二重人格王子Ⅳ~異世界に来た俺は王子と共に生きていく~
さつき けい
第1話 俺たちは森を歩く
豊かな森、というのだろうか。
むせるくらい緑の匂いが濃い。
足元は雑草に覆われているのに、何故か柔らかく泥のようにぐちゃぐちゃだ。
「歩きにくいなあ」
俺がうんざりした声を出すと、
『そうだな。 かと言って、木の上を歩くわけにもいかないし』
と、王子も嫌そうに上を見上げる。
よく茂った葉が日差しを遮り、足元どころか森の中全体が薄暗い。
俺の名前はケンジ。
日本という国がある世界から、アブシースという国がある異世界へ来て、もう十年以上が過ぎた。
元の世界で二十歳で病死した俺は、魔術師のお婆さんに呼ばれてこの世界に来た。
その宮廷魔術師のお婆さんの願いは仕えていた国の王子を生かすこと。
そしてその王子を、産まれてから一度も出たことのない王宮から外へ出すことだった。
産まれてすぐに母親と声を失い、生きることを諦めて死を待つばかりだった、まだ十歳の少年。
身体を失った俺は、その王子の身体の中で一つの意識として生きることになった。
見た目は金髪緑眼の美少年。
だけどこの王子は、その身体に二つの心を持つ、二重人格となったのである。
俺はその王子の身体に入って共に力を付け、十四歳でようやく王宮を脱出した。
その後は国の北端で領主をやっていたが、約四年で反対派貴族にその地位も奪われた。
このままでは俺たちの近くにいる人たちにも迷惑をかけることになる。
そう感じた俺たちは、誰にも知られないように姿を消して、旅に出たのである。
二人だけの旅は初めてのことばっかりで大変だったけど、まあまあ楽しかったな。
俺たちは国中を旅して、最近では最南端の町サーヴに滞在している。
この町には砂漠があった。
その昔、王族の誰かが魔力量チートを使って緑の大地に変えたという伝説がある砂漠の名残りだ。
俺たちはその町で砂漠の研究を始めた。
砂漠を歩き回っていたお陰で、オアシスや砂族の魔法陣を発見し、砂狐というかわいい相棒も出来た。
色々あって、俺たちはその町でエルフの女性と出会った。
そして呪術がエルフの魔法であることを知る。
王子の母親、つまりエルフだった王妃の死因が、呪術による呪詛だと言われていたのだ。
王子が声による意思疎通が出来ない理由も。
「解呪にはまず呪術を知ることから始めないと」
『そうだな』
魔法好きの王子は新しい魔法に目がない。
俺たちの目標はエルフの村の呪術師に会うことになった。
そして先日、ついに砂漠を渡り、エルフの森に入ったのである。
王子の身体の中には、幽体である俺が元の姿を実体化出来る唯一の場所、魔力の部屋がある。
俺たちは大切な話し合いをここで行う。
『宮廷魔術師のマリリエンの願いは王都を脱出するまでだったと思うが』
王子が俺の顔をチラリと見る。
「そうだっけ。 もうずいぶん昔だから忘れたよ」
立派な青年になった王子に、俺は微笑み返す。
「こんなに立派に育って」
初めて会ったときは十歳だった王子も、今では二十歳を過ぎた青年。
その姿を改めて見た俺は感動していた。
母親はエルフだったため、王子の体形は華奢だ。
肩の辺りで適当に切った緩い巻き毛は金髪で、瞳は美しい宝石のような緑色。
剣術の腕は現在の国王である脳筋の父親似だが、魔術が得意なところは母親似なんだろうな。
『森の中でこの姿になる必要があるのか?』
「もちろんさ。 エルフの森にエルフ族以外がいたら目立つじゃないか」
王子は人族だが容姿はエルフに近い。
『せっかく<変身>の魔法が完成したのに』
魔術の天才である王子は、俺のために元の世界の俺に近い黒髪黒目の容姿を魔術で作り出してくれた。
北の領地を出てからはその姿で旅をしてきた。
しかし、今いる場所はエルフの森だ。
「エルフ族は人間を嫌っているんだろ?。 俺の姿じゃ警戒されるよ」
俺たちは呪術というエルフの魔法と、その呪いを解く方法を探しに来ているんだから。
このエルフの森は魔獣が多い。
サーヴの町で出会ったエルフの女性の話では、エルフの魔力を魔獣が好むためらしい。
まあ、魔術の天才である王子と、王子の護衛だった爺さんたちに鍛えられた俺には敵じゃないけどな。
何度目かの魔獣との戦闘を終えて耳を澄ます。
「なあ、何か変な音がしないか」
『うむ、魔獣の唸り声ではなさそうだ』
獲物の身体から役に立ちそうな部位を切り取りながら顔を上げる。
森は深く、木々の間からはわずかな日差しが見えるだけだ。
ゴゴゴゴゴゴゴ
『まずい!』
