第13話 俺たちは神殿に入る


 高台のエルフの村で、俺たちは黒い服のエルフたちに囲まれ、毎日お勉強である。


正直、ここまでエルフの若者たちが熱心に俺の話を聞いてくれるとは思っていなかった。


あ、俺じゃなくて王子か。


『彼らは元々魔力が高く、魔法に対する素養がある。 こちらの話も理解が早くて当たり前だろう』


ということらしい。


俺は王宮に居た頃、地下の部屋での魔導書の指導に音を上げた口だから偉そうなことは言えないけどさ。


「でも実際、閉鎖的って言われてるエルフ族が人族の俺たちの話を聞くっていうのがそもそもあり得ないんじゃない?」


休憩時間にボソボソと独り言のように王子と会話をしていると、


「その通りだな」


と、白髭のエルフが声を掛けてきた。




 このお爺さんは、森の中にあったエルフの村の長老だ。


俺たちが最初に入った村、というか、俺たちを捕まえて酷い目に遭わせようとした村だけど。


「あなたはご自分の村に戻らなくてよいのですか?」


あれからずっと俺たちと一緒にこの村に居る。


「構わんさ。 ワシはこれといって何もしておらんからな」


そういえば、俺が村に入ってから拷問というか、尋問されていた間もお爺さんは姿を見せていなかった。


五日目くらいにやっと姿を見せたんだよね。


「日頃、何をなさっているんですか?」


現在の村長の祖父に当たるそうだが、仕事は何をしているんだろう。


「そうだな。 何といえばいいのか。


ワシはあの広場の大きな木の一番上まで上がって、森を見ている」


森の中は地面まで日光が届かず、薄暗く湿っぽい。


そんな森に長くいると飽き飽きしてくるのだと笑う。


いやいや、お爺さん。 村長までしていた、あなたの村でしょうに。




 俺が毎朝、体力作りを続けていると、最近では村の若者も参加するようになった。


彼らの武器は長剣よりも短剣や弓が多い。


俺が体術の型を教えると、彼らは弓の扱いを教えてくれた。


最初はなかなか当たらなかったが<投擲>の魔法陣を使ったらすぐに当たるようになった。


王子、今度は<必中>の魔法陣をお願いしたい。


『ずるくない?』


(いいんだよ。 別に弓兵になるわけじゃないんだから)


エルフたちも俺が魔術を使っているのは分かっている。


「私たちも弓を射る場合、必要に応じて魔法を使うから」


やさしい女の子の黒服のエルフが教えてくれた。


王子が無意識に天使の微笑みを発動したお陰である。 たぶん。




 森の魔獣はこの高台までは上がって来ない。


巫女は「森の神のお陰」だと言うが、結界でもあるのかな。


『うーん、魔術の気配はないが、呪術で守られているのかも知れないな』


確か、森の中のエルフの村でも魔獣除けの魔道具があるという話だった。


「同じ魔術なのにやっぱり違うんだね」


『そうだな』


王子も毎日呪術と魔術の魔法陣を見比べて調べている。


エルフ語を解読すればその違いがはっきり分かるだろう。


「それなんだよねえ」


俺はとっくに諦めた。 王子に任せっきりである。




 エルフ語の解読も長老のお陰で順調に進んでいる。


長く滞在していると、高台の下の森を何日かに一度、通り雨のように洪水が通り過ぎるのが見えた。


それを見る度に、森のエルフたちがまた俺のような迷い込んだ者を探して歩きまわっている姿が目に浮かぶ。


「あの洪水はどこから来るのですか?」


巫女の女性に訊いてみると、


「森の奥に湖があって、何日か毎に溢れるのだと聞いている」


と教えてくれた。


だが、その湖を見た者はいないそうだ。


「へえ」


俺は、よく木の上に登って森を見ているというお爺さんが何かを知っていそうな気がした。


今度訊いてみよう。


そのお爺さん、肝心なときに姿が見えないんだよね。


いったい何をしてるんだろうな。




「ネス。 ちょっといいか」


ある日、巫女の女性が夕食後に俺を呼んだ。 


「何でしょうか?」


「明日の夜明け前に一緒に神殿に入ってみるか?」


俺が思ったより礼儀正しく信心深いと思ってくれたようで、ようやくお誘いを受ける。


 あの神殿には早く入って見たかった。


でもああいうところは許可がなければ入れない。


元の世界の日本の神社や寺でも気軽に入れない雰囲気ってあるよね。 あんな感じなのだ。


「喜んでお供します」


あんまりうれしそうにするのも良くないと思って、真剣な顔で深く礼を取る。


「いや、そんなに緊張しなくともよいぞ」


「はい」


王子がニッコリ笑うと、巫女が少したじろいだ。


「こいつの微笑は破壊力がすごいな……」


小声でつぶやくのが聞こえた。 


あはは、俺もそう思う。




 翌朝、俺たちは待ちきれずにかなり早い時間から神殿の入り口で待っていた。


「お、おお。 早いな」


巫女と側にいる女性たちに引かれてしまった。


「緊張いたしまして、眠れませんでした」


うん、嘘は言っていない。


とうとう『邪神』の手掛かりが得られそうなのだ。


楽しみ過ぎて眠れなかったよ。


 とにかく服装は夕べ指示されたように、なるべく清潔で清楚なものを用意した。


王子の魔法陣があるので<洗浄>や<乾燥>で日頃から清潔にしている。


だけどやはり布は傷むので、今回は<復元>をかけて真新しい服になっていた。


いつもはボサボサにしたままの髪も撫で付けてきちんとしている。


(俺も王子がすっきりした姿を久しぶりに見た気がするなあ)


『うるさいよ』


王子が少し照れている。


ノースターを出てからあんまり身だしなみなんて気にしたことなかったしね。


ていうか、旅に出てからはずっと黒髪黒目だったから、金髪緑眼の王子でのきちんとした姿は本当に久しぶりだった。


心なしか巫女の女性の側に付いている若い女性エルフたちがボーっとしてる気がする。


ここで王子が微笑んだら全員失神するんじゃね?。


『ケンジ、何を考えてるんだ』


なんでもなーい。




 木の匂いがする。 当たり前だけど。


どんな造りなのか俺にはよく分からないけど、かなり太い木材が使われている。


あまりキョロキョロするのも失礼だし、なるべく顔を動かさないように周りの様子を見ていた。


まだ薄暗い時間なので、建物の中には魔術の照明があちこちで揺れている。


火を使わないのは燃えやすい木造の建物だからかな。


 そんなことを考えながら廊下を歩いて行くと、突き当りに長い階段があった。


「うわぁ」


長い長い階段が遥か上まで続いている。


外から見るとこの建物自体が高かった。 あの頂上まで続いているんだろうか。


俺が立ち止まったので、巫女が振り向いた。


「どうした?。 行くぞ」


「あ、はい」


俺は慌てて後ろに続いた。


他の女性たちは階段の下までで、それ以上は付いて来なかった。




「え?」


どれだけ上っただろう。


俺たちはふいにおかしな感覚を覚えた。


(あ、俺はこの感覚を知っている……)


俺の目の前に真っ黒な、ツヤツヤと光る壁と床。


「魔術師マリリエンと出会った異空間だ」


俺がそう呟くと、王子の姿が俺のすぐ横に現れた。


俺は黒髪黒目の自分の姿に戻っている。


「ということは、ここは魔力の部屋と同じか」


『魔力だけの空間。 もしくは精神だけの部屋』


俺たちは並んで周りを警戒する。


そこに巫女の姿は無かった。


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