ますこっと✖️ばんど
KotoRi
プロローグ ⚡︎ 平穏の終了
5月。太陽は出ているが、暑くも寒くもない気温である。時々吹く風が心地良い。
とある高校の屋上で、大胆にベンチに寝っ転がっている女子生徒がいる。
その女子生徒は、真っ黒の髪を短くショートカットにしているが、もみあげだけを長く伸ばしている為かなり特徴的な髪型をしている。さらに、両サイドの動物の耳のようなくせ毛と、左のもみあげに赤いメッシュが入っているせいで“特徴的”という印象に更に拍車をかけている。
そんな、なんとも近寄り難い印象があるであろう女子生徒こそが、私──2年B組の
「ん…ふぁ、あ…っ」
どれほど寝ただろうか。私は大きく欠伸をする。
寮を出て学校へ行き、昇降口から屋上まで真っ直ぐ──それこそ教室に寄らずに、そのまま屋上に向かい私はすぐにベンチに横になった。
ふと起きてスマホに内蔵されている時計を見たら、時刻は1時近い。もう間もなく昼休みが始まるであろう。
屋上でぼっち飯をしても全然構わないのだが、多分友人が教室で待っていてくれてるのだろう。
私は大きく伸びをすると、ベンチの下に落ちていたクリーム色のカーディガンを、セーラー服の上に羽織った。
セーラー服の上にカーディガン、脚には黒タイツ。この格好は立派な校則違反なのだが…まあ、いいだろう。服装くらい個人の自由だ。
そんなことを思案しながら立ち上がると、涼し気な風がひゅうと吹いた。
いかにも、青春といった空模様。
…私にはまるで関係のない言葉だな。
自嘲気味に笑い、私は屋上を後にした。
「もう、大牙さん!また授業サボったでしょう!」
教室に入ると、早々に私は学校で唯一の友人のお怒りを受けていた。
彼女の名前は
それはともかく、なんと彼女は見た目だけではなく、中身までもが優等生なのである。テストも学年で1位や2位を争うような点数だし、普段の生活態度も非の打ち所がない。私と正反対である。
なぜこうも、友人として1年以上も続いているのか、私自身不思議で仕方がない。
「──ちょっと、聞いてます?」
黙考していると、夏南が私の顔を覗き込んできた為、意識を夏南の方に引き戻す。
「え?あぁ、聞いてたよ。で、なんだっけ?」
「…聞いてないじゃん」
まったくもう、と夏南はため息をついた。私は、はにかみながら頭を掻き「申し訳ない」とだけ言った。相変わらず私も無愛想だと思う。おかげで、この学校に友人と言えるような奴は夏南ひとりだけだ。
私が自嘲気味に笑ったのも気にせず、夏南は私の机を挟んだ向かい側に、椅子を引っ張って来るとおもむろに腰を下ろしながら、
「あなた、授業はほとんど出ないくせに、成績だけはわりといいのよねぇ…」
と、テストの成績表を渡してきた。どうやら、私が寝ている間にテストの成績表の返却があったようだ。
「ん」
短く返事をして私はそれを受け取った。どれどれ…
総合点数の学年順位は──21位。
「…微妙かな」
私は成績表を自分の鞄の中に突っ込むと、取り替えるようにコンビニで買ってきたサンドイッチを取り出した。
ふと、顔を上げると夏南が形容し難い表情をして、私のことを見つめていた。
「……どうした?」
問いかければ、夏南は呆れたと言わんばかりに、ため息まじりに口を開いた。
「…いや、どうしたもなにも。21位って…何気にすごいと思うんですけど」
「いや、学年1位の奴に言われても」
「今回は2位です」
ムスッとした夏南に「悪かった」とだけ、また無愛想に言う。
夏南が弁当を取り出すのを見ながら、でもなぁと私は声を上げる。
「うちの学校。30人が3クラス、学年で90人。全校生徒270人しかいないんだよ?」
学年21位なんて全然すごくない、とぼやく。
夏南はそれを聞くと弁当の蓋を外しながら、それでも半分以上じゃないか、と笑った。
それにしても、と夏南が卵焼きを箸で挟みながら私の方を見た。
「うちの学校、大きさのわりに生徒数がかなり少ないと思うのよね」
私はそれに答える代わりに、サンドイッチの包装を破いた。
私達が通う学校──
夏南の言う通り、敷地面積、設備、共に日本有数と言えるほどである進学校──のはずなのに、生徒数がまるで…少ない。
何が悪いかなんて、生徒達には明確であろう。
