故郷は豆腐にありて思うもの

@valota666

第1話

 異世界転移より幾星霜、その地の王に認められそれなりの地位とそこそこの富を得て家族を持って根付いている。


 老境のこの身は異郷の地にて埋める事になるのは事実で帰れぬ近くて遠い世界を思い涙を濡らし強い酒を呷る。胃の腑を焼き心を鈍らせて悲しみを紛らわそうとするが酒は悲しみを増させるばかりで彼の心が癒える事はないのである。


 杯を重ねること幾度か・・・・・・・・・・・瓶の中の酒は盃に移り男の胃の腑に収められていた。





「ご主人様、これ以上は体に悪うございます。」





 一人酒を呷る彼を案じたのか女中が声をかける。彼女も彼を慕う者の一人であり夫と共に彼に仕え続けているのである。





「ああ、少し酒が過ぎた。水を貰えるか?」





 女中は主の望みを叶え彼は一息つく。





「どうなされたのですか?」


「なに、帰れぬ故郷に心が捕らわれただけだ。寝て覚めれば忘れもするさ・・・・・・・・・・・・・・」





 主の嘘を暴く真似はせず酒瓶と盃を片付けると女中は静かに部屋を去る。男も明りを消すと己のうちにある懐郷の念と共に眠りにつくのである。








 あくる朝、男は少々飲み過ぎた風はあったが何事もなかったかのように振る舞う。朝餉の席で汁物を先に取り酔いの余韻を振り払う。





「父上、女中から聞きましたよ。昨夜、珍しく深酒をなされたようで何がありましたか?」


「息子よたまに故郷の事を思い出しただけだ。年を取ると感傷的になっていかんな。」


「それならば、宜しいのですが・・・・・・・・・・・・まだまだ王も父上を頼りにされておられるのですから自重してください。」


「引退して悠々自適に過ごしたいのだが、認めてくださらぬか・・・・・・・」


「あなた、それだけ王様の信頼厚いということで・・・・・・・・・・・・・・」


「王に引き立ててもらった身であるのだが、そろそろ体もいうことがきかん。お前達若者の世代に譲っていきたいのだがな・・・・・・・」


「父上、まだまだ現役で行けるでしょう、何年取ったふりをしているのですか。」


「そうですわよ、あなた。まだまだ元気で頑張っていただかないと・・・・・・・・・・・・」


「お義父様が年寄りでしたら大臣の皆様方は生きた屍ですわ。」


「嫁、言うに事欠いて酷いことを・・・・・・・・・・・・」


「年寄りは血肉を残して去るべしですわ。」


「馬鹿を云うでない、大臣連中がいるから私に回ってこなくて楽が出来ているというのに。」


「そんな事を言うのは父上だけです。」


「本当ですわ、何物臭な老人のふりをしているのですか?」


「ああ、我が家族は私に対して優しくない。」











「そういえばおじい様、おじい様のふるさとってどんな所でどんなくらしをしていたのですか?」


「ふむ、どう説明すればいいのかな。ここからとても遠い所だ歩いて行ってもいつ着くかわからない、そんな所だ。そこには魔法がなく人々は物理法則を解き明かして様々な技術と道具を考案して暮らしていた。魔力がないからって差別されることもないし、まじめに働く者が素晴らしいと尊重される国だ。」


「魔法がないって信じられないけどそれでも暮らしが成り立っているって不思議だね。で、どんなものが食べられているの?」


「暮らしている国や地域によって違うのだけど、私のいた国ではコメが食べられていたよ。そうだなぁ、南の国で食べられている米とちょっと違っていてもっと丸っこくてもっちりしているんだ。東の果てで手に入る米に近いけどあれよりは粘っこさはないんだな。ああ、たべたいなぁ・・・・・・・・・・・・・もう、何十年食べていないんだろう。そして味噌や醤油も中の国から来るのは少々味が違うし・・・・・・・・・豆腐も食べたいなぁ・・・・・・・・・・今頃みんなは何をしているんだろう。とはいってもあれから数十年、生きているのはほとんどいないだろうなぁ・・・・・・・・・・・」





 孫息子との話の中で出た故郷の話、近くて遠い異世界は孫には理解されていないが戻れないという事と欲しい物が手に入ることはない。それだけは分かったのである。懐郷病は生まれてこの方旅をしたこともない孫息子にはわからない。それが判るようになるには何十年かかることか、それは誰にもわからない。





「おじい様、豆腐って?」


「ああ、思い出に浸ってしまったか。悪い悪い。豆腐という物はな、豆を潰して漉して固めて作った食べ物だ。白くてふわっとしていてそれ自体に強い味はないんだけど、色々な物と合わせて食べると上手いしそれに醤油をかけてネギやショウガと一緒に食べる奴も捨てがたい・・・・・・・・・・・作り方を覚えていないのが悔しいな。」





