2.死後の世界
目を覚ますと瞳が最初に写したのは見慣れた天井だった。
体は妙に軽く感じる。
ベッドの上の時計を見ると12時00分を示していた。
「はぁ……夢か」心底ほっとして深い溜息が自然と出る。ちょっと寝すぎたかな。
少し遅い朝食を食べようと部屋を出て1階に降りる。
玄関に靴が沢山置いてある。
夏休みだからか親戚が集まってるのかな。
「みんな来てるなら起こしてよ」
僕はリビングに向かいながら母に言ったのだが返事はない。
さては遅くに起きたからみんなできこえないふりでもしているのか。
それならこっちもなにか仕掛けてやろう。
何をしてやろうか考えながらリビングに入る。
みんな俯き仏壇に手を合わせている。
「みんな揃って手合わせてるなら呼んでよ」
また無視されてる。
怒ってるのか集中しているのか、集中しているなら揃いも揃って集中し過ぎじゃないの?
僕はそんなことを考えながら仏壇に手を合わせようとみんなの方へ歩く。
俯く母と父の顔を覗き込むと涙を拭っている。
僕はふと視野を広げるため周りを見渡す。
親戚も皆違和感を覚えるほど暗く重い雰囲気だった。
仲の良かった従兄弟のお兄ちゃんも無言で座っている。
僕は仏壇を見て驚愕した。
仏壇には僕の写真があったのだ。
「なんでだ、昨日のは夢じゃなかったのか!?」
僕は直ぐに日付を確認しようとリビングのデジタル時計を見る。
日付の欄には9月30日と表示されている。
僕は理解した、あの日が夢ではなかったと。
「だとしたらあの日彼女も死んだはずだ」どこかで会えるかもしれないと思い家を出ようとした瞬間、僕は新宿の街の中心にいた。
普通ならこの時点で可笑しいと思うし自分は本当に死んだのではないかと感じるかもしれないが僕は自分も彼女もまだ死んでいなくてこれは酷い悪夢だと思っていたし、そう思い込もうともしていた。
僕は気付いてもらうために街の真ん中で叫ぶ。
「だれか!僕はここにいる!返事をしてくれ!」
必死で叫ぶが大勢の人々は何も聞こえていない、感じていないように歩き、行き交う、これだけ人がいるのに誰一人僕を認識しない。
僕は大勢の人の中心で叫び続けた。
気付くと膝に手をつき息を切らしていた。
自分が静かになり周りの音が聞こえるようになるとあるニュースが耳に入ってきた。
「7月31日新宿駅で起きた悲惨な事件から今日で2ヶ月がたちました。」
僕は直ぐにビルに取り付けられている巨大スクリーンを視界に入れるため重い頭を上げる。
そこに映し出されていたのはあの日の光景だった。
駅の映像が背景になり僕と彼女の写真が映し出され勇敢な行動をした高校生男女二人として放送された後、加害者としてあの男が警官に逮捕されている映像も流されていた。
「そっか、僕は死んだんだ」
このニュースをみた僕は死んだことを受け入れざるを得なかった。
僕はあの日のように冷静になり始めていた。
忙しく歩くスーツ姿の男、楽しそうに話す若い男女、女子高生や家族連れ。
今まではここにいるみんなと同じ視点だったけれど今は違う。みんなとは別の視点。
まるで360度全てが見えているような感覚に落ちいる。
行き交う人全ての人の顔が同時に見えるような気がする。高い波に呑まれ溺れているような感覚の中僕は人々の間に一瞬彼女の顔を見つけた。
「冬音!ここだ!」僕は人混みのなか彼女を見た方向に走る。見えたのは一瞬だったから本当に居たのかさえ懐疑的だった。それでも僕は必死に彼女が見えた場所に走る。足に何かが当たり壮大に転ぶ。顔をアスファルトに強く打ち付けた。不思議なことに痛みを感じなかった。これだけ強く顔を打ちつけたら怪我もするし血も出る。しかし、自分の顔を触っても傷はないし手には何もつかない。感じるのは衝撃だけだった。
顔を上げるとまた、いる場所は変わっていた。
「見たことない場所だ」
大都会の中心にいた僕は真逆の田舎に存在していた。
「こんなに綺麗な海…初めて見た」
あまりの美しさに死んでいることと瞬間移動という非現実的な現実を一瞬忘れる。
海沿いの山道で目の前には美しく見たこともないほど鮮やかな水色の海が広がる。水面はキラキラと煌めき爽やかな風がふく。
「こんなに綺麗なところがあるなら冬音にも見せてあげたかったな」
後ろには小さな小屋型のバス停、海を見て左手は上り坂で右手の下り坂の先、遠くの下の方に港町が見える。
思わず感嘆の吐息がでるほど美しい景色だ。
海を眺めながら風に吹かれていると後ろから声がした。
「おーい」
誰かを呼んでいる老爺の声だろう。
集中して眺望していたからか人が来ているのに全く気が付かなかった。でも、死んでいる僕には関係ないと気にせずにいた。
「おーい、聞こえているんだろう」
老爺の話し相手を探すが見当たらない。
この人、誰を呼んでいるんだ。
「そこの若い君だよ君」
「僕が見えてるんですか?」
僕は驚きと喜びが混じり直ぐに老爺座るバス停へ駆け寄る。
「まだ若いのに、可哀想になぁ」
何か知っているかもしれない老爺に僕は気になっていたことを聞くことにした。
「ここは死後の世界ですか?」
老爺は考えもせず直ぐに答える。
「そうとも言えるしそうでないともいえる」
「どういうことですか」
「私たち死者も生きている者も同じ世界に存在しているでも…」
老爺は続けて話す。
「死んだものがこの世界に留まれる時間は有限らしい」
有限?つまり成仏ってことかな?
