第16話 別れの時

「あ! 小鳥の鳴き声だ!」


「え。な、何?」


「浩ちゃん、今何時?」


「えと、五時をちょっと過ぎたくらいだな」


「いけない、もうすぐ帰らなくちゃ」


 そう言うと、彼女はカーテンのすき間から差し込む朝日を横目に立ち上がった。


「お、おいおい、ちょっと待てよ。帰るって、どこに帰るんだよ」


「冬の神様のところにだよ」


「へぇ?」


 と、つい情けない声が出た。


 あまりの急な展開と、冬に神様がいるなんて、突飛とっぴな話を聞かされたものだから。


「冬に神様なんているのか?」


「いるよー。冬だけじゃなくて、春、夏、秋。全部に神様がいるんだからね」


「へぇ。そんなの初耳だなぁ」


「だろうね。きっとみんな知らないと思うよ」


「その神様ってのは、具体的に何をするんだ?」


「んーとね、浩ちゃんに分かりやすく説明すると、冬の〝ハケン〟かな」


「ハケン? 派遣業とかの派遣の事かな」


「そ。あたしたち冬を、その年度ごとに人間の世界へハケンするの」


 何だかにわかには信じがたい話だが、もう今さら疑っても仕方ないし、きっと、冬の神様とやらは本当に存在するのだろう。


「この冬の役目はもうすぐ終わりたから、あたし、神様のもとへ戻らなくちゃいけないんだ」


「そうなのか。寂しくなるな」


「うん」


「でもお冬さん、次の冬になれば、またこの部屋へ戻って来れるんだよな?」


 俺が期待を込めてそう尋ねると、お冬さんは目を閉じて首を横に振った。


「……ううん、仮に来るとしても、今度は他の人の番になるんだよ」


「えっ、じゃ、お冬さんはどうなるんだ?」


「あたしたち冬は、季節としての役目を終えてしまったら、次に来る冬たちの一部になって働くの」


「働くって、どのくらい?」


「永遠に、だよ。浩ちゃんがおじいちゃんになって死んじゃったあとも、ずっとずーっと。時には雪の結晶になったり、凍った滝の氷柱になったりするんだ」


「な、何だよそれ。雪の結晶なんて、つまんねぇ役割なんだな」


 と、思っていたことをつい口に出してしまい、すぐに後悔した。


 もう二度と会えなくなるのが辛いのは彼女だって同じだろうに、俺はうっかり、デリカシーの無さすぎる事を口走ってしまったのだ。

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