第2話 人は理解の外にある者を嫌う
「この状況で、この逆境でどうして君はそこまで落ち着いているんだッ!? ま、魔法か!? 精神に作用する魔法をこいつが使えるというのかッ!?」
「……し、死ぬことは怖くない。こんな世界ならいつか来ると思ってた。それが少し早くなっただけ」
そう言いながら少女は乱入してきた男を足先から頭のてっぺんまで見やると、その小さな口から驚嘆の声をあげた。
「すごい……全身キラキラしてて、なんかぶわーってしてる……」
「あぁ、これは私の持つ御業でな。端的に言えばこれを発動すれば私はきっと―――」
獲物を殺すことを邪魔されたぺテルマイオスは足を止められた状態ながら一度嘶き、今度は小さな木に匹敵してしまいそうな角に光を集め始めた。
光角獣、その名に恥じない光量と周囲の木々がその魔力の余波だけで枯れてしまうような力の奔流が、間近にいた少女の全身を撫であげた。
―――だが、角にため込まれた光が解放されることはない。
今ぺテルマイオスの足を持ち、余裕の笑みを浮かべながら古代種という超常の存在に唯一刃を剥く男は、人類の希望を背負い、迫りくる闇を打ち払う使命を持つ男なのだから。
「―――勇者にだってになれるかもしれない」
少女には目の前の一切が理解できなかった。
目を閉じたわけでもなく、よそ見していたわけでもないのに、気が付けばその男は手に黒い刀身に青い刃の剣を持ち、足をあげていたはずのぺテルマイオスは50センチ程のブロックに切り分けられていたのだから。
むしろ少女からすれば、古代種であるペタルマイオスよりもその男の方が、人間と同じ見た目をしながら人間とは異なる位に存在する化け物の方が恐ろしく感じてしまった。
背筋を撫で上げたのは恐怖か焦燥か。その男は人間と同じ見た目でありながら、“絶対に”勝てないとされる相手を一蹴してしまったのだ。こんな化け物が人間の中にいるはずがない。しかし、目の前にいるのは確かに人間の姿をしている。恐ろしい見た目のペテルマイオスなどよりよっぽど少女にはそれが恐ろしく感じた。
「さて。お嬢さん、君の名前を聞かせてくれないだろうか」
古代種に打ち勝つという大偉業、それも単身で、無傷で。
あの最強と謳われた英雄でさえ、ぺテルマイオスと同格程の敵を退けるだけで大軍の命を投げうち、挙句自身が殿で命を賭して時間を稼ぐほかなかった存在を、この男はたったの一瞬、認識するよりも早い時間で成し遂げてしまったのだ。
普通であれば助けに入ったこの男に涙ながらの感謝を述べるのだろうが、目の前の少女は違った。
古代種を前に一切動じることなく、恐怖をおくびにも出さなかったはずの彼女が、どういう訳かその男の差し伸べた手を見て、恐怖に慄き、自身を抱きかかえるようにして後ずさっていったのだ。
「―――っ!……すまない。怖い思いをさせてしまったようだね……」
「……い……いや…………こな…………こないで…………」
どうして恐怖の対象が古代種ではなく、自身を窮地から救った男なのか、そんな事を考える間もなく男は一歩下がり、その場に腰を落ち着けた。
「大丈夫。私はここから動かないさ。だから君はそんなに私を警戒しなくてもいい―――それにその反応は実は慣れているからね。私はこれだけの力を持っている。古代種を倒すこともできる。そんな力を持つんだ。身近に古代種よりも力の強い人間がいれば誰だってそうなってしまうものさ」
悲しみを多分に孕んだ声でそう言った男に、少女は少しだけ警戒を解いたのか、表情にはいくばくか生気が戻り、体を抱いていた手をようやく下ろした。
「………なのに私を助けたの?」
今の話で彼に興味を持ったのか、少女は近寄りこそしないが、その場に腰を落とし、彼の顔を見やった。
ひどく真剣な瞳に見られ、男は少しだけたじろいでしまいそうになるのを少女に悟られないようにと、一度大きく咳ばらいをしてから語り始めた。
「あぁそうさ。それが力のある者の役目だからね。傲慢だと、偽善だと思われてもいいんだ。それでも私は助けずにはいられないんだから。この手が届くところにある悲しみは全て私が背負う。なぜなら私は強いからね」
今度は悲し気な笑みを浮かべながらそう言った男。その笑みには言葉以上に様々な、これまでの冒険のことも含まれているのであろうことは少女であろうと容易に想像ができた。
「………どうして?」
「ん? どうして、とはどういう事かな?」
顔を伏せる少女の呟きを聞き取った男は一度首を傾げた後に、いま彼女に話させるよりも、自分の考えを述べ、それが彼女の中の無い頭の疑問を解決してくれる方がいいと考え、言葉を紡ぐ。
「私はね、化け物と言われようが、怪物と罵られようが、石を投げられようが罵声を浴びさせられようが、どうしようもなく人間が好きなんだ。仲睦まじく愛し合う両親が私はとても好きだった。幼馴染のフェリエルのお日様のような笑顔も好きだったし、いつも面倒を見てくれていたリャーシャンおばさんも好きだった。皆私にとってかけがえのない思い出たちだ。そして、そんな彼らが最後に私に言ったんだよ。お前は化け物だ。化け物なら化け物同士で殺し合えと。そうすれば自分たち人間は平和に暮らせるんだ……ってね。だから私は戦っているんだ。大好きだった人たちが望んだ結末に向かうために、これから出会うであろう大好きな人達が笑顔を浮かべられるようにね。あぁ、それと、今私は君のことも大好きになったよ。だから私は君の笑顔を作るためにも戦うかな」
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