第5話 「ホラーメン」はじめました

「あ!」


 僕は、思わず声を上げた。

 異世界マン喫が営業している!


 マスター・マンタは本当に、気まぐれなマンタだ。

 急病でもないのに急に救急車を呼んだ挙句に窮屈でもないのに体がきゅうきゅうだと文句を言って救急車を広くしろと暴れて救急隊員に叱られたら急に大人しくなって救急搬送される前に救急車から降りたかと思ったらその足で店を休業してもう9ヶ月になる。


 何が言いたいのかと言うと、9か月ぶりに異世界マン喫が営業しているという話だ。


 僕はドアを開けて、店内に足を踏み入れた。


「マスター、いるんですか?」


 大変だ、足元に人が倒れている。

 どうやら店内に漂うエイ臭を嗅いで卒倒したらしい。

 異世界マン喫の初心者あるあるアルね。僕は常連なので少しも気にならない。

 まあいいや、そのうち目を覚ますだろう。

 僕は床に転がっている人を無視することに決めた。再度、声を張り上げて、マスター・マンタを呼んだ。


「おやおや、これはこれは。急急如律料理店きゅうきゅうにょりつりょうりてんの出前係のパオーンさんじゃありませんか。ei」


ワンです。せめて猫と書いてミャーオくらい言ってください。急に急病だと騒いだから驚きましたよ。休業するなら休業すると急急如律料理店に連絡して下さい」


「相変わらず、よく喋りますね、ei」

「急によく喋ると言われても困るし急に口調が変わるわけがないし急に性格なんか変わらないんですって」

「相変わらず、きゅうきゅうとうるさいですね、ei」


 僕はマスター・マスターに質問した。今日のエイ臭は、ちょっと普通じゃない。卒倒する人がいるくらいだし。僕は耐えられるけど。


「なんか、今日、店内がやけにエイ臭くないですか?」

「ei、気づきましたか?」

「まあ、わかりますよ。臭いですから」


 マスター・マンタはカウンターに置いてあった臭い汁を怒りに任せてぶちまけた。


「ei。なんてことをしてくれるんですが、パオーンさん。今の汁は、新メニューに欠かせない汁だったんですよ」

「知りませんよ。マスターが勝手にこぼしたんでしょーが」


 マスター・マンタは少し悔しそうな表情を浮かべたが、すぐに気を取り直したようだ。

 急に緊急でもない要件で新作メニューを当ててほしいと言い出した。


「そんなの簡単ですよ。ホラーメンでしょ?」


 マスター・マンタは愕然とした様子で僕を見つめている。


「何故わかったんですか、ei」

「何故もなにも、張り紙がしてありますよね。『ホラーメンはじめました』って」


 マスター・マンタは、柔らかな頭をカウンターに打ち付けた。


「それで、今日から食べられるんですか、そのホラーメンは」


 マスター・マンタが何かを呟いた。

 まずい、嫌な予感がする。


 僕は無言でカウンターから立ち上がり、出入口に向かった。

 遅かった。


「急急如律料理店の出前係のパオーンさん、勝負です。急急如律料理店のイチオシ料理とホラーメンで対決するのです。ei」


 僕はただの出前係なんだけどな。

 まあいいや。マスター・マンタの挑戦を受けようじゃないか。どうせ対決するのは僕じゃないし。


 謎のホラーメンの正体は、9が付く日にわかるはずだ。

 勝負は9日後の9時9分開始。

 珍しく一話完結じゃないけど、たぶん、いや絶対に、しょーもないと思う。

 何故なら、異世界マンタは常にゆるいからだ。


 勝負が楽しみだ。出前のせいで勝負を見られないという展開だけは勘弁してほしい。

 そんな僕に、マスター・マンタが声を掛けた。


「フォー◯のあらんことを」


 ちょっと元気が出た。

 この店に来ると、僕はワンからパオーンに変身する。

 だけど、これだけは言っておきたい。

 僕の人称は〝僕〟だけど、僕は女だ。パオーンはやめてほしい。


 9日後、きっとホラーメンの正体がわかるだろう。異世界マン喫から食中毒が出ないことを祈る。パオーン。

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