 男はよくある異世界転移者のように豆腐の作り方なんてものを知らなかった。むしろ味噌醤油豆腐なんて作れる異世界転移者のほうが不思議でご都合主義である。転移者が何でもできるなんて物語の中だけである。出来る事は出来るが出来ない物は出来ない。出来る事を遣り繰りして何とかこの時まで生き延び家族を持ってこの地に根付いているのである。


 男はその事については後悔はあるが仕方ないと割り切ろうとしているし、手に入らない物は諦めてもいる。それでも求める気持ちという物は度し難く心の中で澱のように溜まっていくのである。





「おじい様、豆腐という物が手に入るかどうか調べてみます。」


「優しいなぁ、お前は。もし見つけたらご馳走しておくれ。」


「はい、おじい様。」








 その日から孫息子は豆腐なる物を求めて調べ物をするのである。





「ふむ、その様なものの存在を知りませぬな。東の果てや中の国の文化に近いのだからそっちから調べてみたらどうだ?」


「ありがとうございます料理長。」





「豆の白い食べ物、それは中の国の修行者のご馳走じゃないか!流石にそこまで珍奇な食べ物を作る方法は覚えておらぬよ。」


「そうですか、無理言って申し訳ありませんでした。」


「やる気ある生徒に助言を与えるのは教師の役割だよ。中の国の修行者に関する書物があるからそれを調べてみるがよい。」


「いいんですか!そんな貴重な書物を!」


「なぁに、判ったら私にも教えてもらえるとうれしいな。」


「ありがとうございます学者先生!」





「とうふねぇ、俺はあんまり好きじゃなかったな。爺さんも年取ったんかな。苦汁で固めるんだけど海塩を作るところってどっかあったかな?他にも豆腐という名のつく料理があってそっちならば作り方わかるんだが・・・・・・・・・・・」


「教えてもらえますか転移冒険者さん!」


「わーった、わーった。そんなに詰め寄るなよ。どうせしばらく仕事はあいているし故郷の味というのをたまには再現するのも悪くないからな。」


「おい、転移者。俺たちはどうするんだよ!」


「狼頭、空いているならば海行って塩づくりしている連中から苦汁貰ってきてくれ。」


「苦汁ってなんだよ?」


「苦汁ってのはな・・・・・・・」





「少年よ、お前は祖父のために豆腐なる物を得ようとしている話を聞いたが真か?」


「はい、閣下。祖父が珍しく食べたいなぁなどと漏らしたものですからどんなものかと思いまして・・・・・・豆から作る白い食べ物らしいという事までは分かったんですけど。あと中の国に似た食べ物があるらしいとしか・・・・・・・」


「ふむ、爺やも妙な物を欲しがるな。中の国やその近辺の国に似たような物がないか聞いてみよう。あのものが懐郷病で仕事にならないとこっちまで仕事が来るからな。」


「そこは仕事しましょうよ。」








 少年が調べたり知己の伝手を頼って調べていると色々な豆腐があることを知った。中の国の修行僧のご馳走と言われていたらしいが意外と簡単に手に入るらしいが足が速いので乾物をもらった。荒野の国には豆腐と呼ばれる料理があってその製法を知っている商人が男との縁故を狙ってだが手伝ってくれることとなる。東の果てには数十もの豆腐があり、いくつかを知っている流浪の戦士が話のタネにと手伝ってくれる。転移冒険者とその一行も転移者の故郷の味を再現してみたり必要なものを用意してくれる。


 なんだかんだと男はこの世界に愛されているのである。息子や嫁や妻もなんだかんだと調べていたりする。愛されていることを知らないのは男だけなのだ。愛というのは失ってわかる、だから判らないのが一番なのかもしれない。





 そして実食の日、男は知らされず。息子は知己を呼んで宴をするとだけ言い男を驚かし喜ばすがために準備をする。





 宴の時、男は家の主として上座に座り来客の衆を迎える。そこそこの地位という物は持ってない者からするとすごく見えるらしい、ただの転移者の爺というのに・・・・・


 初見の者もあり、既知もあり、新たなる出会いもよい、再びまみえるのもよい、常日頃から会うのもよい。人は出会って楽しければそれでよい。その手助けをするのが酒であり肴である。人が主であり宴は従である。逆もあるが、それもまた楽しい。





