第2話 俺たちはエルフの村へ行く


 カサリと弱々しく下草をかき分けた足音が近づいて来た。


俺はとっさに焚火を消し、フードをかぶる。


バンダナを取り出して「誰だ!」と闇に向かって叫ぶ。


「す、すみません。 み、みずを」


ずぶ濡れのエルフの男性が、身体を引きずるようにして姿を現した。


 正直、胡散臭くて仕方がない。


魔獣のいるこんな森で、何も持たずに生き残れるほど強いエルフがおとなしいはずはないのだ。


だけど見放すことも出来ず、俺は水筒を渡し、もう一度火を熾してあたらせた。


「ああ、ありがとうございます。 ありがとうございます」


男性の年齢は分からない。


エルフ族は人より成長が遅く、人間では大人の年齢でもエルフでは子供だったりする。




「持っていた荷物がすべて流されてしまいまして」


俺は予備で持っていた小さな鞄からリンゴを取り出して彼に渡す。


俺の魔法収納の鞄は出来ればあまり知られたくないので、今は服の裏に貼り付けている。


ドラ〇もんのポケットが服の内側にあるといえば分かり易いかな。


 うれしそうにリンゴを頬張るエルフはおとなしそうに見えるが、俺にはエルフの善悪なんて判断が出来ない。


「なるほど。 私も似たようなものです」


そう言って俺は頭を掻く。


森に迷い込んだという設定だ。


見た目はエルフに近くても俺たちはエルフではないからね。




「おや、そうでしたか。 ではお礼に村へ案内しますよ」


少し回復したようで、男性は夜が明けたら案内してくれるそうだ。


「よろしくお願いします」


俺はフードを深くかぶり赤いバンダナを口元に巻いている。


よくこんな胡散臭い者を村へ入れる気になれるな。


「村の方角はどちらですか?」


俺は「あなたも迷子なのでは?」と心配そうな声を出す。


「いえいえ、大丈夫ですよ」


彼は東の方角を指差した。


ほお、村へ案内する気はあるようだ。


サーヴのエルフの女性が教えてくれた方向を指している。


まあ、案内してもらいましょうかねえ。




 やがて夜は明け、助けたエルフに案内されて森を歩く。


「しかし、あの洪水にはビックリしました。 まさか森でおぼれそうになるなんて」


俺は歩きながら彼に話かける。


「ええ、ええ、外から来た皆さんは驚かれますが、あれがないと森は活性化しないのですよ」


水は様々な効果がある。


エルフの食料や作物などの生活に欠かせず、森への影響も少なくない。


「この辺りの魔獣も弱らせてくれますし」


なるほど。 そういう獲物を探して彼は森を歩いていたのかも知れない。


そうなれば、やはり一人ではなかったのだろう。


エルフの村に着くころには出迎えが待っていた。




「捕らえろ」


代表らしいエルフの男性が声を上げ、案内してくれたエルフが俺を縛り上げる。


手慣れたものだ。


「な、なにをするんですか」


「へっへっ。 お前は人族だろう。 簡単には殺さない」


俺の手を縛り上げた男性が小声で囁く。


 持っていた予備の鞄や短剣は奪われたが、俺はとっさに赤いバンダナだけはポケットにねじ込んでいた。


声を失っている王子の身体は、他の誰かに言葉を伝える場合には魔道具が必要になる。


これが無いと声が出なくなるからね。


 女性や子供の顔も見える村の中を通り、大きな木の根元にある広場のようなところに出る。


そこには鳥籠のような檻があり、その中に放り込まれた。


ガラガラと音がして、木で作られた檻は大人の背丈ほどの高さに浮く。


「逃げようとしても無駄だ。 これは村のどこからでも見えるからな」


檻は大人が二人ほど横になれるかどうかというくらいの大きさである。


俺は黙って、おとなしく真ん中に座り込んだ。




 広場を見回す。


同じような檻が広場の中心にある大きな木にいくつかぶら下がっていた。


大きな魔獣や罪人らしきエルフ、そして獣人などの亜人の姿も見える。


 皆、不思議とおとなしい。


あの洪水で弱っていたところを捕らえられたのかな。


無事だったとしても俺と同じように弱そうなエルフが近づいて連れて来た、というとこだろう。


(エルフはおとなしいと聞いてたけど、そうでもないんだな)