「その期間はどれくらいなんです?」
「3日だよ、私もつい昨日に病気でね
1日目の時に会社員の男性にここのことを教わってね、多分、2日目になるとその日に死んだ誰かと出会うようになっているんだよ」
「その日?僕は2ヶ月前、7月31日に死んだことになっているんです」
老爺はすぐに答える。
「同じ世界にいるとは言ったけど一つだけ違うところがるんだよ
こっちの世界はどうやら時間と空間が不安定でね
突然場所や時間が変わることがあるんだよ」
「そんな…」
それじゃぁ、冬音と会うことはもう…
「でもそれも2日目までだよ、3日目からは大丈夫」
僕はその言葉で少し安心した。
老爺は笑顔で手招きをする。
「ほら、立ち話もあれだからさ、横に座りなよ」
「ありがとうございます」
僕は横に腰を掛ける。
少し説明されたとはいえ科学的、日常的、常識的な生活から急に非科学的、非日常的、非常識的な生活に変わるとどんな人間も混乱する、僕は全ての変化と全てへの疑問で脳みそが生クリームみたいにかき混ぜられたような気分だった。
「なにか聞きたい顔だね、そのための一日だ
なんでも聞いてよ」
僕はまず全て話すことにした。
「僕は電車に轢かれて死んでしまったんです」
「知っているよ、ニュースでやっていたあの子だろう」
「はい
彼女も一緒に轢かれたんです、彼女に会うことは可能ですか?」
老爺は少し考えた素振りをみせた。
「会うことは可能だと思うけど、
最初に、存在できる期間は3日あると言ったね」
「はい」
「1日目は今この時間でここのことを元から居る人に教えてもらう日、2日目は新しくここに来た人に教える日、三日目は自由に行動できる日だ
「3日目でその子と同じ場所に行けば会える」
「本当ですか!」
僕は思わず立ち上がってしまった。
しかし、老爺は少し悲しそうな顔になる。
「でもね、その子もこの説明を受けると思うけれど待ち合わせもしないで同じ時間に同じ場所に行けるなんてなかなか難しいことだよ」
一見簡単だろうと思えてしまうような事だけどよく考えれば考えるほど難しく思え僕は再び座った。
僕はひとつ気になることがあった。
生きている時は死後の世界があるとかないとかよく聞くけれどその答えがわかった今、3日目が終わるとどこに行くのだろうか疑問に思う。
そんなことを考えていると老爺が口を開く。
「君は死後の世界を信じていたかい?」
「いえ、幽霊とかも信じてはいませんでした」
老爺は両手を前に出し手首の力を抜く所謂幽霊のポーズをして言った。
「君も立派な幽霊だよ」
僕は老爺の真剣な眼差しで言う冗談に僕は思わず笑ってしまった。ここに来て初めて笑ったな。
「死後の世界があるとかないとかの噂は一度死んでここの世界に来たけど奇跡的に助かった人が広めたんだろうね、でも、君も分かっているだろうけれどここでは科学も常識も一切通用しないから生きた人間には理解されずいつまでも都市伝説のように存在しているんだろう」
老爺の顔に少し不安が混じったような気がした。
それにね、三日目が終わるとどこに行くか誰も知らないんだ」
「成仏じゃないですか?」
僕は不安な気持ちが少しでも和らげばと面白おかしく言った。
「生まれ変わるのかもね」
いつの間にか老爺も笑顔になっていた。
ふと前を見ると海は橙色に染まり大きな夕日が水面に沈んでいくのが見えた。
「もうそろそろ時間かな」
老爺は面白おかしく言ってきた。
「あの、僕は冬羽 璃音っていいます」
「いい名前だね、私は山見夜 時雨」
老爺は少しずつ透明になって行く。
「あの、もし生まれ変わっててもし出会えたらまた会いましょう」僕はこの人とまた会えると根拠もないが何故か自信があった。
「そうだね、君の名前忘れないようにしておくね」
老爺は最期まで笑顔でいた。
老爺が消えてすぐ僕は道の真ん中まで歩き空を見上げた。
夕日はほとんど沈んでいて空は薄暗く紺色に見える。
キラキラと光る星々を見ると自分がちっぽけな存在に思えた。
僕は再び夕日を見つめる。
「もうすぐ沈むな」
夕日が沈んでいくのが目に見えて分かる位のスピードで美しかったが少し悲しいような気分になる。
太陽の落ちた世界はどんどん暗くなっていく。
暗くなっていくにつれ僕の意識は薄れていきすぐに光のない世界におちた。
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