第12話 マダアルノカヨ
また朝が廻ってきた。
「目が据わっている、男になったな」
「べつに数日そこいらで実力が跳ね上がるでもありませんから、期待はしないでくださいよ。
ま、取り敢えず昨日ので腹は決まりましたから」
「腹に一発キメてやった、の間違いではなくて?」
「……」
村正は鋳造のその言葉にはノーコメントで通す。
これだからオジサンという人種はやはり好きになれない。
「――それじゃ、神を纏いましょうか」
*
「今度はきみひとりで乗るんだよ、管制は通信でサポートするけど、大丈夫?」
「寧ろ由比さんがじっとしていられるかのほうが、俺的には不安なんですが……」
「言われなくてもきみよりよほど現状は理解してるから。
妹さん連れて帰ってきてね、きちんとご挨拶させてほしいから」
「ええ、そうですね」
そんなふたりの最後のやり取りに、水を差すのは鋳造だった。
「それもまず生きて帰ってこれなきゃできないがな。
では少年、健闘を祈るよ」
*
エド城の天守から家康(狸の老公)はそれの来るのを心待ちにしていた。
「来たか」
「……」
彼の隣にいる千子は、沈黙している。
ふたりの視線の先には、ビル街を直線につっ切ってくるタヌキヲンレベル2の機影が。そしてその懐には、
「あれは?」
「――道祖神、お兄?」
千子はその異様な姿に目を瞠った。
やがてタヌキヲンは抱えていた道祖神を、縦で中央からふたつに割って、その腕に“纏っていた”。
『――クソダヌキィいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!!』
旧都内を風を切って、茶釜に乗った狸の器は高速で突貫してきた。
*
「お前を倒して、俺は千子を取り戻す!!!」
『ならばその覚悟、力で示せ!!!』
「言われなくてもそうしてやるさっ、待ってろよ千子ッ!!」
『どうして、お兄っ、なんで今更っ』
「そんなの決まってる!!!」
モニターには昨日機体にしがみついてきた二匹に加え、もう一頭、確か再生期を昨日経過する陰八相の個体がいたという。家康のそばにいたからか、例の二匹もより強大に、それこそ天守ほどのばかでかい高さになって正面を塞いでいる。
もしかしたら統率している家康本体よりも――いや確実にふた回りはでかい。
「そいつら如きを使役して、そこでいい気でふんぞり返ってるお前だ!!!
てめえらなんかに興味はねぇんだ、さっさと、や ら れ て ろ !!!!!」
言葉のタイミングに合わせたかのような五連撃、神を纏った少年はその拳であっさり連中を散らし、一気に天守の主のところへ詰め寄せ――、
『どうせわたしを護ってなんてくれないくせに』
目の前に妹、ふたたび異形の腕が歪み、絨毯かカーテンかのように視界を遮り、家康へ跳びかかろうとするタヌキヲンの拳を立ち塞ぐ。
しかし、
「――どかなくていい、そのままじっとしてろ!!!」
『えっ?』
すれ違いざま、コックピットが開く、村正は千子へと精いっぱい腕を拡げ、やがて彼女の幼い胸倉を掴む。
「っばかばかばか、どうしていまさら助けに来た!!?
あんたなんてあのとき私を助けるかあの場で死んでればよかったんだ、今更わたしを取り戻したって、私は狸に汚されて!」
「汚れてなんかない、まだ全然間に合ってる」
「なにっ……」
「綺麗だよ、千子」
「っ」
抵抗してコクピットのなかを異形の腕は駆けずって、計器をめちゃくちゃしていたが、村正の言葉に千子が驚いた拍子に、腕のあった箇所から狸の接ぎものはするりと抜け落ちて、機体の後ろへと風でかき消えていく、しかし、彼女がタヌキヲンの外に張り巡らした狸色の結界球はまだ解消されきらない。
「どうしよう……お兄、私、腕……なくなっちゃったよう……」
「まだ間に合うって言ってるんだ。
俺が妹の腕を棄てていくなんて、できるわけがないだろう」
「……、それって」
「お前が何処かで生きていてくれたらって、諦めきれなくて。
大学病院で措置を施して、冷却してもらってる」
「!」
「どうした?」
「お兄、それは流石にキモいよ。
妹離れできてなさ過ぎ」
「ああ知ってるさ、キモい兄でも精いっぱい、お前の役に立ってやりたいんだ」
「……」
千子はそれを聞くと、張り詰めた表情をほっと弛ませ、あの日以来、初めてささやかに笑うことができた。
「だからいま、俺たちの手で、ここで狸を終わらせるんだ。
手伝ってくれるか?」
「――、完敗だよ。
その誘い、乗った」
残った左腕で、千子は信じる兄の手を握り返す。
やがて、狸色が晴れ――、
「それでもタヌキヲンは二度目の変身を残している」
千子は兄の不穏当な呟きに怪訝な顔をする。
「なに、それって?」
「……まぁ、見てろ」
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