第89話 バトル大会未就学児部門7だぜ!

「わたくしたちのことよりも、お二人はお強いのですね」

「そんなことないんだぜ!」

「ありがとう。だが、今回は相性の問題もあると思うぞ。アクアマリンさん達は近接武器が獲物なのが3人に支援系魔法使い1人だろう? 動きが速く、遠距離魔法攻撃に優れた2本角ウサギとの相性はお世辞にもいいとは言えない。だが、俺達はアイアンの2号君の主砲という、2本角ウサギの速度を上回る攻撃手段があった。それだけのことだ」

「ふふふ、ジンクさんはお優しいのですね」

「いや、優しくもなんともないさ、そのくらいのこと、アクアマリンさん達だって気付いていただろう?」


 おおう、ジンクってば紳士! って思てたら、母ちゃんとラピおばちゃんが、後ろでこそこそ話してる。


「流石ジンク君なの、この街に来ても天然ジゴロは健在なの!」

「ほんとね。パラージでも女友達ばっかり作ってたけど、まったく誰に似たのかしら」


 おおう・・・・・・、ジンクってば紳士・・・・・・。


「確かにアイアンさんの攻撃力は素晴らしいです。ですが、ジンクさんの防御力も同様に素晴らしかったです。ジンクさんは2本角ウサギの雷球を容易くはじいておりましたが、わたくしでは全力でもはじけませんでした」

「いや、それこそ勘違いだ。あの時俺がはじいた雷球は、アイアンの砲弾の影響で威力が削がれていた。アクアマリンさんが食らったそれとは、まったく違う。なあ、母さん」

「そうね。アイアン君のぴかぴか弾との干渉で、37%くらい雷球から魔力が飛んでいたわね」


 ラピおばちゃん、よくそんな細かくわかるな。


「そう言うわけだ。それに瞬間強化は得意魔法の差が大きいだろ? 俺とアクアマリンさんではタイプが違うだけだ。どちらが優れているとか、そう言ったものじゃないと思うぞ」

「ふふふ、やはりジンクさんはお優しいですね」


 あ~、なんだろうな、この甘い空気。




「アイアン君、あの色ボケどもは置いといて、こっちはこっちで話そうぜ! って言っても、あたし達に遠距離攻撃使いはいないんだけどな!」

「私も混ぜてください」

「私も混ざる」

「うん、そうしよう」


 あの甘々な空気に嫌気がさしたのは俺だけじゃなかったようだ。俺はレッドベリル=アックスさん、フローライト=マジックさん、グロッシュラー=ランスさんの3人に誘われ、こっちはこっちで話をすることにした。


「そういや、食う?」

「いいのかい?」

「もちろんだぜ。いっぱいあるしな。ま、とりあえず2号君の好きなとこに腰かけてくれ、そう簡単に壊れたりしないしな」

「ありがとよ!」

「ありがとうございます」

「ありがとう」


 俺達は俺達で甘々な空気を作り出す。まあ、比喩表現としての甘い空気じゃなくて、高級チョコをみんなで食べるっていう物理的な意味での甘い空気だけどな!


 俺達がどのチョコが美味いだとか、この街でおすすめの甘味処はどこなのかとか、他愛もない話をしていたら、いつの間にか次の試合が始まっていた。


「アイアン君、次の試合がはじまってるよ」

「お、ほんとだ。ってあれ? プロンとかってやつじゃん」


 俺の視線の先で戦ってたのは、今朝シュタールに絡んできたプロンって小生意気なガキンチョだった。


「アイアン君はプロンを知っているのかい?」

「ああ、今朝シュタールと一緒にいたら、絡んできたんだよ」

「は~、あいつも困った奴だね。というかアイアン君は、シュタールとも知り合いだったんだね」

「シュタールとはカッパーアンドレッド社に行ったときに知り合ったんだ。同じ戦車乗りってことで、意気投合しちゃってな!」

「なるほど、そういえばアイアン君の2号君だっけ? この乗り物は、シュタールのなんとか88ってのとどことなく似ているな」

「基本的には同じ種類の乗り物だからな。っていうか、ベルちゃんこそ二人のこと知ってるのか?」


 ベルちゃんっていうのは、レッドベリルの愛称だ。甘いものの話ですっかり意気投合した俺達は、いまや愛称で呼び合う仲になっていた。まあ、みんなの俺の呼び方は最初から愛称のアイアン君呼びだったけどな。


