第23話 ずっと一緒に

「あたしと一緒に住むの、嫌?」


「まさか! 嫌だなんてとんでもない。……し、仕方ねえなあ。でも、お冬さんが住める新しい部屋が見つかるまでだからな」


「うん、いいよ!」


 という無邪気な返事を聞く限り、この子は、今置かれている状況がよく分かっていないような気がする。


 ともあれ、これで今日から、当分の間は同じ部屋で、男女二人が同居することになってしまった。


 これではまるで同棲じゃないか。


 手放しで喜んでいいのかどうか分からないし、まずは大家さんにどう話をして事情を理解してもらうことが、目下の課題になりそうだ。


「ねぇ浩ちゃん」


「ん?」


「あの時言い足りなかったからもう一度言うね。あたし、浩ちゃんの事……」


「あっ! ちょっと待った」


「え、どうしたの?」


「その言葉は、今度こそ俺が言う番だろ?」


「言ってくれるの? 嬉しい!」


 彼女はとびっきりの笑顔を見せ、俺に抱きついてきた。


 うん、今度は冷たくないな。


 温かい、人間の体のぬくもりが伝わってくるのがはっきりと分かった。


「でもいいか? 一度しか言わないんだからな。心して聞くんだぞ」


「やだ。何度でも聞きたいよ」


「わがままを言うんじゃないよ」


「じゃあ、毎日あたしが言っちゃうもん」


「わ、分かったよ。ちゃんと言うよ。でも今日はこれっきりだからな」


「うん」


 周りの人の視線が気になってちょっと気恥ずかしかったけど、俺は大きく深呼吸した後、彼女にこう伝えた。


「お冬さん。好きだよ」


 そう言った直後、あまりの照れくささに顔が火照って真っ赤になってしまった。


 けど、その愛の言葉を伝える事ができて初めて分かったことがある。


 好きな人に「好きだ」と言う事は、唱えるたびに幸せになれる、魔法の呪文のような不思議な力があるような気がしたのだ。


「浩ちゃん、ありがとう。あたしも大好きだよ」


「おうよっ」


 照れを隠そうと思ったあまり、おかしな返事の仕方をしてしまった。


「じゃあお冬さん、今日はもう帰るか。あ、今は真冬って呼んだほうがいいのか?」


「んーん、お冬さんのままでいいよ。あたし、あの呼び方気に入っちゃったから」


「そっか」


「うん。ね、帰りにいつものスーパーに寄るんでしょ?」


「ああ。よく覚えてるな」


「記憶は冬だったときのままだからね。じゃ、二人がまた逢えた記念に、みかん牛乳をいっぱい買っていこうよ!」


「そんなにハマったのか……」


 大学からの帰り道。


 俺たちは立ち寄ったスーパーのレジ袋に、たくさんのみかん牛乳を詰め込んで、仲良く手を繋いで家路についた。


 今までは寒くて冷たくて、それでいて痛くて、嫌で嫌で仕方がなかった冬だけど、今年からはほんの少しだけ、冬の神様に感謝の気持ちを抱いて迎えられそうな気がする。


 だって、これからは、俺が初めて好きになった〝お冬さん〟と一緒にいられるようになったのだから。


 新しい恋こそ見つからなかったけれど、思わぬ形で初恋が実った事実は、何物にも代えがたい、最高の幸せだった。


 お冬さん、こんな面倒くさい俺なんかの事を好きになってくれて、ほんとにありがとう。


 ずっとずっと、大切にするからな。




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お冬さん 松剣楼(マッケンロー) @mackenlaw

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