第19話 入学式

「愛してその人を得ることは最上である。愛してその人を失うことはその次によい」


 これは十九世紀にその名を知らしめたイギリスの小説家、ウィリアム・メークピース・サッカレーの名言だ。


 この言葉の真意は受け取り手によって変わってくるだろうが、たった今最愛の彼女を失った俺の胸には、きっと、深く刻まれる事になるだろう。


 愛し合った人と一緒になれるのならば、それに越した事はない。でも、別れはいつか訪れる。


 ただ、別れは悲しみを生むだけではなく、お互いが愛し合ったその時を、大切な思い出として胸にしまい込む事ができる、ひとつのきっかけでもあるのだ。


 彼の言葉をそういうふうに解釈するならば、別れを経験することもまた、人が強くなるためには必要なのかも知れない。


 そう思わないと、俺は、この胸にあふれる空虚の塊を打ち消すことはできなかった。


 ――桜並木が街路を彩る四月一日。


 俺は予定どおり、大学の入学式に参加していた。


 が、今は勉学に励む意欲もなければ、サークル活動のことを考える余裕もない。


 それどころか、ここへ来るまでの道すがらで同じ大学へ行く元同級生に会った事や、入学式で聞いたであろう、学長のありがたいお言葉など、ついさっきまでの事ですらおぼろげにしか覚えていなかったのである。


 寝不足のせいなのはもちろんあるが、自分の心を一番うつろにさせているのは、ほんの数時間前まで一緒にいた、あの魅力的な彼女のことが俺の脳裏に焼きついて離れやしなかったからだろう。


 ひょっとすると、これが未練ってやつなのかも知れない。


 形式ばった長ったらしい入学式が終わり、新入生の数もまばらになったころ。


 講堂の出口付近にて、学部こそ違うものの、同じ大学へと入学してきた旧友の大城おおしろにバッタリと出会った。


 懐かしさもあって、大城とは少し会話をしたが、あまり話の内容が頭に入ってこない。


 そんな俺の心の傷を察したらしい大城は、肩をポンと叩いてささやいてきた。


「なあ江崎、これからの大学ライフをエンジョイするには、新しい恋をするのが一番だぜ」


「新しい恋?」


「そう! この大学、俺たち新入生はうるわしい先輩のお姉さま方から声がかかりやすいらしいんだ。特にお前みたいな色男なら尚更な」


「……お世辞を言っても飯はおごらないぞ」


「お世辞じゃねぇよ、確かにお前の性格は残念だけど、顔だけは俺が保証するよ」


「そいつぁどうも」


「ま、あんまり気を落とすなってことさ。あと、出会いは意外な所から起こるから気を抜くんじゃないぞ。んじゃ、俺はこれからサークルめぐりに行ってくるから」


「サークルか……」

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