第54話 負けられない戦いだぜ!

 俺とジンクはガリウム星での任務遂行に向けて、街を走っていた。2号君の最高速度は時速100kmなので、2号君を使えばいいじゃんって思うかもしれないが、街中でそんな速度を出すのは何かと問題になる。まあ、危ないしな。そもそも街中は荷馬車みたいな遅い乗り物も結構多い。というわけで、急ぎの時は走ったほうが早いのだ。


 そして、男二人が走って同じ目的地に向かっているとなれば、そこに発生するのは当然競争だ。俺とジンクはいま、仁義なきバトルの真っ最中だ。


 まずはコースを紹介しよう。この街は東西に長い長方形をしている。そのため、東西に真一文字にのびる道路が、メインストレートになる。そして、街の中央を東西に切り裂く形で南北にのびる道路もまた、それなりに大きいため、メインストレートと呼ばれている。つまり、街を十文字の形に、大きな道路があるというわけだ。


 さらに、メインストレートほどではないにしろ、そこそこ大きい南北にのびる道路が西と東にそれぞれ一本づつある。つまり街全体を南側からみると、だいたい卅の形に大きな道路があるというわけだ。


 そして、今回のレースのスタート地点である俺の家は、卅の形の左の縦棒の上側のちょうど真ん中らへんの左にある。そしてゴール地点であるジンクの家は、横棒の上側で、左と真ん中の縦棒の間にあるってわけだ。


 つまり、コースは、俺んちを右折で出て、しばらく直進、東西にのびるメインストレートを左折、しばらく直進したら左手にゴールであるジンクの家があるってわけだな。


 そして俺たちは現在、俺の家を出て、俺んちの手前の道路を南へと走っている最中だ。俺もジンクもお互い身体強化魔法をがっつり使っているわけだが、くそ、ジンクの野郎、やっぱ速え。魔力では俺が勝っているものの、ジンクのほうが元の体の大きさやら身体能力がいい分、身体強化魔法を使っても、俺より上なんだよな。


 これが任務のための移動中って条件じゃなきゃあ、ジンクの進路上の地面に土魔法でもなんでもかけて、妨害するか、直接炎魔法あたりで焼いてやるんだが、今回はそういうわけにはいかないからな。


「おい、アイアン、遅いぞ。なにやってんだ!」


 こんの野郎、こっちが手を出せないとわかっているからって、調子に乗りやがって! 普段だったら人のそこそこ多い、大きい道路じゃあこれ以上の魔法は使いにくいから、ここで手詰まりだったんだが、今日は違う。なにせ時間帯がいい。平日の、それも出勤時間後だからな。歩道は空いてるんだぜ! 見せてやるぜ、俺様の真の実力というやつをな!


「はっはっは、俺が遅いって? いままではジンクに花を持たせてやってただけだよ! ここからが本番だぜ!」

「そうかい。そいつは楽しみだな」


 目にもの見せてくれるぜ。俺が使えるのは、なにも身体強化魔法、炎魔法、土魔法の3つだけじゃないんだよ!


 知ってるか? 物が速く動くうえで一番問題になるのは空気抵抗なんだ。とある研究によれば、100m10秒以下で走るような連中が、レース中に消費するエネルギーの9割は、空気抵抗と戦うためによって消費されており、体を動かすことに使われるエネルギーなんてのは1割以下だっていうデータまであるらしいんだぜ。これは自転車なんかでも一緒だな。時速が30kmを超えると、ペダルをこぐ力の8割とかが空気抵抗のためだけに使われるんだそうだぜ。


 そんで、人力では直接走るより速い自転車のトラック競技の連中や、競輪選手のような連中ですら、ふつうは時速100kmも出すことはできない。時速80kmすらもきびしいだろうな。だが、世界には、リカンベントにロケットみたいな風よけカウルをつけて時速150km弱で走るやつや。風よけの車を前に走らせることによって、空気抵抗をなくし、時速300km弱の速度で、5、6km、3分半ほどこいだっていう世界記録まであるらしいんだよ。


 そう、つまり魔法で背中から追い風を当てて、さらに前方の空気も風魔法で前方に動かして空気抵抗を下げてあげりゃあ、速度なんてものは、簡単に限界を突破するんだぜ! ふは、ふっはっはっはっは。速い! こいつは速いぜ! 油断すると、こけそうなくらい速いぜ!