『まあ排他的らしいからね』


少し苛ついている王子と声を出さずに会話する。


正直、元の世界で見た映画かなんかの印象と全く違う。


姿形は綺麗だけど、なんていうのか、村全体の雰囲気が暗い。


俺はなるべく見えないようにしてバンダナを手首に巻いておいた。




 食事はちゃんと出てきた。


運んできた女性に「ありがとうございます」と声をかけ、天使の微笑みを発動する。


エルフの女性でも効果があることはサーヴの町のエルフさんで実証済みだ。


真っ赤になった女性が足早に去って行く。


 俺はなるべく礼儀正しくを心掛けて食事をする。


元から王子のお陰で立ち居振る舞いは優雅なものだ。


食事は美味しいとはいえないが、出るだけありがたいと思って俺は神に祈りを捧げる。


まあ形だけの、 元の世界の「いただきます」ってやつだ。


もし、この村に呪術に関係した魔術師がいるなら信仰心は必ず必要になる。


王子のことが噂になれば、きっと接触して来ると思う。


『そう上手くいくかな』


(さあね)


だめなら様子を見て逃げ出すさ。


このくらいの檻なら王子の魔術で簡単に壊せる。


でも呪術師を探すのが面倒なんだよね。


(向こうから名乗り出てくれればいいんだけどなあ)


できれば穏便に済ませたい。




 二日経った。 食事を運ぶ女性の面子が毎回違うのは何故なのか。


お礼を言うと真っ赤になって逃げて行くのは同じだけどね。


「まいっか」


食事は一日二回で、ほぼパンのようなものが一つに、椀に入ったスープだけ。


あとはお茶のようなものが入った水筒を渡される。


王子から『それは飲むな』と言われているので、俺は飲んだふりだけだ。


 俺たちはエルフの森に入ってすぐに、魔法鞄を服の内側に貼り付けている。


王子が<隠蔽>だの<錯覚>だの色々と服に施したおかげで見つかってはいない。


夜中にこっそり取り出しては水分補給や軽い食事を摂っている。




 三日経っても俺に何の変化もないので、とうとう村長らしい男性がやって来た。


「我々エルフは荒事は好まない」


そう言いながら俺を引きずり出して、縛り上げた腕を木に吊るす。


バンダナを奪われたが俺は無抵抗でされるがままになっている。


きっと弱々しく見えるのだろう。 女性たちが痛ましそうな目で見ていた。


「お前は何者だ。 この村に何の用だ」


そんなことが聞きたいなら別に吊るす必要はないと思うんだけどな。


 王子はバンダナに魔力を通して発動しなければ声は出せない。


黙っていると「何か喋れ」と余計に怒らせてしまう。


直接的に殴ったりはしないが、水をかけられたり、火を近づけたりしてくる。


陰険そのものだ。


 痛くても苦しくても、どうせ声は出ない。 俺は顔を歪めるだけだ。


「しぶといな」


俺を案内してきたエルフが執拗に俺をいたぶろうとするが、手を出すと怒られるらしい。


木の棒でつついたりしてくる。 子供かっての。


(信仰的なものなのかな)


『血とか苦手なのかも知れない』


へえ、と俺は相変わらず無表情で様子見だ。


そんな拷問まがいのことがさらに続く。




 その日も同じことが繰り返され、俺は何も話せないまま陽が落ちた。


夜も更けた頃、村長らしい男性がひとりのお爺さんを連れて来た。


白い髪と白い髭を長く腰まで垂らした男性のエルフだ。


「降ろせ」


俺はようやく地面に降ろされると、何とか座り込まずに年長者に対する礼を取る。


王子は、このエルフの老人から何かを感じとっていた。

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