第2話 ナヲモ慈悲ヲ傾ケルモノ
紺色の涼しげな和装に身を包んだ壮年の男がいて、村正に答えた。
「藤河原鋳造(ふじがわらてつぞう)、それがわたしの名だ」
「本名じゃないだろう、それ」
訝しむ村正に、鋳造は哀しい顔をする。
「なぜそう思うのかね?」
「この置物の元祖を造った“メイジ”の陶芸家に一文字加えただけだろうが!
それで本名だとしたら出来すぎだ!」
「なるほど、それで?
きみはこの散々にきみを傷めつけてくれた狸らを忘れていないかい。こちらはとっととずらかるが」
「殺っちまえ!」
村正は断言する。
鋳造は溜息まじりにごちる。
「そりゃあ、こんな世の中で珍しいことではないよな。
まるで強硬なことだが、親でもあれに喰われたかね?」
「妹も、父さんも母さんも全部あいつらが喰って!
あのときっ、俺はなにも、なにひとつできなかったんだ……!」
「とにかく数がいすぎる、退くぞ」
「ふざけんなっ、あそこには妹の仇がいるんだよ!!」
「個体の見分けがついているでもないだろう、ここで拾った命をまた」
「降ろしてくれ!」
村正はモニター越しのシアターに追い縋る。
「棄てるつもりでここいらをうろついていたわけか。
ならばせいぜい妄執に憑かれたまま夢安らかに死ねよや、弱者が」
「なん――」
弱者と罵られ、少年は耳を真っ赤にする。
「死に急ぐ阿呆に割く時間などない、失せろ」
「!」
村正はコックピットからあっさり放り出された。
そう、野生狸たちの鼻先に転がり落ちていた。
「ひっ」
だからってほかの道具のなんの用意もなしに、巨大な獣に対処できるわけがない!
(俺は――、なにも為さないままに、死ぬのか?)
『ともいかないンだよな、お人好しの過ぎる話だが』
「え?」
巨大な、もはや建造物と呼んでも差し支えのなさそうな信楽焼の狸は底部にホバーユニットを装備してあるようで、起動するとぶわっと風を興して低空に浮いた。
全高はひとまず18mはあろう、村正はそれをすっかり見上げるばかりだった。
そしてその後頭部には傘があって、それが展開していると周りに蔓延る狸らは、それ以上置物に近づけずに唸るばかりだ。
(あれが狸避けになっている――?)
そういえば先ほどは徳利、いまは笠、八相縁起に倣うのなら、もう六つは目、顔、腹、金〇袋、尾、通帳となるんだったか。それぞれになぞらえた機能のあるのはおかしなことではない。あと、頭頂部にはちょこんと虫食い穴のついた木の葉が兜の前立てのようにして載っている。
「ははっ……」
村正はその威容をまえに脱力していた。
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