第124話 交渉

 俺達の乗る魔法自動車はついにハンターギルド本部の前までやってくる。この状況はどう考えてもまずい。何とか脱出できないかな? そう思い俺は、小声でジンクに話しかける。


「おいジンク、このままじゃ確実に面倒なことになるぜ? 適当に撤退しないか?」

「面倒なことになることは分かってる。だが、俺としてもミツロウは確保したい。父さんが言うには、家で使ってる高級品用のワックスが、ジャイアントハニービーのミツロウベースって話だからな」


 くう、ジンクと一緒に子供だからって撤退しようとしたのに、ジンクの野郎、正面から受けて立つ気か!


 普段のジンクなら絶対撤退の道を選んだと思うのに、ジャイアントハニービーのミツロウってのはジンクすら狂わせるというのか?


 となるとここは、父ちゃんを頼るかな。ジャイアントハニービーの素材は、少なくとも鍛冶屋である家には関係無いはずだ。


「父ちゃん、このまま面倒事に突っ込むのか? 家はジャイアントハニービーの素材使わないよな?」

「ああ。正直なところ仕事で使うわけじゃないから、ジャイアントハニービーの素材をめぐる争いには巻き込まれたくないんだが、アイアンとジンク君がメインで戦って取った素材、しかも元はエメラとラピさんへのお土産だ。あっさり引いたとわかれば、二人になんて言われるか分からん。行きたくはないが、行かざるをえん」


 むぐぐ。男には絶対に引けない戦いがあると言う事か。


 くう、こうなると一人で父ちゃんに全部お任せでって言って逃げるわけにもいかなくなっちまったな。しょうがない、ここは諦めて俺もついて行くか。


 俺達の乗る車はハンターギルド本部の地下訓練場へと続くスロープを降りて行く。するとそこには、ジャイアントハニービーの巣を載せた木こりのおっちゃん達のトレーラーと、3つのドワーフの集団が待ち受けていた。


「ギルマス。4人をお連れしました」

「ご苦労だったね、ありがとうよ」

「それでは、お降りください」

「うむ」


 ガリウムのおっちゃんを先頭に俺達は降りていく。


 すると、3つの集団からの視線がこれでもかってくらいこちらに向く。うえ~、こんな子供にそんなプレッシャーかけないでほしいんだけど。


「それでは、こちらにお座りください」


 俺達が案内された席は、各勢力の代表者のいる場所だ。どうやら各集団はメインで話をする数人がいて、その他はお供というか、他勢力への圧力要因って感じみたいだな。


 各勢力の代表者で俺が知っているのは、ギルマスのトリさんと、昨日であったばかりの木こりの親方くらいだ。


「なあジンク、この人達のこと知ってるか?」

「ああ、だいたいどんなドワーフかは知ってる。まずギルマスのトリさんの近くにいるのはこの街の軍のお偉いさんだな。細かい階級まではわからないが、結構上の人だったはずだ」


 ってことは戦士勢力として、ハンターと軍は協力体制ってわけか。


「次に木こりの親方の近くにいるのは、この街でもっとも大きな化粧品店の店主と、職人ギルドの代表者だな」


 ものづくりの勢力からは、直接ジャイアントハニービーの素材を使いたい木工店と化粧品店が協力中ってわけか。それと職人ギルドの代表者ってことは、ハンターギルドでいうトリさんポジションの人までいるのか。


「最後にあっちの勢力だが、コック帽をかぶっているのは大手甘味処の店主だ。その横の人は俺も知らないが、服装から察するにたぶんどこかの酒造店の店主だと思う」


 ラストはハチミツを甘味として使いたい甘味処に、ハチミツ酒を作りたい酒造のドワーフか。なるほど、車内での話の通り、全勢力揃い踏みってわけね。はあ、憂鬱だ。


「さて、ここからはひとまず4人と面識のある私が、司会役になってもいいかな?」


 そう言って席を立ったのはハンターギルドのマスターであるトリさんだ。


「うむ。わしは構わんぞ」

「ええ、私も構わないわ。ジンク君とは面識があっても、残りの3人とは面識があまりないしね」

「私もだ。大人とはまだしも、子供とは面識がないからな」

「うむ。最初の話題に関してなら構わん」


 他の代表者のドワーフ達も異論はないようだ。


「じゃあ4人に聞くよ。このジャイアントハニービーの素材は全て売るということでいいかい?」


 おお、トリさんいきなり直球だな。


「待ってくれ、このジャイアントハニービーの素材はラピとエメラさんへの土産物だ。全ては売れん。最低でも3割はこちらで欲しい」


 答えたのはガリウムのおっちゃんだ。俺達の中で一番交渉事が上手そうなのはガリウムのおっちゃんだからな! でも、ガリウムのおっちゃんが3割ほしいと主張すると、各勢力の代表者だけじゃなく、背後に控える集団からもすさまじい圧が掛かる。


「それは、交渉を有利に進めるための吹っかけのつもりかい? そんな姑息な手段が通じると思っているのか?」


 トリさんの声のトーンが、一気に下降する。あ、これ、ダメな奴だ。ガリウムのおっちゃんを見ると、汗が噴き出しているようだけど、助けに入るのは無理だ。ガリウムのおっちゃんは慌てて父ちゃんに視線を送るが、父ちゃんもこれはまずいとその視線を無視した。


 ガリウムのおっちゃんは割と繁忙している馬車屋をしているけど、基本は職人だからな。こんなプレッシャーには勝てないのかもしれない。でもそうなるとまずいな、ガリウムのおっちゃんは唯一の前衛にして最終防衛ラインだぞ、抜かれたら後がない!


「ま、待ってくれ。吹っ掛けようとかそんなつもりは一切ない。ジャイアントハニービーの巣は見ての通り巨大だ。7割もあれば十分だろう? それに、そもそもジャイアントハニービーの素材はそこまで入手難易度が高いものではないだろう?」


 流石は最終防衛ライン、ガリウムのおっちゃん。反撃を繰り出してくれた。


「確かにあんたんとこで使うワックス程度はレアな素材ってわけじゃない。でもね、ハチミツなんかはここ10年、流通量が大幅に減っているんだよ」

「そうなのか? それは知らなかったな」


 でも、トリさんの一撃でガリウムのおっちゃんはあっさりと引き下がる。そう言えば木こりのおっちゃん達も、ジャイアントハニービーの巣を見てもそこまで大袈裟なリアクションじゃなかったな。なるほど、ワックスが欲しいだけのガリウムのおっちゃんや木こりの親方と、ここに集まった他の連中の熱量が違うのはそのせいか。


「では、こちらの取り分は2割、1割をラピに、もう1割をエメラさんにという割合でどうだろうか? これ以上は二人に何を言われるかわからんから、これで手を打ってほしい」

「2割か・・・・・・、代表者諸君はどう思う?」

「うう~む。本来ならそちらの取り分は1割以下でと言いたいところじゃったが、エメラさんにラピさんの名前を出されてそれぞれに1割と言われると、嫌とは言いにくいな」

「そうね。ジンク君にアイアン君が戦って得た戦利品という話だし、あまりこちらが欲張ると二人から文句が出るわね」

「うむ。品不足も後数年の辛抱だろうし、ここは2割で折れておいた方が得策か」

「決まりだね。それでは各素材の2割をそちらの取り分とする」


 ふう、なんとか母ちゃん達へのお土産の割合が決まったな。これで一安心だぜ。ん? 俺もジンクも父ちゃんも何もしてないって? いいんだよ、こういうのは一番上手そうな人に任せておけば! 適材適所ってな!


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