第3話 俺たちは老人の世話になる


 年齢不詳のエルフ族にしては珍しく、皺が刻まれた顔で老人だとはっきり分かる。


ということはかなり高齢なのかも知れないな。


見かけは老人なのに、声は若々しい。


王子の<変身>の魔術みたいに威厳を持たせるために外見を変えているのかな。


俺はぼんやりとそんなことを考えていた。


 お爺さんは、ふむ、と髭を撫でながら俺を見た。


「すまんが、顔を見せてくれないか」


村に連れて来たエルフが、俺を引きずるように老人の前に突き出す。


じっと俺の顔を見ていたお爺さんは、


「名前は何というのだ」


と聞いてくるが俺はただ首を振る。


喋れないんだもん。




「言葉が分からないのではないですか?」


誰かの声に、俺は自由になった手で自分の手首を撫でるように触った。


「何か言いたいことがあるのか?」


白い髭のお爺さんは不思議そうに俺の仕草を見ている。


 女性の一人が気付いて、俺のバンダナを持って来てくれた。


俺はそれを受け取ると念話鳥に変形させ、肩に乗せた。


「おおお」


どよめきが起こる。


「ほお、その鳥は魔道具かな」


「ええ、そうです。


私は生まれつき声が出ません。 魔道具がないと喋れないのです」


そう言ってお爺さんのほうに移動させる。


俺の鳥はスィーと飛んで白髭のエルフの肩に停まる。


「実はある方を探しています」


俺の鳥は小さな声でそのお爺さんに囁く。


驚いて目を見張りながら、お爺さんは俺のほうに鳥を返す。


「ついて来なさい」


悔しそうに歯ぎしりする男性エルフたちの前を、俺はお爺さんの後について行った。




「座りなさい」


大きくはないが小綺麗な木の家だ。


中には小部屋はなく、家具などで大雑把に区切られているだけである。


その片隅に大きなゆったりとした椅子があり、俺はそこに座るように促された。


「痛みは酷いか?」


「いえ、大丈夫です」


<回復>と呟くだけで身体が元通りになる。


お爺さんは苦笑いだ。


「優秀な魔術師のようだな。 その顔、その姿は本物か?」


自分が容姿を変えているからだろうか、お爺さんは俺にそんなことを聞いてきた。


 俺は家の中を見回す。


外には数人いるようだが、俺たちの会話を聞いている気配はない。




「生まれつきです。 母はエルフでしたが、もう亡くなりました」


部屋の空気がビクッと震えたような気がした。


「母親がエルフだと?。 まさか」


……ソーシアナ


ポツリと呟いた声が聞こえた気がした。


それは王子の母親の名前だ。


否定も肯定もせずに、俺たちはただ黙って座っている。


 気になることはいくらでもある。


だけど今はそれを訊く暇はない。


俺たちの目的は王子の母親の話を聞くことではないのだから。




 そのエルフのお爺さんの家は広場から近い木の上にあった。


家は小さいが他の建物よりもかなり高い、数段上の幹の上にあり、高級感がある。


地位が高いのかな。 強そうには見えないのに、村長らしい男性さえ黙らせてたし。


『かなり身体も鍛えているようだ』


実際に戦ってみないと分からないが、かなり強そうだと王子も警戒している。


「誰かを尋ねて来たと言ったな」


助けてもらった相手だし、隠す必要もないだろう。


「実は、旅で出会ったエルフの少女に頼まれまして、彼女の家族に会いに来たのです」


俺は懐に隠された魔法収納鞄から髪飾りを取り出した。


これはその女性から預かったものだと言って見せる。


 じっとそれを見ていたお爺さんは、一つ頷いて、


「これの持ち主は自ら村を出たということだったな」


と確認してきた。


「はい。 自分は元気にやっていると、大好きな家族に伝えて欲しいと頼まれました」


「なるほど。 その髪飾りには見覚えがある」


お爺さんはそう言って何やら手紙を書き、誰かを呼んで、それを届けるように言いつけた。


「君が探しているご婦人は、ここから少し離れたところに住んでいる。


連絡を取るのに少し時間がかかるのだ」


返事が来るまで二、三日かかると言われ、俺たちはしばらくの間、この村に滞在することになった。




 お爺さんは一人暮らしで、俺はしばらくこの家で世話になることになった。


村長らしい男性は反対したがお爺さんは全く気にせず、まるで俺を身内のように扱う。


俺を吊るしていたエルフ連中は青い顔をしていた。


「どうして私を助けてくださったのですか?」


翌朝、朝食後のお茶をいただきながら、そんな話をしてみる。


白い湯気をくゆらせながらお茶を飲んでいたお爺さんは、


「エルフは気まぐれなんだよ」


と言っただけで、それ以上は話してくれなかった。


 俺は、時々、このお爺さんが王子の姿を目で追っていることに気づく。


『私の母の名前を知っていたということは、何か関わりがある方なのだろう』


王子もそう思っていた。 だからと言ってそれを利用するのは違う気がする。


俺は、泊めてもらうのだからと家事やお爺さんの仕事を積極的に手伝った。




「エルフの森には、ここのような村はいくつもあるのですか?」


「昔はたくさんあったが、今はこの規模のものは少ない」


今回尋ねる予定のご婦人がいる一族の村もここより小さいらしい。


 このお爺さんは元村長で、村で一番の長老だった。


今の村長らしいあの男性は彼の孫に当たるそうだ。


「母親が人族に攫われてな。


それを追って行った父親は魔獣に殺され、人族を恨んでいるのだ」


許してやって欲しいと謝られた。


「いえ、気にしていません」


閉鎖的な村では余所者を警戒するのはよくあることだし。




 ただ気になることがあった。


「あの広場にぶら下がっている檻は何のためでしょうか」


木の檻の中にいたのは魔獣やエルフ、亜人と様々だった。


「あれは……気にするなと言っても無理だな」


本人が一時的にせよ、あの中に囚われていたのだから。


お爺さんは不思議そうに俺を見ながら、


「君は水筒に手をつけなかったのか?」


と訊かれた。


ああ、やっぱり、あれは危険だったのだ。


「えっと、はっきり言って怪しいと思っておりましたので」


王子は幼い頃、王宮で薬入りの食事を食べさせられていた。


ゆっくりと弱らせるなら食事など日常的に口にするものに混ぜるのが一番怪しまれないことを知っている。


生きることを諦めていた王子は毒だと分かっていても、口にしていたけどな。


『うるさいよ』


あはは、王子が拗ねた。




 お爺さんは小さくため息を吐いた。


「あれは見せしめであり、村の権威を表している」


エルフの罪人とはいっても村を抜け出ようとしただけの若者らしい。


「過酷な森の生活に耐えきれず、村を離れる者が相次いだからな」


それを何とか恐怖で留めようとしているらしい。


「迷い込んだ者をこうして晒しているのも他種族に対する見せしめだ」


白い髭のエルフは昔話を語り始めた。



 昔、人族がエルフの村を襲い、女子供を連れ去り、男たちは殺された。


人族は能力の高い獣人などの亜人を使って凶行に及んだのである。


長命なエルフ族は、その悲惨な出来事を昨日のことのように覚えているそうだ。


だからと言って、その恨みで犯人でも無い者に拷問まがいのことまでするのはどうかなあ。


俺は悪趣味だと思う。


「エルフ族が平和的なおとなしい種族だというのは間違いですね」


お爺さんは苦笑いで頷く。


「そう思わせるためだ」


そんな会話をしながら、一日はゆっくりと過ぎていく。

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