第4話 俺たちは呪術師に会う


 それにしても、と俺は不思議に思う。


このお爺さんエルフはどうしてこんなことまで会ったばかりの俺に話してくれたのだろう。


王子の母親の知り合いらしいけど、ここまでしてくれる理由が分からないな。


『そのうち分かるさ。 今はそんなことを心配していても仕方がないよ』


王子はエルフの村に入ってから、どちらかというと静かに観察していることが多い。




 この家にきて二日目の深夜、俺は目が覚めてしまったので外に出てみた。


この家は村の中心にある大きな木の近くで、かなり上のほうにある。


空が近い。


たくさんの星が枝葉の向こうに広がっている。


 俺はサーヴの町の自分の部屋の天窓を思い出していた。


「皆、元気でやってるかな」


砂漠を渡ってから何日経っただろう。


記憶があやふやだけど一週間から十日以上は過ぎた。 ひと月は経っていないと思う。


 俺たちは北の領地から逃げ出した時と同じように、また慕ってくれる者たちを置き去りにしてしまった。


『今回は違う。 私たちは必ず戻るのだから』


「そうだね」


早く戻ってやりたいけど、まだまだ時間はかかりそうだ。




 そんな思いで空を見上げていると、背後の闇が動いたような気がしてゾクリとする。


慎重に振り向き、念話鳥を出す。


「誰かいるのか」


家主のお爺さんを起こさないように小さな声で闇に問いかける。


「ほお、よく気が付いたの」


家の陰からひとりの美しい女性エルフが姿を見せた。


 王子の容姿を上から下まで舐めるようにじろじろ見ている。


「あのー」


「ふむ。 あの子の好みじゃな」


「え?」


見かけは三十歳くらいのその女性エルフは俺に近づくと手を出した。


「髪飾りを持っておるのだろう?」


「あ、はい」


俺はサーヴの町で預かった髪飾りを渡す。


「確かに」


そう言って、女性はその髪飾りを愛おしそうに抱き締めた。




 家の中からエルフのお爺さんが出てきた。


「誰かと思えば。 早かったな」


ああ、やっぱり。 このエルフの女性が例の呪術師なのだろう。


「ふん、あの孫娘に何があったか聞かねばならぬからな。


しかしこうして髪飾りがここにあるということは、これが無くとも安全なところにおるということじゃろう」


見かけは若いのに言葉遣いが完全に年寄りって、何だか詐欺っぽい。


「とりあえず中に入れ。 他の者の邪魔になる」


エルフのお爺さんが促す。


 呪術師の側には黒い服を着た二人の男性エルフが控えていた。


実はこの家にも離れた場所で見張っている者がいる。


彼らにこれ以上緊張させちゃいけないよな。




 家に入ると俺が率先してお茶を入れた。


どう考えても俺が一番年下で、身軽に動けるしね。


サーヴでは季節はまだ春が浅かったけど、こっちは森の中のせいか蒸し暑い。


少し温めにした。


「美味いな」


「ほんに」


「ありがとうございます」


俺の肩の鳥が答える。


鞄からこっそり高級茶を出したからね。




 呪術師の女性は俺の鳥を見ても「良い魔道具だな」と言うだけで驚きはしなかった。


「魔力布がどこで作られているか知っておるか?」


「いえ」


エルフの女性はふふんと鼻を高くして「エルフの村じゃ」と言った。


魔力の多いエルフがその魔力を込めて織る布らしい。


なるほど。


 俺の念話鳥は特殊魔法布に、王子が魔法インクで魔法陣を書き込んで作ったものだ。


国王はこのエルフの森のどこかでこの魔法布を手に入れたのだろう。


 当然だが魔法布は魔法紙よりも耐久が高い。


そして、より多くの魔力が込められている特殊魔法布はそれ自体が魔道具であり、描き込んだ魔法陣ごと変形出来る。


「お前の持つその特殊魔法布はな。 何万枚に一枚しか出来ないのだ」


げ、俺たち国王陛下から特殊布二枚も貰った。