「知ってるも何も、あたし達4人も、プロンもシュタールもみんな同じ道場に通ってるメンバーだからね」

「そうなんだ」


 セントラルシティー、デカい街のくせに案外狭いな。


「そういえば、プロンとプロンの取り巻きって強いの? 今朝絡まれたときに、少し取り巻きと対峙したけど、そんな強そうな感じじゃなかったんだよな」

「ん~、プロンは多少強いけど、他は完全に弱いね。実際ほら、もうほぼ全滅してるし」


 ほんとだ。試合開始からまだろくに時間も経ってないってのに、プロン以外全滅してるじゃん。そのプロンもすでにぼろぼろだし。でも、プロンは一人になってもあきらめてないようだ。2本角ウサギの攻撃を、剣を盾に必死に耐えている。


「あ~あ~、見ちゃいらんないぜ。まあ、プロンも親兄弟が強いから、意地になる気持ちはわからないでもないけど、正直いってランク4に挑めるほどの実力は無いだろうに」

「私はプロンの気持ち少しわかる。ランク4勝利で手に入るこのチョコは美味しい。多少無理してでも手に入れるべきもの」

「そうですか? 私は全く理解できません。確かにこの試合を頑張るのは理解できますが、プロンさん達はランク3の試合をパスしています。ランク3の高級クッキーも十分美味しいのに、それをパスしているのですよ? 信じられません」

「それは信じられない。ランク3と4は連戦、これが常識」


 女の子は現実的で、男の子は夢見がちって日本でも言われてたけど、その常識はドワーフの世界でもそうみたいだ。唯一口調が男っぽいベルちゃんだけが、未就学児部門最後の年に兄ちゃん姉ちゃんが倒したランク4に勝ちたいっていうプロンの男心を察してるみたいだけど、フロちゃんとロッちゃんからはボコボコだ。


 その後もプロンは一人粘る。粘ると言っても、ただ立っているだけだ。すでに両の手は2本角ウサギの雷魔法でなくなっており、剣は転がっている。防具も吹っ飛び、全身火傷しているのがここからでもわかる。あれじゃあ足だってもうまともに動かないんじゃないか? 勝ち目なんて、とっくになさそうだ。


 でも、それでもプロンは全力で叫ぶ、俺はまだ倒れてないとか、かかってこいとかだ。


「あたしなら、あそこまで言われたら接近戦で止めを刺してあげるだろうけど、モンスターは残酷だ。止めを刺すまで、2本角ウサギが近づいてくることはないよ。今までは身体強化魔法で辛うじて耐えてたみたいだけど、プロンの魔力ももうほとんどないし、次の攻撃で終わりだろうね」


 ベルちゃんの言うように、次の2本角ウサギの雷魔法でプロンは倒れた。プロンはもう身体強化魔法すらまともに使えなかったようで、完全に無防備な状態で攻撃を食らい、頭から心臓にかけての部分以外、消し炭になっていた。


「勝負ありだね。係の人がかけてくれる防御魔法が発動した」

「うん」


 この大会、万一に備えて係の人が頭から心臓にかけての、失うと回復魔法でもやばい箇所には防御魔法をかけてくれるんだ。仕組みはよくわかんないんだけど、選手の防御魔法を貫いた時だけ発動するんだって。もちろん、その魔法が発動したら負けだ。


「プロンの、プロンの兄さんや姉さんに対する憧れや嫉妬は、あたしでもわかるからね。何とかなってくれればって思いもあったけど、ままならないものだね」

「そうだね」


 俺とベルちゃんは、プロンが担架で運ばれていくのをただただ眺めていた。


 他のみんな? 色ボケ二人組は相変わらず二人の世界だったし、他のメンバーはおしゃべりとチョコに夢中で、そもそも試合なんて全く見てなかったぜ。


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