夏色の夢
R音
1.夢
高校二年生の夏休み。
今日は僕が好きな女の子に告白するためのデートの日だ。
夏休みということもあって朝から新宿へ遊びに行くんだけど、そりゃあもう心臓が飛び出るほど緊張している。
集合時間より少し早めについた僕は何を話そうか考えながら淡い水色の空を見つめていた。
「おまたせ!」
冬音は笑顔でこちらにやってくる。
「あれ、まった?」と申し訳なさそうな顔に変わり矢継ぎ早に聞いてくる。
僕は内心すごく緊張していたがばれないように平然を装い答えた。
「全然待ってないよ」
「良かった~」
「よし、じゃあ行こ!」
早速駅から歩きだし目的地に向かう。
「今日、そんなに暑くなくて良かったね」
彼女が空を見ながら話す。
「うん、最近暑かったからね」
こんな話題になるのはつい昨日まで猛暑日が続いていたのだけれど運がいいことに今日は最高気温27度と夏にしては涼しかった。
「そういえばさ数学の宿題見た?」
今回の数学の宿題は問題数が多いだけじゃなくほとんどが難題でクラスでも話題になっている。
「ちょっとやったけどすごい難しかったよ」
僕も友人と散々話し合ったがまだ数問しか解けていない。あんなのは1人じゃ出来ないだろう、絶対に。
「まだ終わってないならさ今度一緒にやろうよ」
彼女は笑顔で提案してきた。
「うん、じゃあ次は図書館にでもいこう」
きっとこの数学の宿題に感謝した生徒は僕だけだ、間違いない。
宿題に感謝していると目的地が見えてきた。
「ここ来たことある?」
話の最中で緊張を忘れかけていたが直ぐに彼女がここの常連で既に飽きていたらどうしよう、という不安が襲ってきた。
「ううん、初めて来た。」
その言葉を聞いて魂が抜けるくらいほっとした。
「大きい公園だね」
彼女がワクワクしたような口調で言う。
「うん、全部回るのに1日くらいかかるかな」
「そんなに広いの?」
彼女が目を輝かせる。
「公園の中に植物園とか色々あるんだって」
僕はここに来たことはないが事前に調べていた情報を見るに特に何か遊ぶようなところがある訳でもない。
しかし、都会の中心とは思えないほど季節や天候で表情を変える自然と触れ合え楽しめる場所だという。
「やった!いこういこう」
彼女の楽しい度がどんどん上がる。それに比例して僕の楽しい度もどんどんあがる。
僕達は入場券を購入するために受け付けに向かう。
「大人二人ください」
彼女は笑顔で言う。
「200円です、今日は涼しくて良かったねぇ」
受付のおばあちゃんが彼女に負けないくらいの笑顔でチケットを取り出す。
「楽しんでね」
「「ありがとうございます」」
僕達はおばあちゃんにお礼を言いゲートに向かう。
「凄いハイテクだね、空港みたい」
彼女は驚いたようにチケットをかざす。確かに公園の入口とは思えないゲートで彼女の言うとおり空港の搭乗ゲートに似ている。
このゲートも僕達の楽しい度を上げていく。
中に入るとたしかに都会の中心とは思えないほど奥まで続く芝生や大きな木々が広がっている。
「すごい広いんだね」
「地図見てみよ」僕は見えているところがまだほんの一部だということを見せたくて入口付近の地図を見ようと提案する。
「うわ、すごい!」
目を見開かせ僕が想像していた以上に驚いてくれた。
「どこから行く?」
僕は得意気な顔で彼女に聞く。
「うーん、じゃあミソハギがいい」
「え、ミソハギ?」
「ほら、見頃だって書いてあるからさ」
笑顔で地図にある見頃の花を指さす。
僕は普段、見た目はもちろん植物の名前を気にしたことがなかったからどんな物なのか興味が湧いてきた。僕は手持ちの地図をもらい彼女とそこへ向かう。
「うーん、こう見るとここに居るから」彼女は地図を見てブツブツとつぶやく。
僕は池を目印に現在地を見つけた。
「あ、ここが池だからこっちじゃない?」
彼女はすぐに「でも、ほらこっちにもあるよ?」という。
僕はその一言で考えが変わる。
「ほんとだ、じゃあここかな」