しかも布団くらいあるでっかいやつを切って使ってるよ。


何となく俺たちを見る老人の目が呆れてたような気がする。




 そして夜は間もなく明ける。


それまでの時間、俺は二人のエルフにサーヴの町の話をすることになった。


 孫娘の解呪の話を、女性は少し険しい顔をして聞いていた。


「まったくあの子は無茶をする」


見よう見まねで解呪の儀式をするなど、危ないことをすると怒っていた。


「でも私たちはとても助かりました」


王子が呪術師の巫女に対して丁寧に礼を言った。


「そ、そうかい」


王子の言葉に女性は少しうれしそうだ。




 空が明るくなると、俺たちは話すことを止めて朝食の準備にかかる。


眠気はすっかり飛んでいた。


 家主のお爺さんが作ってくれる食事はとても質素で、籠で吊るされていた時と変わらない。


あれは囚人用というわけじゃなかったのか。


 その朝食の後、エルフの女性が立ち上がる。


「私はちょっと席をはずす。 また後でな」


俺は慌てた。 まだ肝心な話が出来ていない。


「あ、あの。 どうしてもお話したいことがあるんです!」


俺があまりにも必死な顔をしていたせいだろう。


その女性は苦笑いで答えた。


「ああ、大丈夫。 また必ず来る。 約束だ」


そう言って、俺が渡した髪飾りをもう一度俺に返してくれた。


「ネス、といったな。 そなたがそれを持っている限り、な」


そう言って女性は二人の黒服を連れて出て行ってしまう。




「呪術師は女性が多く、魔女と呼ばれる」


お爺さんの話では、一説には『邪神』が女性に好んで教えるからだとも言われているそうだ。


女好きな神様、ねえ。


 そして呪術を得たために、彼女たちはこの村から離れていったそうだ。


「それはこの村の者たちが彼女たち一族を追い出したということですか?」


「そうだな。 そういうことになるだろう」


老人は顔を顰め、何かを悔やんでいるようにも見えた。


大半の村人が呪術を嫌っていると孫娘のエルフが言ってたからな。


 エルフは長命だ。


それはいったい何年前の話なのか、俺には分からない。


それでも今はこうして交流もあるということは、この村でもそれなりに利益はあるんだろう。




 老人の家がある枝から広場を見下ろす。


先ほどの女性が黒服と共に何か作業をしているのが見えた。


村のエルフたちはそれを遠巻きにし、子供にはそれを見せないようにしているのか、家の中へ追いやっている。


『どう思う?』


「どうって。 どう見ても何かに使う気だろう」


籠から出された大きな魔獣には、魔術を施してあるのか、魔力を感じる。


『あれを呪術に必要な代償にするんだろうな』


なるほど、呪術師に材料として渡す。 それがこの村の収入になるということか。


「興味があるのか?」


俺の後ろから白髭のエルフが声をかけてきた。


「ええ」


俺は、というより王子がね。


そして、振り返らずにじっと広場の光景を凝視している。


 広場の隅で大きな魔獣の身体を囲んでいる数名のエルフ。


巫女が何か術を使っているのが俺でも分かる。


補佐をしているのか、昨夜見た黒い服のエルフが二人、巫女の側に立っていた。


(魔法陣、見える?)


『ああ』


こそっと王子と会話する。




 それにしても、何だろう、この違和感は。


巫女の作業のほうは王子に任せ、俺は高い場所から村全体を見渡す。


忌避しているはずの村の男性たちがじっと作業を見つめていた。


あれは見張ってるっていう雰囲気じゃない。


人を監視しているのではなく、作業する手元を見ているような気がする。


(まるでひとつひとつを見逃さないようにしてるみたいだ)


彼らの、あまりにも真剣な瞳が俺には不思議な感じがした。


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