第2話 塩対応される佐藤さん

「マンタが木を切る〜エイエイホ〜エイエイホ〜エイエイホ〜」

「ご機嫌ですね、マスター」

「マンタがエイを切る〜エイエイホ〜エイエイホ〜エイエイホ〜」

「でもマンタもエイの一種ですよね」

「ei。せっかく気持ち良く歌っていたのに。おや塩田さん、いらっしゃいませ」

「佐藤です」

「今日あたりにいらっしゃると思って待っていたんですよ。ei」


 エイエイホ〜と未だにご機嫌な様子のマスターは、歌いながら塩っ気が凄まじいコーヒーを差し出した。


「わかってますよ。コーヒーカップの底にエイの肉片が沈んでいるとかいうオチですよね」

「いえいエイ、エイを茹でたお湯を使ってコーヒーを淹れたんです。ei」

「相変わらずの塩対応ですね。まだ根に持ってるんですか」

「いえいエイ、塩田さんがお好きだと思って、わざわざエイを茹でて準備していたんですよ。ei」

「佐藤です」

「女性客に大変ご好評を頂きましてね。いえいエイ嘘ですけどね。ei」

「佐藤です。男です」


 マスターは異世界から来たマンタだ。だけど俺にはマンタもエイに見える。

 エイとマンタの違いがわからない。だからぐー◯る先生に訊いてみた。

 回答は、マンタはエイの一種。オニイトマキエイ。

 じゃあエイでいいじゃん。

 俺はマスターを「エイ」と呼んだ。根に持たれた。

 この喫茶店に来ると、俺は佐藤から塩田に変身する。


「まあ、砂糖でも塩でもどっちでもいいんですけどね」

「ei。どっちでもいいですよね」

「そう、どっちでもいい。だからマスターがマンタだろうがエイだろうが、俺にはどっちでもいいんですよ」

「塩田さんは本当に冷淡ですね。塩対応ばかりしていると、そのうち塩辛くなりますよ。ei」

「マンタの塩辛って美味しそうだと思いませんか。俺、ちょっと興味あるんですよ。塩田がマンタ切るーエイエイホーエイエイホーエイエイホー」

「オーイエイ……コーヒーを淹れ直してきますね。ei」


 エイ臭漂うコーヒーは、この店の名物だ。

 少なくとも、俺にとっては名物だ。エイ臭くないコーヒーなんかコーヒーじゃない。そのくらい、俺はエイ臭コーヒーが好きなんだ。

 コーヒーを淹れ直しに行ったけど、あのマスターだ。淹れ直したコーヒーも絶対にエイ臭いに違いない。

 それがいいんだ。頑張って塩対応しようと努力するマスターは可愛い。

 ほのぼのとした気分に浸りたいとき、俺はこの異世界のような喫茶店に行く。


「お待たせしました。コーヒーです。ei」

「ああ、ブラックでいいです」

「ei、ですがこのミルクを入れることを強くお勧めします」

「どうせミルクの中にエイ汁かエイの肉片が入ってるんでしょ」

「エイエイホ〜」


 俺はコーヒーの中にエイ臭漂うミルクを全部入れた。

 うん、この味だ。この味を求めて来たんだ。

 カップを傾けて中身を一気に飲み干す。


「あー不味かった」


 マスター・マンタは「不味い」の一言を聞いて店内を空中旋回した。

 喜んでる。素直だな。

 塩対応をマスターするまで、まだ時間がかかりそうだね、マスター。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る