第8話 香水とお冬さん

「そりゃ香水だよ。〝ブルージーンズ〟っていうんだ」


「ぶるーじーんず? あたしの瞳の色とそっくりだけど、お仲間さんなのかな」


「んな訳無いだろ。言葉は何でも伝わるって言ってたくせに、香水の事は知らないのかよ」


「こうすいって?」


「そこから説明しなきゃいかんのか……」


「だって冬以外の話題はほとんど風に乗ってこないんだもん。教えてよ」


「まぁいいけど。香水ってのはな、いい匂いがする液体のことを全部ひっくるめて香水って言うんだよ」


 多少雑な説明になったが、フレグランスと言った方が、おしゃれで知的だったかも知れない。


 でも、もしかするとフレグランスは、女性用の香水を指す言葉になるのかな?。


 こういうファッション系の用語にはてんで疎いもんだから、俺には女っ気が無いんだろうな。


「そうなんだ! あたし初耳だよ」


 お冬さんは目を輝せ、香水の入った瓶を興味津々といった様子で眺めた。


 まぁ余程高貴な人でないと、今時「お宅のフレグランス、素敵な香りざますわ。シャネルの何番をお使いなのかしら」なんて話題は滅多にしないのかも知れない。


 それにもともと香水ってものは、本来、目に見えないおしゃれなわけだから、単語が耳に入る機会はそうそう無かったのだろう。


「ねえ、そのいい匂いっていうの、嗅いでみたいよ。浩ちゃん」


「分かった、分かったよ。ほれ」


 彼女にせっつかれた俺は、ブルージーンズの蓋を開け、自分の手の甲にチョンとふりかけてみせた。


「どれどれ。わぁ、爽やかでいい香りがするね!」


「そ、そんなに顔を近づけるなよー」


「だってぇ。近づかないとよく分かんないんだもん」


 お冬さんはそう言うと、手の甲に密着しそうなくらいに鼻を寄せる。


 意外な展開にて二人の距離が狭まったことで、俺の心臓の鼓動が激しく高鳴るのを感じた。


 そして今まで彼女の〝カ〟の字にも縁がなかった俺は、一瞬だけ理性のタガが外れそうになったのだ。


 この子のさらりとした長い銀髪に触れてみたら、どんなに手触りがいいだろうか、と。


 ――だが、今ここにいる女の子の姿をしたお冬さんは〝冬〟という季節そのものであるわけで、さすがに、ありえないシチュエーションに憧れを抱くほど俺は変人ではない。


 そもそも、仮に触ったとしたても凍傷にすらなりかねないくらい彼女の身体は冷えきっているのだから、これ以上二人が近づくのは危険行為そのものなのである。

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