ。
「どうやら、あちらから来たようだの」
マリリエンが魔術の杖をしっかりと握る。
俺は二人が見ている方向にゆっくりと視線を向けた。
淡く光る光沢のある黒い床と壁。
恐ろしく広い空間の中に、今まで感じたことのない風が吹く。
俺がどんなに目を凝らしても何も視えない。
だけど他の二人はじっと何かを見つめていた。
俺は黙って何かが起きるのを待つしかない。
ふいに何かが目の前を過る。
「あうっ……」
「王子!」
マリリエンと手を繋いでいた王子が吹っ飛んだ。
俺は慌てて駆け寄る。
「誰だっ」
俺が振り返ると、それは魔術師のお婆さんの横に立っていた。
「お前らこそ何者だ」
若い男性だった。
でも特徴的な耳を見ればエルフだろう。 そうなれば年齢は見た目では判断出来ない。
王子も俺もその姿に目を見張っていた。
その男性はエルフ族には違いないが、褐色の肌と白い髪、魔獣のような赤い眼をしている。
俺はこっちの世界に来て色んな種族を見てきたが、彼のような姿は初めて見た。
そういえば元の世界のファンタジーの絵では見たことがある。
「ダークエルフ?」
俺がそう呟くと王子は首を振る。
「まさか。 ダークエルフはとうの昔に絶滅したと言われている」
絶滅しかけている砂族がいるんだし、絶対にいないとは言えないと思うよ。
それに、ここは魂だけの場所だから、もう絶滅している種族がいても不思議じゃない。
魂だけが入れる空間と繋がった神殿。
もしかしたら過去にもこうして誰かの魂が入って来たかも知れない。
「いるはずのないダークエルフに出会えば、そりゃ驚くな」
おそらくあまり良い印象を持たれていない種族なんだろう。
この姿を『邪神』と呼ぶのだから。
俺の言葉に目の前の男性の殺気が膨れ上がった。
ここは魂しか来られない場所だ。
俺たちは思ったことを隠すことが出来ない。
すべて駄々洩れになってしまう。
しまった!、と思ったがもう遅い。
「出ていけ!。 お前たちが来る場所ではない」
「うわっ」
俺と王子は一瞬目の前が真っ白になり、どこかに身体をぶつけた。
「何をしておる」
俺が目を開けると、そこは神殿の中。 巫女の女性が俺の顔を覗き込んでいた。
さっきまで側にいた王子の姿はもうない。
身体は再び一つになっていた。
よく見ると、階段の途中の広い場所で寝転がっている状態だ。
俺たちはまだ頂上には到達していなかったのである。
「あたた」
床に身体を打ち付けてしまったようで、あちこちが痛い。
巫女が俺の顔を覗き込んでいた。
「突然、動かなくなったと思ったら、器用に転びおって。
まあ、階段を転げ落ちなくて幸いだったな」
巫女の手を借りて立ち上がる。
俺は上ってきた階段を見下ろして、ギョッとした。
巫女の言う通り、俺は幸運だった。
ここから落ちていたら、間違いなく死んでただろう。 魔法なんて使う暇もなくー。
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