第3話 ヤハリ狸ハ悪ヒ文明、滅スル

 しかし笠の後光のような威容を前にして退くどころか敵意を顕わに引き寄せられる、ひときわ大きな狸らがシアターの陰から低い呻り声にだらしない唾液を滴らせてやってくる。


『頭目のお出ましか。

 しかも二体、“楽”と“猿”、かね』

「あいつら……!」


 憎悪によって生気を取り戻した村正はその場に転がっていた自分の落とした火炎放射器の棒状のパイプを取り上げると、単身そちらに向けてまた駆け出した。

 道中の廃れた工事現場でも鉄パイプを拾って、剥き出しの殺意で二匹に跳びかかっていく村正であったが、そも、――相手にもされなかった。

 左肩が両脇にわかれた二体との擦れ違いざま、後ろから蹴りを入れられてふっとび、直後脱臼していることを少年は自覚する。


(相手にも、されないのか……!?)


『無謀も極まれりということか』


 信楽焼が前のめりに浮遊して、シアタービルに突撃する。


『――……大丈夫だ、タヌキヲンはあともう二段階変身を残しているのだ』


 鋳造は有名なコピペみたいなことをぶつぶつ言っている。

 狼と正面から対峙するはずだったものが、敵と互いに勢いがつきすぎたのか、見定め合って転身する。すでに惨劇のシアターはタヌキヲンなる巨大構造物にめりこまれたために半壊しかかっていた。まぁ、もはや管理者もいなくなっているとすれば、誰にも怒られようがないのか。

 やがて置物は迫りくる狸を前にがくがくと震えてシアターの壁に擦れて騒音と呼んで差し支えない轟音を立てて、その置物の身体を、“脱いでいく”。


「なん……」


 巨大な置物の身体の殻は八つの装備とその隠した真の姿を包容していたのだ。


「機械なのはわかってたけど、そんな、嘘だろ?」


 弛んでいた腹部に格納されていた二本の脚部が伸びると、大地に重厚感をもって降り立った。殻がなかに有しているのは、人形本体、殻であった信楽焼の“顔”――“目”もまたはそこに含まれているのだろう――光学迷彩機能を搭載した第一の盾マスクドフェイスプレートに、いま人形が手にとった鈍器状の“尻尾”はタヌキ金棒、“玉袋”を模した補給弾倉をもって逸物ガンブレード、“腹”と“通帳”をあしらった第二の盾ハイパーセラミック通牒シールド、そして“徳利”と“笠”をもってしてフルアーマータヌキオンアクションボウルレベル2と鋳造はそれを呼ぶ、二足歩行できる巨大ロボットである。ちなレベル1は言わずもがな、変身前のホバーユニット移動する置物形態を呼ぶ。


『荒事は不得手なんだがな』

「……」


 外したホバープレートを踏み越えて、今度こそ遂に人形の全容は日(ひ)ノ下(もと)へと露わになる。

 狸金棒を握り、それを肩に載せると、短足胴長でこそあるが、より野性で自然的な狸をあしらった、それでいて陶器なのか超合金なのかはっきりしない光沢を湛えた身体、額に緑の穴あけパンチで空けたような虫食いの木の葉をまたつけている道化。

 そして二匹の巨大狸へ向かって振りかぶっていく――。


 勝負は一瞬で決まった。

 横薙ぎにした冗長な狸金棒は最初右にいた一頭をとらえるとそのまま二頭目のほうへその巨塊を嬲って叩きのめしていた。一頭目、それまで狸群体らのなかでもその俊敏さで名を馳せていた“猿”の即死、絶命を、後方に残しておいたアーマーの“目”とモニターを介して鋳造は確認していた、そして、二頭目、“楽”ものしかかった“猿”の遺骸ですっかり身動きのとれなくなっているので止めを刺そうと狸金棒をタヌキヲンは黒ずんだ短い腕で振り上げてから、下からの喚き声とコンクリートに額を擦りつけて土下座する少年の姿がモニターに映っていた。


「――後生だ!

 そいつを俺に殺させてくれぇえええ!!!」


 鋳造は出会ってしまったときから、どうせはこうなったんだろうな、と思ってはいたが、面倒な若造に行き当たったともおもっていた。

 もうちょっとは聞き分けのよくてもよさそうなものを。


『よろしい、“楽”の介錯はきみの手に委ねてやってもいい。

 こっちへあがって来い。

 そして――ならば契約だ、少年。

 これからは私の指示に従って、きみがこれを動かす。

 そして私の意向を以後絶対に遵守できるというなら、きみに仇討ちを許そう。

 できるか?』

「そいつを殺せるならなんだってやってやる!」


 頭に血ののぼった村正は、一切を躊躇わなかった。

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