第3話 エイ会話教室に通うマイケルさん

「であるからして、エーイ」


 午後3時。おやつと昼寝の時間ではあるが、意外にも眠気はなく、淡々と講義は進んでいく。


「──という感じに難しく考えず、フォー◯で答を導き出すと問題は解けます」


 カリカリ。私は講義に耳を傾けながら懸命にペンを走らせる。


「この場合の読み方として正しい回答を、誰か……エーイ、ミヒャエル君。答えて下さい」

「はい」


 私は手元の紙ナプキンに視線を落としながら、導き出した回答を述べた。


「私はコーヒーを飲みに行きつけの喫茶店に入りました。すると、マスターである異世界マンタが突然、エイ会話教室を開きました。私は非常に困惑しています」


 マスター・マンタは食パンの上に走らせていた爪楊枝をポイと放り投げた。爪楊枝の先端にはイチゴジャムが付いている。


「ei。ミゲル君がエイ会話教室を開いてほしいと言うから、忙しい合間を縫って講義をしてあげたのに」

「忙しくないですよね。暇ですよね。お客さんいないし。普段はしっかりと昼寝をしている時間ですよね。今日は眠くないんですか?」

「空気を読まずに来店したお客さんのせいで、眠気が飛んだんです。今はフォー◯全開です。貴方のせいですよミハイル君。ei」

「私はドイツ人でもポルトガル人でもロシア人でもありませんよ。どうして今日はマイケルと呼んでくれないんでしょうか」

「黙りゃんさい。ミシェル君を立派なエイ国貴族にするために必要な講義なんです。真面目にお聞きなさい。ei」

「妙な国の貴族に育てないでくださいよ」


 午後の惰眠を貪ろうとしたとき、タイミングを見計らったように来店した私に、マスター・マンタはひどく怒っている様子だ。


「そこまで言うなら準備中の札を出せばいいと思いますよ」

「ei。エイ国貴族としての気品が全く感じられませんよ、ミケランジェロ君」

「何があっても英語読みをしてくれないんですね……」

「君は本当にエイ国貴族なんですか、ei」

「違います。日本人とアメリカ人のハーフの庶民です」


 唐突に始まったマスター・マンタによる講義。もちろん店にはホワイトボードも黒板もないし、私もノートもペンも持参していない。

 付き合わないと噛み付かれそうな雰囲気だったため、私は店にある物を使用した。紙ナプキンをメモ帳に。チョコペンをボールペン代わりに。


 マスター・マンタはボードの代わりに食パンを使い、爪楊枝の先端にイチゴジャムを付けてシャシャーッと波線を数本書いた。

 私には文字には見えなかった。しかしマスター・マンタは、これが〝エイ語〟だと説明した。

 私は決めた。午後3時に店に行くのはやめようと。


「ei、よそ見をしてはいけませよ、マイク。エイ会話教室の最中です」

「勝手に愛称で呼ばないでくださいよ」

「口答えは許しません。今からスパルタ教育します。貴方には今よりもっと立派なエイ国貴族になってもらいます、ei」


 この喫茶店に来ると、私は日本人とアメリカ人のハーフの庶民から、エイ国貴族に変身する。

 フォー◯全開のマスター・マンタは非常に危険な存在なのだと、来店5回目で勉強した。


「ei。ぼけっとしてはいけませんよ、ヨハン君」

「それもう別人の名前です」


 せめて最後は、まだ登場していない〝ミカエル〟で締めて欲しかったなあ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る