異世界マン喫

various(零下)

第1話 名字に悩む江口さん

 寒い。寒いぞ!

 今日は7月24日。摂氏31℃。うん、間違いなく今日は暑い日のはず。

 だがしかし!

 僕の両腕は鳥肌でブツブツになっている。この店は寒すぎる。

 外があんまり暑いので、ついさっきまで、今日のランチは冷やし中華を食べようと思っていた。

 だけど!

 目の前に置かれている料理は、111個のタコ焼きピラミッド。

 111匹タコさん。


「いや頼んでないし!」

「ei、暑い日にはエイ焼きですよ、シエロさん」

「これタコ焼きじゃないんですか?」

「エイ焼きです。エイを111個にぶつ切りにしてみました。ei」

「僕、エイ焼きは初めてなんですよ。美味いですかね?」


 マスター・マンタは皿を拭きながら沈黙した。


「ちょ、不味いんですか! ていうか頼んでませんよねコレ!」

「シエロさんの頭の中を覗いてみたんですよ。そしたら冷やし中華が見えたんですよね。じゃあもうエイ焼きを出すしかないでしょうと考えまして。ei」

「素直に冷やし中華を出せばいいと思うんですが。あと、僕の名字は江口ですよ」

「ei、私はフォー◯を操れますからね。人間の思考を読むなどお手の物なんです」

「人の話を聞け!」

「そんな貴方にホーユー。ei」


 マスター・マンタは尾を振って、皿の上のエイ焼きを床に叩き落した。


「あーあ。何やってんですか、食べられなくなったじゃないですか」

「よく見て下さいシエロさん。この皿はですね、実はエイでできてるんですよ。ei」

「……皿を食えと?」

「皿の形をしたエイです。ei」

「つまりエイ一匹丸ごと食えと?」

「ei」

「食えるか!」

「ところでシエロさん。今日は名字の悩みについて相談したいとの事でしたが。話をお聞きしましょう、ei」

「悩んどらん!」

「では何しにここエイ?」


 では何しにここエイ? と問われると……。

 そうか、わかったぞ!


「エイを食いにきました!」

「今日も絶好調ですね、シエロさん。そんな貴方が好きですよ、ei」

「生臭ー! ていうかコレ、生のエイですよね?」

「ei」

「エイくさー!」


 ここは、異世界から来た異世界マンタが経営する、異世界マン喫。

 この喫茶店に来ると、僕は江口からシエロに変身する。

 絶対に風邪を引くし、財布は空っぽになるし、全身がエイ臭くなる。

 これはマスター・マンタのフォー◯の導きなんだと思う。

 ここは日本。間違いなく日本。

 だけど喫茶店の店内だけは、マスター・マンタが作り上げた小さな異世界なのかもしれない。








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