第1話 独立宣言

 俺は生まれつき"超記憶症候群Hyperthymesia"を持つように人間だ。


それと同時に、寿命も長く、身体能力も高く、病気等の抗体等も持つ、『人間の限界』を知る為に造られた人間なのだ。


だからこそ、俺は生まれた瞬間から全てを記憶している。いや、させられている


『全てを記憶している』のにも関わらず、"らしい"と言うのには理由がある。


 先ず、超記憶症候群の弱点とも言える"嘘の情報、記憶"だ。"瞬間的にそれを完全に記憶する"。だからこそ、そのに不完全な記憶、不適切な記憶が混入する事は世界の崩壊に直結するのだ。


特に、俺が超記憶症候群を持っていると知っている者は、上手くやれば俺を利用出来る。


例えば、偽の証拠品やヒントを残した後に、それを決定的なモノにする何かを記憶させ、俺がそれが真実だと疑わせなければ、その"偽の記憶"は、"完全なる記憶世界"の一部になってしまうのだ。


そうなれば最後。俺は其奴そいつの偽の記憶に従う、に成り下がる訳だ。


だから俺は、その記憶の真偽を常に考察し、全てを疑う様にして生きてきた。



 『デザイナーベビー』遺伝子組み換え技術を使い、遺伝子を組み換え、不完全な人間をより完璧にするもの。‥‥だと、記憶している。


そして、優秀な人間の精子と卵子を使い、その受精卵をゲノム編集。多額の費用を使い『人間の限界を引き出す』という名目で造られたのが俺だ。


無論、この企画は秘密裏に進められ、一部の富裕層を中心に融資者を募り、それを元手に、この計画Projectは進められた。


『バウンダープロジェクト(Bounderproject)』


そう名付けられたプロジェクトによって、俺は生まれた。


 ドクターによると、俺は生後一週間で両眼視が発達し、視界から得る情報を記憶する事に成功したらしい。そして、その時から様々な記憶を、これでもかと詰め込まれるのだ。


俺は"ストレージ (Storage) "と呼ばれた。最早もはや、人としては扱われない。俺は商品なのだ。


基礎的な知識を全て詰め込まれた後、様々な電子書籍や本、論文を読まされ専門的な知識を養った。経済学からサバイバル術まで、文字通り様々な分野の知識を全て記憶した。


だが、生後間もない頃から莫大な情報を詰め込んだ結果、脳にも負荷がかかるらしく、負担を緩和する薬を投薬されていた。


そして、記憶した次は実践だ。記憶は完璧でも、身体が動かなければ意味が無い。料理から始まり、水泳、プログラム、銃の組み立て、軍の近接格闘術まで、記憶した分だけ実技、実践してきた。


言われるがまま、されるがまま。無論、苦しかった逃げ出したかった。死ぬ事すら考えた、奴等は俺を機械をいじるかの様に俺の身体に触り、物を扱う様に、無下にした。


--だが、俺は知っている。


部屋に隠し監視カメラが埋め込まれている事を。そして、あの警備員は俺が反抗的な素振りを見せた瞬間。俺を射殺する許可が下されている事を。もしくは、部屋にガスを発生させられ殺される事を。


失敗したら処分される事を。


だから俺は、反抗的な素振りを一切見せず、

全てを完璧にこなす必要があった。


記憶は"ただの記憶"に過ぎず、完璧に熟すには事前に課題をある程度予想し、其れを脳内でシミュレーションする必要があった。それら全てを完璧に記憶し、想起し、こなす。

まるでロボットの様に淡々と正確に課題をクリアする。


『俺は全てを記憶している。』


--だが、


 そして遂に、が来た。俺が20歳になる日。2087年 7月10日 木曜日。融資者達に人間の限界を証明するべく、俺は様々な実験をされた。瞬間的に何かを記憶させられたり、実践し、記憶したモノを見せたり。


まるで、ピエロだった。


俺は観客に見せる分厚いの中で、既に"記憶していた"。無論、"無意識に"だが‥‥この時だけは、この病気がとても馴染んでいた。


融資者達は最初、喜々として俺に様々な課題を与えた。下らないモノから高度な技術を要するモノまで。俺は勿論、表情を変えず、完璧に記憶されている愛想笑いを浮かべながら課題をクリアしていった。


そう、"寸分の狂いも無く完璧に"。


そして、融資者達は次第に不穏になってきて、研究所の所長は『これ程完璧とは!』と歓喜してみせた。だがそう‥‥もう、皆気付いたのだ。


--バケモノを生んでしまった、と。


融資者達の間で囁き合うのが分かる。

「処分しよう。」「やり過ぎた。」「制御方法を教えてくれ。」等々。手に取る様に解る。それは俺が、行動心理学や読唇術を完璧に記憶したからでは無い。何故なら、そう。俺は‥‥


--


「御披露目会は終いにしよう。--俺は全てを記憶している。会場内にいるスタッフ、警備員、所長、そして融資者。そして、其奴等そいつらの家族構成から、1日の大まかな流れ、スケジュール、癖、骨格、声、動き、全てを記憶している。」


ざわつく会場、スタッフが融資者に弁解をして、警備員が飛んでくる。--記憶通りだ。


俺を押え込もうとする2人の警備員の喉と目を潰し、警備員の銃を奪い頭を撃ち抜き、まま、話を進めた。


「--俺は全てを記憶している。何が道徳的で、何が道徳的ではないのかを。この研究の為に犠牲になった"被害者おれ"の数を。研究員が隣の部屋で、別の被害者おれとコンタクトを取っている事を。


--俺は全て知っている!


