第3話 泥棒の名は

「初めまして。江崎浩介くん」


「え!? ええと。あの、誰ですか? 何で俺の名前を……」


「あ、ごめんなさい。信じてもらえないかも知れないけど、あたしは冬なんです」


「冬?」


「うん」


「それってどういう意味?」


「そのままだよ。季節の冬ってあるでしょ」


 という答えで、ああそうなんだと納得するわけがなかった。


 一体こいつは何を言っているんだ? 冬が人間の姿をしているわけがないだろうに。


 百歩譲ってこの女が冬だという事を認めたところで、だから俺の名前を知っているという、その謎の理屈に納得できるわけがない。


 おそらくこいつは適当な部屋へ忍び込んだ泥棒で、俺の私物を物色しているところを見つかってしまい、開き直ってその場しのぎの言い訳を並べ立てているのだろう。


 それにしても、自分が冬だと言い張るのも無理がある話だが、あたら将来のある若い女の子が、その身ひとつで窃盗をしようなんて世も末だな。


 間抜けな泥棒に哀れみを抱いた俺は、再び横になって頭まで布団をかぶり、手だけ出して出口のドアを指で示した。


「断っておくけど、盗むものなんてないぞ。あちらからお帰り」


「ちょっ、ちょっと待ってよ。本当なんだったら。あたしは冬なの」


「分かった分かった。そういう名前なんだろ」


「バカ言わないで」


「バカには言われたくないな」


「バッ……」


 バカ呼ばわりされた彼女はよほど頭にきたのか、恐ろしい勢いでかぶっていた布団を剥ぎ取ってきた。


「うわっ、何すんだよ」


「ちゃんとあたしの話を聞いて!」


「カンベンしてくれよ。俺、明日から大学に行く事になってるんだから、寝なくちゃヤバいんだよ。あと言っとくけど、携帯電話は持ってくなよ」


「持ってかないわよ!」


 という彼女の怒声と共に、突然、凍えそうなくらい冷たい風が部屋中に巻き起こった。


「さ、寒い! 布団返してくれよぅ」


「あたしの話を聞いてくれたらね」


「何で俺が泥棒の話を聞かなきゃいけないんだよ、お前は居直り強盗か何かか?」


「あたし泥棒じゃないもん! 冬なんだもん」


「まだ言ってるのか、それ。もう通用しないから、いい加減諦めろよ」


「本当だもん……」


 と言うと、泥棒女は目に涙を浮かべてベソをかき出してしまった。


 いかに泥棒とはいえ、女を泣かせてしまうとさすがにバツが悪い。


 もっとも、もしかするとこれは俺を油断させる演技なのかも知れないが、とにかく、このままではいつまで経ってもラチが明かない。


 俺は仕方なく、この女の要望を叶えてやることにした。

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