第6話 聞かれちゃならない事

「もうあまり時間がないのよ。あたしは行かなきゃいけないところがあるんだから、いつまでもこんな話をしているヒマはないの」


「行くって、どこへ?」


「とっても遠いところよ」


「ふーん、そりゃ大変だな。で、いつこっちに戻ってくるんだ?」


 と、何の気無しに聞いてみた。


「たぶん、早くても次の冬になるかなぁ」


 どうも、あいまいな返事ばかりだ。


 やっぱりこいつは、俺をからかっているんじゃないだろうか。


「さっき時間がないって言ったけど、それはどういう意味なんだ?」


「あともう少しで、春が来るのよ」


「え。春が?」


「そう。浩介くんがとっても待ち望んでいた春がね。浩介くん、この間テレビの週間天気予報を見て『やっと彼岸を過ぎたぞ! ざまーみろ!』って喜んでたでしょ」


「な、何でその事を知ってるんだ?」


「だから何度も言ってるでしょ、あたしは冬という季節そのものなのよ。この国の人の言葉は、北風に乗ってあたしの元へ伝わってくるの」


 あまりにも非現実的でとうてい信じがたい話だが、俺以外に誰もいない部屋でつぶやいた独り言を一言一句間違わずに復唱してみせたという事は、ただのストーカーや、盗聴器を使った犯罪といったたぐいのものではなさそうだ。


 どうやらこの子は本当に冬そのもので、あらゆる人間の会話や独り言などを逐一ちくいち聞いていたらしい。


 という事は、俺がこの間友人と話していた冬の話題なんかも、全部この子に筒抜けだったりするのだろうか。


 それはちょっと嫌だな、あれは友人にだからこそできたわけで、知らない人には聞かれちゃならないような恥ずかしい話なんだから。


「あ。そういえば浩介くん」


「何?」


「確かお彼岸が開けた次の日のお昼ごろ、お友達と冬のお話をしてたよね」


「うっ。そ、そんな話してたかなぁ」


「浩介くん、お友達にこう聞かれてたでしょ? 『お前、一体どうやったら冬が好きになるんだ?』ってさ」


「あ……いや」


「その時浩介くん、こう答えたよね。『もし冬がかわいい女の子だったら、彼女にするんだけどなぁ』って」


「うわああああぁ」


「で、『そしたら冬とイチャイチャできるから、好きになれるだろ?』ってドヤ顔してたでしょ」


「ああああああ!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る