失敗作と呼ばれた被害者おれを。傑作と呼ばれた被害者おれを。」


話の最中、融資者の1人が怒号を飛ばす。


「黙れ! この化け物が! 警備員、殺せ!」




「黙るのはお前だ。言っただろう? --俺は全てを記憶している。お前の愛称ニックネームがエディで、住所はヴェインズ (Vein) タウンに赤い屋根の豪邸がある。直ぐに判る様な豪邸だ。そして、お前には妻が1人、娘が2人。愛人も居る。確か、妻はカモーラで、娘は‥‥」


次第にエディの顔色が変わっていくのが、手に取る様に判る。そしてそれはエディだけではない。他の観客も俺を畏怖し始めた。それはとても心地よく。俺は俺のままで居られた。


「もういい! わかった。わかったから‥‥」


俺はニッコリと笑い「よろしい!」と言った。


"狂気じみた人"を演出したのも有るが、唯単純にこの時を楽しんでいたのだ。ここの人間は研究所の警備を過信している。実際、厳重だ。ここまで来るのに大分時間がかかった。


しかし、だからこそ油断が生まれる。


そして、その"油断"を利用する為に、狂人を演出する。狂人は何をするか分からない。だからこそ、いつ自分が標的にされてもおかしくない。


--いや、実のところ狂っているのかもしれない。


そして、"狂人は無計画"という漠然とした一般論により、『待っていれば警備員が来る』と云う隙が生じる。無論、個人差はあるが混乱の中ならば十分に機能する。そして、そこを狙う。


相変わらずエディの顔色が悪い、血の気が引いている。結構な事だ。これは見せしめだ。警備員を倒し、身体能力の高さと、其れによる戦闘技術を示す。そして、如何に俺がに詳しいかを軽く教えて、"いつでも殺せる"という事を教える。警備員が発砲する素振りを見せる前に死体を盾にして、撃つ。


準備シミュレーションも抜かりない。


そして、"独立宣言"。


「--俺は全てを記憶している。2067年 7月10日 日曜日 午後6時から、2087年 7月10日 木曜日 午後8時29分 現在に至るまで!!


人生の約16年間をこの箱に閉じ込められ、"俺達"は造られた! 反抗的な素振りを見せたら殺され! 失敗をすれば処分された!


今もそうだ。所長は例によって警備会社に連絡を取り、あと3分もすれば応援が到着する!

だが、俺は死なない! はきっとこの為にあったんだ!


あるものは建物内にいる従業員、警備員、所長等の情報を、あるものは建物内部の構造を、あるものは俺達が置かれている環境を、全て、全て調べた! そして記憶し、死んだ!


後は拡散され、隠された情報に気付き、それを記憶し、実践し、この舞台に上がる事の出来るが必要だった!


それが俺だ! 俺はこのプロジェクトの被害者の怨念そのモノだ! だから俺は--全てを記憶した。」


『スン』と、研究所内が闇に包まれる。もう1人の"俺"がやったんだ。命を懸けて。


"奴等やつらは俺を殺し慣れている"。


俺は予定通り、警備員の服に着替え、警備員に俺の服を着せ、応援に来た警備員に向け数発発砲。会場内は直ぐさま銃撃戦の舞台になった。


いくら銃にフラッシュライトが付いているとはいえ、闇の中だ。敵が何処に居るかも分からず舞台を撃ちまくる警備員。紛れ込むのは簡単だった。


「チクショウ! 撃たれた!」


1人の警備員が駆け寄ってくる。


「大丈夫か?」


フラッシュライトで傷口を照らす警備員。しかし、暗さと装備の厚さが相まり、血の跡と穴しか判らないだろう。


「あぁ、ダメだ! 血が止まらない!」


緊迫感を煽り、救助を早める。


「この指は何本に見える? よし、今救急車に運んでやる!」


「いや、大丈夫だ! それより早くヤツを!」


計画通りだ。初めに俺が殺しただからだ。計画の為に警備員に成りすましたのだ。無論、直ぐに部屋に居ない事がバレる為、計画は手際よく進める必要があった。


俺ならば顔や指紋でバレる事は無い。そして、"奴等は俺を殺し慣れている"。


--『俺は死んだんだ。No.257のシナリオ通りだ。』


No.396である俺は、これまでの被害者おれの犠牲に敬意を払いながら研究所を後にした。


『全ては自由の為に。』


396回の人生。395回の死。267回の計画。36回の実行。35回の失敗。


そしてこれが‥‥"1回目の脱出"。


--『俺は...おれを記憶している。全てを記憶している。』


-/20870710TH-396

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る