王子の言葉を聞くなり、俺は<跳躍>を使って飛び上がり、<浮遊>で木の上のほうへと移動する。
しばらくして、地鳴りを響かせて大量の水が押し寄せて来た。
「うわっ」
俺は慌てて、しがみついていた木より更に太い木の枝に移動した。
目の前を細い木々がなぎ倒されて流れていく。
『森の中で洪水に遭うとは』
水はなかなか引かず、俺たちはしばらくは木の上で様子を見ていた。
日が暮れかけたころにようやく水の流れは途絶える。
しかし驚いたのは、水が流れた後の森が急速に復活していったことだ。
まるで動画の巻き戻しを速めて見ているみたいだった。
「さすがエルフの森だ。 魔力が多いせいかな?」
『……おそらく、何らかの魔術が影響しているんだろう』
さすが王子だ。
そういうのは俺じゃ分からない。
「邪神だっけ。 森の神が守っているのかな?」
『そうかも知れない』
そんな話をしながら、俺たちは開けた場所を探してテントを張った。
王子の父親である現在の国王は前王の弟だった。
アブシースという国は、エルフ族や獣人などを亜人と呼び、人間ではないとして認めていない。
前々王の長男だった前王が失脚し、次男が死去。
その後、各地を放浪していた三男だった現在の国王が呼び戻された。
すでに結婚していた彼の妻はエルフ。
亜人を認めていない国の王宮は困った。
何せこの男は自国のみならず、他国にまで武者修行をしていた脳筋である。
別れろと説得しても使者など簡単に追い返してしまう。
苦肉の策としてエルフである妻を王妃として認めた。
そうしなければ三男だった王弟が王宮に戻ることを拒否すると分かっていたからだ。
しかし王宮に戻った途端、王妃は王宮の奥深くに幽閉された。
国は王妃を人質として三男を王にしたのである。
その後、国王は世継ぎが産まれれば解放されると考えたらしい。
王妃はすでに子供を身ごもっていたのだ。
ところが王妃の口から恐ろしい話を聞く。
誰の仕業かは分からないが、王妃には死産の呪いがかかっているという。
王妃は王宮の中で一番仲の良かった魔術師マリリエンの力を借りて何とか出産した。
だけど、その代償は大きかった。
王妃自らの命と、産まれた王子の声を失ったのである。
俺なら暴れる。 絶対にそんな国に居たくない。
「国王陛下もよく我慢してるよなあ」
『まったくだ』
王子は苛立たし気にフンッと鼻息を吐く。
魔術結界を張ってテントを設置し、俺たちは木々の合間からわずかに覗く星空を見上げた。
「だけど今なら国王陛下も王宮から出られるんじゃないかな?」
『何故だ?』
「だって、王子を人質にして国に縛り付けてたんだろう?。
今はもう王子は姿を消しているし、世継ぎの次期国王も決まってるじゃないか」
『ああ、そうだな』
俺の意識が入り込んでいるケイネスティ王子は第一子。
王妃が亡くなった後、国王は周りから押し付けられた四人の女性との間に子供を作った。
彼の下には弟が三人、妹が一人いる。
国王は何人か子供がいればケイネスティ王子を王宮の奥から解放できると思ったらしい。
しかし実際には世継ぎ争いが激化し、ケイネスティは命を狙われることになった。
十五歳で成人と認められるこの国では、王子の三人の弟はもうすでに成人している。
頼れる世継ぎがいれば国王も引退出来るんじゃないかな?。
『もし、そうだとしてもまだ若い王で国が混乱するのは避けたいんだろう』
冷静な王子の言葉に、俺は「へえ」と感心する。
王宮も、父である国王も大っ嫌いだった王子も少しは成長したのかな。
『ケンジ、何か変なこと考えてるな』
おっと、身体を共有する俺たちは感情が筒抜けだ。
「国王の気持ちが分かるようになったんだなと思ってさ」
ニヤニヤしていると、王子が不貞腐れてしまった。
エルフの森は静か過ぎて、俺は昔を思い出してしまう。
(父さんも母さんも元気かな?。 兄さん、姉さん、祖父ちゃんも祖母ちゃんも、皆……)
思い出すだけでも涙があふれそうになる。
異世界は遠過ぎて、いや、俺はもう死んでるし戻ることは出来ないけど。
せめてこの身体の王子を生かし続けるんだ。
そして、どうせ死ぬなら悔いのない人生を送らせてやりたいと思う。
(フェリア姫もだ)
俺は隣国デリークトの黒髪の愛しい女性を想う。
王子と同じように呪詛を受け、美しい顔の半分を青黒い痣で覆われている彼女を助けたい。
今の俺は、二人の呪いを解くためにエルフの森にいる。
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