第11話 タヌキニティ
「それで正面切って啖呵を切るはいいが、自分を見失うのは関心しないな」
「正直今日ほど自分の単調さを恨んだことはありませんよ」
「自覚はあったんだな」
「俺のせいで由比さんにまで怪我負わせて……」
「うん、彼女にはそれこそきみを恨む資格はあると思うよ。
あの子はきみら兄妹ほど器量の狭くはないだろうが」
「……」
「だからきみは大いに悩むべきだ」
鋳造に村正は返す言葉もない。
「少し、付き合いたまえ」
村正が気づくと、鋳造の運転でミニバンが国道を走っていた。
「なぜタヌキヲンでなければ狸を掃討しえないのだと思う?」
「それは……」
「やがて火器や毒、あらゆる事象への耐性を身に着けた異形の狸らを掃討することを、軍事を含む公的機関もみなお手上げになった、そして最後に頼ったのは科学でさえない。
発端となった易者にヒントを得て、あるものが開発された」
「あるもの?」
廃れた国道の真ん中で車から降りると、村正はそこにある店に視線が吸い寄せられる。荒廃した信楽焼の店の踏み荒された狸型だった陶器片らの山を示して、鋳造は言った。
「ここにあるのはすべてタヌキニティのなり損ないたちだ」
「タヌキ……ニティ?」
「そう、そのための工房はここに在った、被造物である信楽焼の土から吸った“丹”をもとに我々は狸の魂をこれら封じ器とした、やがて器は八つの分岐した属性を得ることになった、八装縁起とはつまりはそういうことであってな。
だからタヌキニティから完成されたタヌキヲンは狸を斃せば斃すほど、それを纏って強くなれる」
「そういうことなの……?」
「滅した狸らの集合無意識をもとに、八つの属性で霊装を扱ったのが八装、タヌキヲンに与えられた狸に対抗する装備だよ。ほかのはそれを造っていると悟られた時、家康によって差し向けられた群体がこのようにして壊し尽くしていった」
「……」
「私は神の権威に捕らわれた狸たちの自由を奪還する」
「あんたがしているのは汚染された種を取り除き、旧来の種を復活させることだと思っていたよ。それは既に自然そのものじゃなく、ひとの手の加わったものだ、それはひとの思い上がりじゃないのか?」
「あれまぁ、君如きに気づかれていたとはね。
そう、だが畜産のひとつとっても人間が家畜の頭数を管理することで成り立っている、それをきみは否定できるかね」
「確かに生活の基盤からそれは既に切って離せないものなのは認めるよ。
けど多くのものを奪った狸をどうしていまさら温存しようとするんだ、あんたは。
カントーの生態系なんて奴らが暴食で踏み躙ったものの数のがよほど多いはずなのに」
「その答えは単純なところに帰結するのさ。
カントー各地の狸の生態から遺伝子を抽出し、汚染されるまえの美に忠実な個体を再現することは可能だ。だがそれを好んでやりたいのは、この国では少数派になるかもしれないね。
なぜ狸を庇うのかって?
そんなのは決まっている。
わたしは人より“ひとの愛する狸”を愛しているんだ、業の深いことかもだが。
それをきみに共感してもらう必要はない、だがひとは人らしく狸と渡りあえる、今日はそれだけ伝えたかった。
そしてきみには汚染個体の最期の一匹まで根絶やしにしてもらう、その契約は守ってもらうぞ」
「そうかよ……そうだな、俺とあんたとはそういう仲だったよな。
そのためにもまず家康を、明日討つよ」
「妹さん、狸に生かされていたってな?
それで腕が鈍っては笑えもしないが」
「もう躊躇ったりしませんよ。
あの子に恨まれることになったとしても、俺はやるべきことをやりますから」
「……」
村正の決意は間違いのないと、鋳造は見てとった。
「本当は万一の今日に間に合わせたかったんだがな。
きみに明日、持たせたいものがある。
タヌキヲンとの互換性を持たせる模索を長いことやっていたんだが、今日び、やっと形になったものだ」
「追加装備ですか」
「ああそんなところだ。
少年、“神を殺したくば、神を纏えよ”」
「?」
*
村正は負傷後に休んでいる由比の寝床へ謝罪しにきた。
「今日は本当に、ごめんなさい。
すいませんでした、詫びて許されることではないとはわかっています」
「許すよ」
「……」
「私ぐらいはきみを許してやらなきゃ、きみも昨日今日とハードモードなわけで、そも作戦だってやや無謀に近かったんだもの」
「でも」
背中をうっすら切られてから寝ようにも寝付けない彼女は、身を起こして、こほんと軽くわざとらしい咳をする。
「代わりにね――もちろん、ただで許してやるつもりはないから」
「償いなら、俺にできることなら、なんでもします」
「へぇ、なら高いのを吹っ掛けられても動じないでよ?」
「……、えぇ」
村正は彼女に軽蔑されることを覚悟で、息を呑んでその宣告を待った。
「一生、お姉さんを甘やかしてほしいな」
「――、え?」
「村正くんに私の面倒いっぱい見てほしい。
村正くんのお嫁さんになりたいし、子供だってほしい。
うん、大好きだよ、村正くん。愛してる」
「……!」
夜風が部屋の開いた窓から忍び寄り、自分の頬を撫でると、それが上気していることを村正は思い知らされる。
「俺で、いいんですか。
どうして、まだ会ってまる二日も経ってないのに」
「二日もあれば好きになるのに十分な理由、沢山出来てると思うな。
私はもっと村正くんのこと、沢山知りたいよ。
殆ど私からの一方的な一目惚れなんだけど、――引いた?」
「そんなこと……、でも。
俺からほんとうはお願いしたいぐらいですよ、由比さん凄い綺麗だし、頭もよくて。寧ろ俺からお願いしたいです、ずっと、傍にいてほしい。
こんな情けない俺でも、まだ付き合ってくれるんですか」
「べつにきみのこと、情けないなんて思ったことないけどな。
良くも悪しくも大胆ではあると思うけど」
「……、すいません」
「ん」
村正を招き寄せると、またさっさと彼の唇を由比は奪い、今度のは舌までしばらくの間絡めあって長かった。
そして唇が離れると、由比は自分の背中の傷むのも無視して、彼の頭を腕で捕まえると、そっとその耳元に囁く。
「っ、私のこと、好き?」
村正は答える。
「いいえ――勿論大好きですよ」
「だったらもっときちんと証明してほしいかな、そろそろ私の奥で感じさせてほしい」
「……、俺、こういうの、経験ないですけど」
「童貞ってこと?」
ずばり指摘されるのは村正だって恥ずかしい。
「お恥ずかしながら」
「別にいいんじゃないか、私だってそうだし」
「!」
彼女はのうのうとした顔で、村正はとんでもない言質を得た。
「というか背中、今キツいんじゃ」
「まさかさっそくやるつもり?」
「なんです、俺が先走ってましたか」
村正は由比との認識の齟齬にびっくりして、やや怯えた。
しかし由比は、意地悪く笑っている。
「ううん、ちょっとからかってみたかっただけだから」
「うわひでぇ……」
「大丈夫だよ、私だってそのつもりだし」
「だから傷、傷むんでしょ?」
「わかってる。でも早くきみが欲しいよ。
傷に障らないようにしてくれるなら、うん。
――、して、くれる?」
「……」
その夜、村正は由比と寝た。
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