 客達を迎え宴が始まる。息子が宴に集いし衆を前に口上を述べる。





「皆々様方は様々なところからお集まりくださりありがとうございます。今宵は【豆腐】なる物を持ち寄って楽しもうという趣向であります。皆様方からどの様な物が飛び出してくるのか楽しみであります。私共は豆腐なる物を手に入れることができませんでしたので酒と肴で申し訳ございませんがご用意させていただきました。当家の酒菜をでお口汚ししつつ皆様方の趣向をお楽しみいただけましたら幸いであります。」





 男は息子や客達が私のために用意してくれたことを知って顔の一部分から汗が流れそうになった。決して涙ではない、汗である。





 まずは転移冒険者とその一行である。


「おう、爺さん豆腐なんて俺に聞けばいいだろうが!同じ転移者同士助け合うのが筋だろう、俺が最初の頃食えなくて困っていた時の借りを返してもらうぜ。」





 出されたのが玉子豆腐である。


「おう、爺さん豆腐だ!食ってくれ!」


「おい!卵豆腐だろう!豆腐が違う!」


 男は食いながらも文句をつける。美味しかったらしい。


「食いながら文句をつけるなんてわがままな爺さんだなぁ・・・・・・・・・こっちの豆腐か?」


 出されたのはジーマミー豆腐。(落花生の澱粉寄せ)


「お前、判ってやっているだろう!どうせならば胡麻豆腐もよこしやがれ!」


 転移冒険者確信犯である。ついでにくるみ豆腐も用意してあるあたり抜かりがない。





「仕方ないですねぇ、冒険者君は分かっていてネタに走るのは悪い癖ですよ。これはこれで美味なんですけどね・・・・・・・・・・私からは豆を潰してできた汁を固めた物という事で料理長と再現できないかどうか研究してみましたよ。」


「学者先生・・・・・・・・・・料理長・・・・・・・・」


「爺さんにはいろいろ世話んなったしな。マヨネーズだっけあれのレシピだけで評価が上がったしな。」


「あー!あれのレシピ広めたの爺さんかよ!あれを広めて俺様スゲーやりたかったのに!」


「ふっ、早い者勝ちだよ。」


「まぁ、とりあえず私達の再現したものを食べてみてください。」


 ぷるるん


「これは?」


「豆の汁を海藻で固めた物と澱粉で固めた物ですよ。」


 食べてみる。不味くはない、むしろ美味い。なんか黄粉と黒蜜がほしくなるのは気のせいだろうか、男は遠い記憶の中で同じような物を食べたことがあるなと思い出そうとする。


「あー!澱粉で固めた物は【ごどうふ】じゃねぇか!」


 声を上げた転移冒険者、彼は九州に縁があるらしい。男は【ごどうふ】なる物が何かわからないが別なところで食べた気がするなと思い出そうとする。


「なんていったかな、とうふぇ・・・・・・・じゃなくて豆花【トーファー】だな、これは・・・・・・・・・ちなみに転移冒険者お前と発想は一緒だぞ。」


「な、なんと・・・・・・・・この脳筋のお調子者と一緒の発想とは・・・・・・・・・・・・・・・・・」


「学者先生でも俺と同じことしか思いつかないんだな。」


「冒険者、お前の場合はもともと知っていたんだろうが!一から作り上げた学者と料理長と一緒にするんじゃない!」


 転移冒険者に男の雷が落ちた。





 荒野の国の商人が次に名乗りを上げる。


「私達の言う豆腐と転移者老様の豆腐が同じかどうかは知りませんがまずはお試しあれ。」


 そこで出されたのは真っ赤な塊である。あと隣に白い肉の塊が・・・・・・・・・


「商人殿これは?」


「赤いのは紅豆腐、血豆腐とも言いますね、ヒツジや鳥の血を固めた物で炒め物や煮物に使います。こっちの白いのは白豆腐、羊の脳みそです。外の地の者が羊の脳の小片を浮かべた物を見て豆腐?等と言ったのが語源なんですが・・・・・・・・・・・・・どっちも汁物に仕立ててみましたので試してみます?」


 わざわざ用意してくれたものを手を付けないのは非礼にあたるから恐々と手を伸ばす男。紅豆腐の方はもっきゅもっきゅとした食感で不思議な味わいである。むしろ汁物の味を吸っているようないないような?白豆腐の方は・・・・・・・・・・・脳みそを食べる習慣がなく機会もないので初めての物である。


 なんだかふわふわとしていて頼りなさげであるが・・・・・・・・・・・含んでみると一瞬抵抗があったかと思うとふわりとした食感が口に広がり肉とは違った味が口に広がる。何というかレバーに近いけどそこまで臭みがないし不思議である。タラの白子に似ているとも思えるが