あまりに広すぎて自分たちのいる場所が分からなくなっていた。
「えへへ、わかんないね」彼女は笑顔でこちらを向く。
「うん、さっぱり」2人で笑い合う。僕はふと幸せだと感じた。
「じゃああっちに行こう!」
彼女に手を引っ張られ僕達の公園の旅が始まった。
この日のデートは仲良く過ごし、帰りの電車も彼女と方向が同じだったからホームで一緒に電車を待っていた。夏休み期間だけれど人が多くもなく少なくもない、何だかちょうど居心地の良い人数だった。
「次の電車ちょうど来るね」
時計と時刻表をみて彼女に伝える。
「うん、次はどこ行こうか」
彼女は楽しそうな表情をうかべながら言った。
動物園とか博物館とか候補がどんどん出るがひとつに絞るのは難しい。
次のデートの場所を悩んでいると電車の到着を知らせるアナウンスが流れ始める。
アナウンスが終わったとき、斜め前に立つ女性が叫び声を上げる。
その時、僕は自分自身の目を疑った。
男が女性を線路に突き落としたのだ。
スーツ姿の男性が「何をやっているんだ!」と怒鳴り女性達は叫ぶ。一瞬で混沌とした状況になったがこんな時にもかかわらず僕は冷静だった。正義感の強い人達に抑えられそうになり男はどんどんヒートアップしていく。「みんな死ね!全員だここにいる全員!」
正義感のある男達が抑えるが絶叫しながら暴れる。
僕は非日常的な光景をまるで幽体離脱した感覚で見ていた。
「ちょっと行ってくる」
僕は女性を助けに行く意志を彼女に伝えた。
「危ないよもう電車くるから」
彼女は必死に僕を止めようとしていた。
「平気だよ、すぐ終わるって ここで待ってて」
僕は笑顔で彼女に別れを告げ躊躇せず線路上に降り動けずにいた女性に声をかける。
「立てますか?」
「足が…」
女性は足を怪我して動けないようだった。
僕は女性を抱き上げた。
「だれか、引き上げるのを手伝ってくれませんか」
僕は声を上げる。
彼女も含め数人が集まってくれた。
電車の音が聞こえ始める。
僕は心の奥底で焦っていた。
もう間に合わないだろうと感じていた。
男性3人が手を貸してくれ女性を引き上げる。
電車の強い光が僕を照らす。今までに聞いたことも無い大きな警笛が耳を切り裂く。大きすぎて無音だと錯覚するくらいだ。
涙で顔がぐちゃぐちゃの彼女と心優しい男性が手を差し伸べてくれる。
僕は掴まり2人の手に体重をかけ引き上げてもらう、はずだった……。
暴れる男は取り押さえていた人の顔をパーカーから取り出した包丁で切りつけ振りほどき口を大きく開けこちらに突進してきていた。
男は叫んでいたのだろう。
僕を引き上げようとする男は刃物を持ち突進してくる男を引き留めようと立ち向かう。
心優しい男は腹を刺され倒れ込み、すぐにすり抜けられこちらに走り始める。
男は僕を引き上げようとしている冬音の背中を突き飛ばす。
この瞬間僕と彼女意外の時間がスローになった。
まるで宇宙空間に放り出されたような不思議な感覚だった。
彼女の体は空中に浮きゆっくりと線路に向かう。
僕もバランスを崩し線路に落ちていく。ほんのすぐ近くまで来ている電車。
それでも僕と彼女は手を離さなかった。
空中で彼女は僕を見て涙をボロボロ出していだが笑っていた。
「ありがとう、今日楽しかったね」
「ごめん、今日デートに誘わなかったら」僕の溢れる涙は空中に浮く。
「そんなことないよ、私ねあなたのことずっと好きだったの、だから誘われて嬉しかったよ」
彼女は笑顔で言った。僕は矛盾していると思うけれど嬉しい気持ちと言葉に出せない締め付けられるような気持ちに襲われた。
僕も伝える。デートの終わり、別れるときに伝えようとしていたことを。
「冬音のこと、俺も……」
物凄い衝撃を右半身に受けた瞬間世界は真っ暗になり痛みどころか体の重さも感じなくなった。
この日、僕は死んだ。
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