なんてったって、この学校は自らの学校の特徴をまるで生かせていない。
敷地面積はだだっ広いだけであるし、高校としては珍しいプラネタリウムのホールやライブホールなども、ただそこにあるだけである。
使うことなどほぼない。宝の持ち腐れにもほどがある。
後でネットで調べて知ったことなのだが、この学校は敷地が広く、設備が広いだけだと既に10年前ほどから言われていたらしい。
つまり、今この学校にいる奴らはまんまと敷地の広さや設備の良さに騙されただけの阿呆どもってことだ。
まあ、生徒数が少なくて私達が困ることなんてないから、特に気にしてもいないのだが。
すると、唐突に腹の虫がくぅと声を上げた。
それを聞いた夏南がくすりと笑うと、
「黙って考え事してないで、とっととサンドイッチ、食べたらどう?」
と言うと、夏南は2つ目の卵焼きを口に入れた。
私もそれに習って、サンドイッチを頬張る。
レタスがシャキシャキと口内で音を立てる。買ってからかなり時間はたってるのに、しなしなにならないレタスは薬漬けにでもされてるのだろうかなどと思いながらも、大して気にせずに私は食べ進めた。
「ごちそうさまでした!」
夏南が弁当の蓋を閉めると、手を合わせながら言った。
毎回思うが、いちいちこうやって挨拶をする人もなかなかいないと思う。
他の生徒達も食べ終わり始めたのだろう。先程までの喧騒がさらに大きくなった気がする。
私の机は教室の1番前の1番左側──即ち1番窓側である。喧騒は後ろの方でかたまってる為、この位置だと大して気にもならないし、暇な時は窓の外に集まる小鳥達を眺めることが出来て、私はこの席が好きだ。
ふと、時計をちらと見ると、次の授業が始まるまで15分というところであった。
「夏南。次の授業ってなんなの?」
問うと、夏南は「んー…」と弁当を自分の鞄にしまいながら返事をする。
「…えっ、と。確か次は全校集会──表彰式だった気がするわよ」
「ぅげっ…」
表彰式ほど暇なものは無い。なんでって私なんかが表彰される訳ないからだ。
それに、他人の素晴らしい功績を見ると、自分がどうも惨めに感じるから…嫌いだ。
私は速やかに鞄を掴み、屋上へ向かうべく立ち上が……ろうとしたが、鞄を掴んでいない方の手を夏南に掴まれてしまった。
「大牙さん?どこへ行くのかしら」
「…あー、ちょっとトイレに…」
「トイレに鞄を持っていく必要があるのかしら?」
にっこり、と夏南は笑っているが、私の手首を掴む力は強まる。痛い。
「わーったよ…!ちゃんと行くから…いたたたたたっ!!」
もう分かったから離してくれ、と言わんばかりに身をよじると、夏南はようやく手を離してくれた。
「だ、大体さぁ、表彰式なんて関係ない人以外行かなくて良くないか?暇で暇で仕方ないんだが…」
と、私は夏南が掴んでいた左手首を擦りながら、眉をひそめて言った。
「あら?そんなことないわ。同じ学校の仲間の功績が認められるのよ?関係無いことないんじゃない?」
「仲間、ねぇ…」
私にとっちゃ“同じ学校”ってだけしか、そいつらと共通点が無いんだがな。
そうこうしているうちに、体育館に行くように促す教師の声が聞こえた為、私と夏南は揃って体育館に行く事にした。
…スマホでもいじって時間をつぶすか。
…………暇だ。
暇だ暇だ暇だ暇だ暇だ暇だぁあぁ……
スマホでやることも尽きた。
ほんとにやることがない。なんなんだこの無駄な時間は。
私はイライラと爪をいじりながら、ステージ上にいる男教師──多分校長であろう、そいつの顔を一番後ろの列から睨む。
──それにしても…。
周りを見渡すと、やっぱり生徒数が少ない気もする。
私の通ってた中学校でも、生徒数は400人ちょっとだったからな。
そんなことを考えながら、変わらず校長の顔を睨み続ける。
『覈ノ神音楽祭、歌唱の部優勝。3年A組、
「…歌唱の部…優勝……」
歌、しかも個人で優勝出来るとか、かなり度胸がある奴なんだろうな。
と、思案していると、
「はい!」
凛とした、だがどこか子供っぽさの残る声で、兎多と思われる女子生徒が返事をした。
どんな奴なのだろうかと、私は背筋をめいいっぱいに伸ばしてその姿を探していると、すっと3年生の列からひとりの女子生徒が立ち上がった。
雪のような真っ白い、ふわふわとウェーブを描く髪を腰下まで伸ばしている。
