第20話 知っている香り
入学式を終えて自由行動の時間になると、だだっ広いキャンパスでは、運動系、文化系、はたまた、よく分からない系などの各種サークルの勧誘で、人がごった返していた。
先輩方から、新入生たちへの勧誘にかける情熱は並々ならぬものがある。
たぶん、〝青春〟とか〝人間関係の構築〟なんてものを、そのサークル活動に見い出しているのだろう。
俺も例に漏れず、あらゆるサークルの人たちからしつこく加入を誘われたのだが、とても今すぐに何かを始めようという気にはなれなかった。
何しろ、あの事があってから、昨日の朝から一睡もできなかったのだ。
これでは頭も回らないし、その場のノリで参加を決めるほど心に余裕もない。
俺は先輩らの誘いを全て丁重に断り、逃げるようにキャンパスを後にした。
「はぁ、やれやれ」
おじさんみたいな深いため息をもらした俺は、キャンパスから遠く離れた自動販売機コーナーへと向かい、そこに設置されてある古いベンチにへたり込むように座った。
この場所は陽当りこそよくなかったが、人気も少なく、しつこいサークルの勧誘も来ないという安心感が、何よりの救いである。
そういえば彼女との、あの別れの時から何も飲んでいないから、ノドがかわいてきたな。
せっかく飲み物を売っている事だし、何か飲んでみようかな。
複数台立ち並ぶ飲料の自動販売機に目をやり、そのラインナップをしばらく眺めていると、ふと、どこからか、ほのかに甘い匂いが漂ってきた。
この嗅ぎ慣れた匂いは間違いない、俺が愛用している香水、ブルージーンズの香りだ。
珍しいな、まさか自分以外の誰かが、全く同じ香水をつけて大学へ来ているなんて。
俺はジュースを飲みたいという欲求よりも、一体誰がこの香りを漂わせているのかの方がが気になり始め、自販機コーナーを離れる。
そして自分の嗅覚を頼りに周囲を見渡してみると、風上の方に設置されてあるベンチの方で、銀色の長い髪をなびかせている、ひとりの女の子の後ろ姿が目に入った。
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