「あっはっは! さらばだジンク! これが本物の速さってやつだよ!」

「なに? ちいい!」


 俺はジンクを抜き去り、一気に引き離しにかかる。どれどれ? やつももうついてこれまい。そう思い、俺は後ろを振り返ると。


「な、ジンク。それはずるいだろ、あっちいけ!」

「はっはっは、なんでだろうな。俺も速く走れるぜ!」


 あの野郎、俺の真後ろに付くことによって、俺を風よけ替わりに使いやがって!


「くそ、ずるいぞ!」

「ん? そうか? わかったわかった。どいてやろう」

「はっはっは、分かればいいんだよ。分かれば」


 ジンクが珍しく俺の言うことを聞いて俺の後ろからどく、そして俺は先頭のまま、東西にのびるメインストレートへと左折しようとしたのだが。


「なっ、くっそ、曲がり切れんだと!?」

「じゃな、アイアン。お先~」


 あんの野郎。あの速度じゃあこの90度の左折ができないとわかってて、あえて俺の後ろから離れたな。くそ、まずい、このままじゃメインストレートの車道に突っ込んじまう。


「ぬおおおおおお!」


 俺はとっさに正面の地面に魔法の玉を投げつけて土の壁を発生させる。そして、壁に風魔法で空気のクッションをつける。


 「むぐぐぐぐ!」


 ぜえ、ぜえ、あっぶね。なんとか止まったな。っと、このままこの土壁を放置できるはずもなく、魔法で消して。道路を元通りにしておく。くそ、ジンクが見えなくなっちまた。俺は再度同じように魔法を使って加速する。だが、なかなかジンクの背中が見えない。うおおおお! 見てろジンク、必ず追いついてくれるわ!


「うおおお! 見つけたぞジンク~!」

「はっはっは! だが手遅れだったな! 俺の勝ちだ!」


 まだだ、ジンクの家の門まではまだちょっと距離がある。本気で行けば抜けるはずだ!


 俺はさらに速度を出すために、考えを巡らせる。空気抵抗、それすなわち、俺の体が空気中の分子とぶつかり合うことによって生じる抵抗だ。つまり、風魔法でどかす以外にも、高温にしてやれば空気の密度が下がり、空気抵抗ってのは下がるんだぜ! 俺は風魔法だけでなく、炎魔法を使って前方の空気を熱して空気抵抗を極限まで低下させる。


 その上で、足での加速なんて生ぬるいと考え、後方に向けて爆発魔法を発動させる。どうよこの圧倒的な加速力、まさに俺はその時、生身での速度の限界を突破した!


「ふがっ、ぐう、ばあ~!」


 あまりの風圧でまともにしゃべることもできなくなったが、とにかく俺はジンクよりも先に、ジンクの家の前を通過することに成功した!


「じゃな、アイアン。目的地は当然作業場だろうから、こりゃあ俺の完全勝利かな」

「あらジンク、早かったわね」

「あ、母さん。ただいま」

「そういえば、アイアン君は? 今ジンクの前にそこをすごい勢いで吹き飛んでいった物体があったけど、もしかしてそれがアイアン君なの?」

「ああ、なんか爆発魔法を後方に放って猛烈に加速してったぜ」

「はあ、なにやってんだが」


 俺はなんとか止まって、とぼとぼジンクの家の門までたどりついた。


「はっはっは! 俺の勝ちだな!」

「くそ、負けちまったぜ」

「あら、アイアン君、おはよう」

「あ、ラピおばちゃん、おはよう」

「そういえば母さんはこんなところで何してたんだ?」

「ああ、この魔道自動車の修理が終わったからね。顧客に引き渡ししやすいように、入り口近くの倉庫へ移動させてたんだよ」

「父さん達はいつもの作業場所?」

「そうだよ」

「よし、アイアン。行くぞ」

「そうだ。まだ勝負はついてないんだった!」

「こら2人とも! そういう勝負はしないの!」

「「は~い」」


 こうして俺とジンクの勝負は、ラピおばちゃんの手によって終了となった。と見せかけて、走るとばれるから、速足による作業場までのレースが開始された。


 勝負の結果? まあなんだ、足の長さの差っていうか、うん。なんだその。ああ、もう、俺の負けだよ!


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