第9話 殺戮ノ演舞

 そして翌昼、作戦は決行した。


『ということで由比は、また村正くんのサポートをしてやってくれ、但し昨日の今日で恋うつつを抜かしてるんじゃないぞ』

「それで、将軍をどのようにおびき出すのかしら?」


 由比は負けんばかりに挑発して通信を返す。


『トチギ県ニッコウ狸山付近にあった生態の遺伝子からマッピングして鑑定している。

 連中は現在旧皇居、エド城敷地内の狸と交配し混交されているが、双方の形質を受け継いだ特に強力な個体に、“その可能性が高い”』

「……」

『村正くん、先に言った通り、私のやることは君とは違う』

「葬ること、だろう。

 あんたが言ってることはきっと正しい、俺は脳が足りてる方じゃないから確信するほどではない、けど葬るという一点においてあんたが誠実なのは、──信じるよ」

『ありがとう』


 サクラダ門の堀の近くにタヌキヲンは浮いていた。そして遠方にはもはや手入れすらされなくなって久しい天守を拝む。


『敷地に入れば交配した末の上位個体が君臨している、下っ端で人喰いばりの強さを誇るとされるぞ』

「ゆえに旧皇居は不可侵、狸の聖域と化してしまった……と、歴史の因縁だな」

「じゃあ定刻、敷地に突入する。

 いいわね」

「あぁ、準備はできているよ」


 敷地に降り立つと殻のアーマーを払い落とし、レベル2となったタヌキヲンは必要な装備を既に選択してある。


(笠は連中の渦中に飛び込むんだ、それだけの強固な連中には殆ど意味がないという話だけど最初の雑魚散らしの飛び道具に投擲はできる、エナジーブレードは安定した地形でないと適切なチャージは叶わない、シールド系と鈍器の狸金棒は途中で取り回しを考えると嵩張る、だがガンモード分のチャージは携帯帯電砥石役と潤滑油分を内包する徳利でできるしこいつなら紐(レッドワイヤー)もついて飛び道具にも、そして最終的にはガンブレードの攻撃特化で突貫といこう、にしても徳利の中身って結局なんなんだ──?)


 自分の命を死線から掬ったものを怪しみたくはないが、やや気になる。


「あとは観測に“目”がいるわ」

「あぁ」


 近づいてきた個体らの観測には、第一の盾を扱う。


『天守閣の方へ向けてみてくれ』

「……、反応、ありますね」


 ものがものであればそうなるのだろうが、確かあれの死後、エド城の天守は一度メイレキの大火で焼けている。

 いるとしても、“彼”の見知っている天守ではなさそうなものだが。


「それと、忘れてないわね」


 ホバーユニット、タヌキヲンの殻に普段は包まれて見にくいが、これは実は巨大な茶釜の形をしていた。

 封印礼装、分福茶釜。

 これにかの魂を封じることが、今度の任務である。


『あとでほかの個体を依り代にされないよう、入念に殲滅したまえ、きみのお得意の』

「初任務で大役だね」

「俺一人ではできないでしょうけど、由比さんがいてくれればまた頑張れそうです」

「嬉しいことを言ってくれちゃって──、じゃ手始めの雑魚散らし、行こうか」

「ええ!」


 防御系の武装は相手を殴るのにやがて使い棄てた。

 どうせあとで拾えばいいことだ、ところでこのとき意外にも役に立ってくれて惜しくなったのは通帳である。

 紙片で連中の視界を攪乱、ホワイトアウト、どころか散らした陶器の光沢を得たそれは、モニターが狸と鑑定したものをかたっぱしからロックオンすると前後で板挟みしてすり潰していく。えげつねえ。


「力に酔うんではない、嗜むの。

 大丈夫、きみなら使いこなせる」


 出し惜しむ暇もない、押し寄せる上位種らをノリと勢いで蹴散らして喉笛をかききって、


『どうして喉笛にこだわるんかね』


 鋳造に言われてしまう。

 しかし村正は躊躇なく答える。


「俺が知る中でもっとも奴らが苦しいであろうやり方ですから!」

『時間をかけなければ文句は言わん、あまり長引かせるなよ』

「あと少しで天守の個体ね、たどりつける」


 手前のあらかたが片付いたなら今度は茶釜型ホバーユニットに乗って天守の周りを徘徊する狸らを狩っていく。強さなど知ったことか、斃せば数になっているのだ。

 すでに村正はタヌキヲンの力をわがものとしつつあった。


「いまので、何体を――」

「27体、城の外からも呼ばれてるから敷地内の当初想定よりどうしても多くなる」

「もう50体くらいは潰したつもりでいたけど、全然なんだな。

 自分が甘かったか」

「格闘でなら10人なんて叩けていればもう充分よ、寧ろそろそろ休憩が欲しいところだよ」

「このまま行きます!

 あと少しっ、突き詰めれば!」


 それであとが大分楽になれる。


「若いっていいわね」

「由比さんだって若いでしょ」

『ふたりとも、どうやら天守からじきじきに出張ってきているようだが、見えているか』

「ああ、確認したよ、鋳造さ――」

『どうした村正くん』

「いや――、気のせいだ」


 一瞬自分に見えた気がしたものを、村正は即座に否定する。


(疲れてるのか、いざなれば退却だってありなんだ、さっさと蹴りをつけて終らせるんだ)


 それに、と村正は呟く。

 あの子がここにいるはずがないんだ。

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