第4話 マスター・マンタ、切腹する

「エエエエエ……エエエエエイ……」


 僕が来店したとき、マスター・マンタは既にぐったりしていた。

 料理を乗せるカウンターに乗り、深皿に入れたなんか臭い飲み物をちびちびとやりながら、マスター・マンタは病人のフリをしていた。


「……この演技、誰かが来るまでずっと続けるつもりだったんですか?」

「これはこれはシエロさん。いえいエイ、演技じゃありませんよ。お腹が痛いんです」

「江口ですって。それで、病院には行かないんですか?」

「病院に行ったところで治りませんよ。なんたって私、切腹したんですから」

「えええええええええ?」

「ei。ほら、この傷を見て下さい。医者でも治せないこの傷を」


 僕はカウンターに倒れ伏しているマスター・マンタをひっくり返した。

 白いお腹に1センチメートルほどの浅い切り傷がある。出血した様子はない。


「エエエ……エエエエイ……私はもう……」

「大袈裟ですよマスター。ていうか切腹の意味、ちゃんと分かってますか?」

「そんな貴方にホーユー。ei」

「だから人の話を聞け!」


 手渡されたものは分厚い電話帳だった。


「ですから、マスター。大袈裟ですって。医者なんか行かなくてもすぐに治りますから」


 マスター・マンタはお腹を押さえて呻き声を上げた。


「ei……きゅ、きゅうきゅう……」

「そんな軽傷で救急車なんか呼んだら迷惑でしょ!」


 僕が呆れると、マスター・マンタはカウンター上で仰向けになり、ぐうとお腹を鳴らした。


「いえいエイ。お腹が空いたので、急急如律料理店きゅうきゅうにょりつりょうりてんに出前をお願いしようと思いましてね。シエロさん、ラーメンと餃子を注文しておいて下さい。ei」


 この異世界マンタはふざけているのか!


「ここは喫茶店ですよね!? でもって僕は客ですよね!?」

「ei。ですが、今日の昼食は切腹する前から急急如律料理店のラーメンと餃子を食べようと決めていたんです。シエロさんも一緒にいかがですか。美味しいですよ」


 マスター・マンタはもう一度ぐうとお腹を鳴らしながら、つぶらな瞳で僕を見つめた。

 負けるもんかと無視しようとしたけど、無理だった。

 僕はこの喫茶店に来ると、江口からシエロに変身する。

 シエロになった僕は、なにをどう頑張ってもマスター・マンタには勝てない。

 まあ、たまには喫茶店で違う店の料理を食べるのも悪くないかもしれない。


「わかりました。それじゃあ僕もラーメンと餃子を頼みます」

「ei。そう来なくては。では出前をお願いします」

「やっぱり僕が電話しなきゃいけないんですね……って、マスター、お客さんが来ましたよ」

「エエエエエ……エエエエエイ……」

「急に苦しみ出さなくていいですから」


 再び切腹の演技をし始めたマスター・マンタを見つめる。今日も平和だなぁ。

 ぽわーんとしていたら、僕のお腹もぐうと鳴った。





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