八装縁起 タヌキヲン ~滅した狸の皮算用~

手嶋柊。/nanigashira

レイワ狸合戦ドンドコ

第1話 狸死スベシ慈悲ハナシ

 ラクーンドッグキャンセラーと呼ばれる悪性因子がタマモダンタウンの開発に関わった業者によって造成地に散布されて十年。

 この国は荒廃の一途をたどっていた――。


「狸なんて、狸なんて!

 てめえらみんな殺してやるっ!

 この畜生どもがッつ!!!」


 罵声をあげる少年は、煤けた手製の火炎放射器とガソリンの詰まったタンクを抱えて、荒廃して人気のなくなったチョウフの街を駆けていた。

 ときに熊、ときに鯨ほども強大となって人里に下り、狸はヒトの文明をその野性でもって喰らい、蹂躙し尽くした。

 狸に妹を喰われた高校生の少年、犬飼村正(イヌカイムラマサ)はひたすら駆ける。

 再開発でシアターが完成したばかりの場所は巨大化した狸たちが占拠して巣くってしまった。

 ほんとうはいまにあのなかへ飛び込んで、あの日妹を喰らったケダモノどものすべてを焼き払ってやりたい!

(千子――、あのとき俺に護る力があったなら!!)

 妹の名を唇に噛みしめる。

 あの日丸呑みにされて右腕だけが宙を漂ったことを、いまでも覚えている。

 忘れるわけにはいかない。

 そして彼はいま、毛むくじゃらの四足獣どもに、ビルの角へと追い詰められていた。


「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――!!!!!」


 当然少年は近寄ってくる獣らの顔に容赦なく火炎放射器を焚き付けるが、火を被っていながら瞬きもせずに間合いに跳び入ってくるやつもいて、体当たりで幸い四肢こそもげることはなかったが、点火したままの火炎放射器、そしてタンクが破裂してなかのものがそこいら中に飛び散るや、気化したものから爆発して村正の身体にも散った。

 悲鳴をあげてその場に火達磨で転がりまわる道化、あっと言う間に火が四肢を、肉を、明滅する世界は無慈悲に彼の潰えることを後押しするばかり。

 分が悪いな少年、と誰かが呟く声がする。

 ばしゃっと、油やガソリン、また水とも違うような何かをかけられた気がして、村正は呆然とした。


「なん、だ……、お前?」


 そしてその喉からは金属の合成音で、男のあきれた声がこぼれ落ちる。


『ひとまず液膜で酸素を遮断した、この徳利の中身は特別製でな。

 徳を磨いていくことだな、少年よ』


 それは村正が憎んだ獣の毛皮ではない、陶器のような姿をした。


「陶器……?」


 灼けていたはずの全身の傷みがすっと和らいでいく。

 視界も回復しかかって、浸蝕される火傷の黒を押し返すように細胞がのたうって――。


『寿命が縮む心配はせんでいいから』

「連中は、どうした?」

『一先ず、あんたは回収されたし』


 巨大な信楽焼の狸。

 日の光にすぐ影を落とすが、村正の目には確かにそうと見えた。

 そして彼が回復しきるまえにその白い腹が展開して、放り込まれる。


「どわっ――、狸の、なか!?」

「そういうわけだ、少年」


 今度は拡声器越しではなくなった、生身の男の声である。


「あんたは……?」


 ――それは、すべての狸を狩る少年と狸を鎮めるモノとの邂逅であった。

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