第2話 ゼロ

 2087年 10月16日 土曜日 午前9時36分。


俺はキンクシティ (Kink City) の外から来る、ジェイド (Jade) 地区行きの新幹線が通る、高架下で目が覚めた。


俺はから逃亡生活を続けていた。しかし最近、追手おってが減ったような気がしていた。だからといって、油断する訳にもいかない。気の所為だとも云えなくはなかったからだ。


何故なら、この"人間の限界"を引き出し、超記憶症候群を完璧に使いこなし、身体能力、頭脳明晰に造られた"自分達"でさえが何処の会社のモノなのかが特定出来ずにいた為だ。


そしてあの研究所はゴーストタウン。『ディタッチメント (Detachment) 』に在る。


しかし、それは変だ。


 何故かと云うと、ディタッチメントは俺が研究所内に居た間。2073年 1月23日 月曜日にキンクシティ(KinkCity) に在る、GCA (Great Curyros.Ascent) 警備会社側と、Q/B (Quiet/Brain) 地区管理局側に分断され、ディタッチメントを舞台に内戦が開戦された。


そして、約4年後の2076年 12月22日 火曜日。


Q/Bが一時的にディタッチメントを占領したが、GCAがディタッチメントに小型原子爆弾を投下。Q/Bが堪らず降伏するという形で内戦は終結した。


今でも生き残っている被害者、加害者は、その非人道的な攻撃に共にGCAにうらんでいる。


そして、GCAはその黒歴史を隠す様にして、ディタッチメントを閉鎖した。勿論、『放射能の影響があるから』という名目でだ。


--だからこそ、


本当に放射能が残っているならば、ここに研究所を設置するのは可笑おかしな話だ。


してや、デザイナーベビーだ。DNAを傷付ける可能性がある場所に研究所を設置するか? 被曝ひばくする可能性がある場所に、融資者である富裕層が集まるか?


「何かが‥‥おかしい。」


そう、あれからずっと、そのが募っていた。脳への負担を軽減する為にオリジナルの薬を投薬しているのだが、最初はそれが原因かとも思った。しかし、直ぐに違うと直感した。それだけでは説明出来ないからだ。


『俺の知らない所でと思うのは考えすぎか?』


研究所の外に出れば自由になれると思っていた俺は、しかしまだ魂が囚われている様な重苦しい気分に沈んでいた。


それこそ、アノ記憶がよぎる為だ。認識番号は無し。データは破損気味。だが、気になる事が書いてあったのだ。


--『実験』


唯、その文字だけが一つ。だが俺は、それが"全て"という気がしてならない。


仮に、だが。俺が脱出するという過程すらも実験なのではないかと。俺は、俺が感知出来ない範囲で常に監視されていて、今も奴等やつらの"モルモット"なのではないかと。


疑い出したらキリが無いのだが、疑わなければ"都合の良い人間"に成り下がる可能性が在る。そうすれば、初めての自由は失われ、今までの犠牲や、努力や、計画や、技術や、記憶も全て、全て無駄になる。そんな事は、俺が許さない。許されない。


--ならばどうするべきか。


答えは、いつも単純だ。だが、現実はそう上手くいくモノではない。




 先ず、この研究所とディタッチメントの秘密を握る、GCAは必ずと言ってもいい程、密接な関係だと安易に推測出来る。


ならば、その研究所のデータは、キンクシティ中央部に新設されたGCAタワーにあるはずだ。GCAタワーは412階建ての超高層ビルだ。それにGCAはキンクシティを牛耳る程の権力と財力を有している。


先ず、一筋縄にはいかないだろう。仲間が欲しいところではあるが、内戦の傷跡がまだ色濃く残るキンクシティの人間は、アレから用事深くなっているらしい。


そもそも、キンクシティを牛耳る程の大企業を相手に、盗みを働くのは愚者のやる事だ。

オマケに内戦での原子爆弾の事がある。


敵対するのは‥‥Q/Bのヤツらしか居ない。


だが、Q/Bの残党は片っ端からGCAに取り締まりという名の拷問にかけられ、処刑され、今も数を減らしている。なので、Q/B自体も姿を隠している次第だ。見つけるのはおろか、仲間になるなんて言語道断だろう。


差すれば一人でするしかない。やるしかない。選択肢等ある訳がない。


どうやって侵入、データをコピーするのかという計画も、どの様にすれば完璧にこなせられるのか、という記憶も、412階建ての超高層ビルで戦闘になった場合、どの様に立ち回るのか、という技術も、


そう。全て0に還った時。初めて"記憶していない"事が起きた時。

俺は何も無いところから、1から始められる"自由"を。


--皮肉にもこの時、初めて"自由"を感じたのだ。

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