「…なにか見覚えがあるような…」
彼女はそのまま歩きだし、ステージに登壇した。その時にちらりと横顔が見えた。
「ぁ…生徒会長…?」
もみあげから前髪にかけて明るい黄色のグラデーションで染めてあるその髪色と大きく豊かにふくらんだ胸元は、印象的で忘れるわけがない。
彼女はまごうことなき、我らが生徒会長──白神兎多である。
噂によれば、白神兎多は成績優秀、人望も厚く、見た目も良いため男子生徒からの人気も上々。おまけに、この高校の校長の娘である。
私が嫌う完璧超人、そのものであった。
「──じゃあ、兎多さんには文化祭で歌を披露してもらいましょうか」
校長が壇上でそう言うと、3年生の列の方で「いいぞー!」とか「兎多ちゃーーん!」とかはやし立てる男子の声が聞こえてきた。
兎多は恥ずかしそうにはにかみながらも、声のした方に向かって親指を立てて見せた。
どうやら彼女で表彰者は最後だったらしい。校長の話が終わり、やっと私は解放された。
「生きてる?…大牙さーん?おーい?」
ぐったりと机に伏せていると、夏南の陽気な声が聞こえ、私は顔を上げる。
「…夏南、なんでおまえはそんなに元気なんだよ…」
それを聞いた夏南は目を丸くした後に、腰に手をあて大きくため息をついた。
「逆に、集会くらいでそんなに疲れてる方が不思議よ…」
「暇すぎて…精神的に疲れる……。ダルい…」
夏南は2回目のため息をつくと、机の横にかかってある私の鞄を机の上に乗せた。
「とにかく、そろそろ寮に帰りましょ」
「……今日って5時間授業なの?」
それを聞いた夏南はまたため息をついた。
先生の話はちゃんと聞かないといけないわよ、と夏南は私に軽くデコピンをかましてきた。
「そういうことなら、帰りますか」
私はおもむろに立ち上がると、夏南が傍らに来てにこにこと笑いかける。
…こいつは、いつでもそうやって明るくいてくれる。私なんかより、いい友達は沢山いるだろうに。
今更、なんで友達でいてくれるのかなんて、恥ずかしくて聞けやしないが、近過ぎず遠過ぎずのこの関係に1番依存してるのは私なのかもしれないな──なんて、唐突に思ってしまった。
私と夏南がふたりで並んで下校していると、心なしか夏南がじわじわこちらに寄ってきている気がした。
「夏南。なんか近くないか」
「えー、そんなことないわよ。…ところで、今日も私の部屋来るの?」
「あぁ、行かせてもらおうかな」
「……もう。大牙も他の友達つくりなさいよねぇ」
他の友達か…。
「……。私には夏南がいてくれるから、いいかな。」
私は、なんとなく本心から思ったことをそのまま言った。
しばらく待っても返事が無いからちらりと横を見ると、夏南の顔が真っ赤に染っていた。
「え、だ、大丈夫?」
「な!なんでもないから…!や、やっぱり今日は用事あるから、私の部屋には、こ、来ないでね…」
「え、あぁ、うん」
…何かまずかったのだろうか。
そのまま私と夏南は寮に着き、それぞれ別の部屋へと帰った。
☆
次の日。
久々に授業に出ようと思い、屋上に行くのではなく、教室へと向かった。
教室に入った途端、珍しく私が朝からいることに驚いたのか少しざわついている様子だった。
──が、しばらく経ってもざわつきが収まらない。私が普通に授業受けちゃ不満なのか、と流石の私もイライラし始めていると、夏南が教室の外から物凄い勢いで走り寄ってきた。
「たっ、大牙さん!!」
「夏南?どうしたの、そんなに慌てて」
椅子に座っている私に抱き着くように、夏南が私の薄い胸に飛び込んできた。昨日の下校時の気まずさが、まるで嘘のようである。
ふと見ると、夏南のその手にはペラペラとしたコピー用紙が握られていた。
夏南は呼吸も乱れたままに、そのコピー用紙を突きつけてきた。
「いっ、いいから…その手紙、っ読んで…!」
「?」
私は訝しげにその手紙を手に取り、目を通す。
そこに書いてあったのは──
「──覈ノ神高等学校…。へ、閉校のお知らせ…?!」
今、私の平穏で退屈な高校生活が、色んな意味で終わろうとしていた。
ますこっと✖️ばんど KotoRi @kotori_501061
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