 まぁ、不味くはない。美味と言ってもいいだろう。でも豆腐ではないなと男は礼を述べながら思った。





 豆腐を持ち込んだ中の国の商人が真打登場とばかりに


「我が中の国では修行者のご馳走として豆腐があるのですが私のような俗物の口に入るようになったのはほんの数百年位前からでしょうか。私自身は豆腐の製法を知りませんのでその加工品を用意させていただきました。豆腐という物は本当に足が速い物でありますから。」


 そこで用意されたのは麺のような豆腐と白い何かで覆われた豆腐?である。男は食べてみる、麺のような豆腐はしこしことした歯ごたえで味付けに使われているごま油とからしの味わいが面白い。一緒に和えられている瓜と人参の細切りが単調になりがちな豆腐に彩りを添えている。


 もう一つの豆腐?はどうか・・・・・・・・・白いのは酒粕らしい酒精の匂いが鼻に届いてくる。切り分けてみるともろっとした豆腐らしからぬ崩れ具合である。口に含めば酒精の香りが口中に広がり豆の味わいが後からかけてくる。これは【トウフヨウ?】と遠い記憶を思い出す。場の一同も不可思議な料理に珍奇の目を向けつつ試してみたりする。





 そして最後に東の果ての戦士。豆腐の作り方を知っているというので招いたのである。


「豆腐を食べるとは不思議な習性があるものだ。元々は豆からできているから不思議でもないのか?まぁ、拙者の豆腐を見てもらおう。」


 そこで出されたのは縄にくくられた白い固形物。皿の上で縄を解かれて、突いてみるととても固い。切り分けようとしても豆腐自体に抵抗がある。男は豆腐ならばと口に含めば、硬いけど豆腐だなとおもう。 転移冒険者も久方ぶりにみる豆腐を口に含むと


「豆腐だな爺さん。」


「まごう事なき豆腐だな。少々固いが、田舎のあたりの煮しめに使う豆腐はこんな感じだったと記憶しているぞ。」


「煮しめ豆腐か・・・・・・・・・俺としてはつるっとした絹ごしを楽しみたいが・・・・・・・・」


「お前の場合は充填豆腐がいい所だろう!」


「貴殿等豆腐を食べておるのか!」


 驚いた風な東の果ての戦士。


「食べ物ではないのか?」


「否、これは拙者の武器である。拙者何を隠そう【豆腐戦闘術】の継承者で、【豆腐の角に頭ぶつけてしんじまえ】を極めんと諸国を武者修行をしているところなのだ。」


「冒険者・・・・・・・・」


「爺さん・・・・・・・」


 転移冒険者と男は向き合って頷くと


「落語ネタで武術極めようとしているんじゃねぇ!」


 と息の合ったツッコミをいれる。


「何がおかしい?豆腐の角は立派な打撃武器だぞ。拙者豆腐で三頭魔犬ケルベロス倒したのだから立派な武術であろう!」


「いやいやいやいや、おかしいから!【豆腐の角に頭ぶつけて死んじまえ】は不可能な事の喩だから!」


「うどんで首つって死ねとかと同じだから・・・・・」


「うどんで首を吊る・・・・・・・・【饂飩暗殺術】も知っておるのか貴殿等は・・・・・・・・・」


「そんなものもあったのかよ!この異世界!いろいろ広いぜおかしいぜ!」


「この場合、使われる饂飩は讃岐だろうか稲庭だろうか?伊勢饂飩は絶対にないだろうが・・・・・・」


「この場合上州だろう・・・・・・って、爺さん違うだろう!」


「この目は信じておらぬな、この豆腐も拙者の手にかかれば素晴らしき武具になる。見よ【豆腐戦闘術】の真髄を!」


 豆腐を片手に演武をする東の果ての戦士。どう見ても豆腐を持って踊っている変人である。 





 その後宴は混沌のうちに終わる。それぞれの持ち寄った豆腐はどれも美味であったため料理長はよき収穫があったとホクホクである。











 男が求めていた豆腐は東の果ての戦士が失敗作だとしていた柔らかい豆腐がそれにあたっていた。


「こんな失敗作じゃ顔にぶつけて窒息させるくらいしか・・・・・・・」


「武器に使っているんじゃねぇよ!食べものを粗末にするな!」


「食べものではなく武具なのだが・・・・・・・・」





 東の果ての戦士は男の食客となり暫く逗留することとなった。その間に魔物の侵攻があって本当に豆腐で迎撃をしたのを見たときは男の大事な何かが削られていったのが感じられた。共に戦っていた転移冒険者は


「あんなことがあってたまるか!豆腐の角で一撃なんて・・・・・・・・・」


 と現実逃避していたのはどうでもよい話である。











 故郷は豆腐にありて思うもの・・・・・・・そして悲しく食らうもの。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

故郷は豆腐にありて思うもの @valota666

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る