第8話 やり直しませんか?
「それでつまり別れたの?」
「別れてないってば!」
「わかった。秒読みってやつだ」
「……秒読み」
沈む。気持ちがダウンしていく。わたしが悪いんだと思うと、なぜか昨日の妙さんと笑い合う智の姿が目にチラついて、自分でも相当キてるなと思う。
「わかった! わかったから泣くなよ! お前さぁ、前は泣いたりしなかったじゃん。もっとこう能天気でカルフォルニアな感じで」
「カルフォルニア……」
「そうだよ、もっと気楽に考えたら? 思いつめすぎなんだよ」
「……重いんだね」
お昼を過ぎた学食には学生も少なくて、みんな思い思いに話を楽しんでいるようだった。
わたしは、つまんない。
だって智がいないもの。隣に智がいてくれて、ご飯ついてるよ、とか言ってくれてお米をつまんでくれるような生活が普通だったのに、どうしちゃったんだろう?
わたし、変だ。妙さんの重さがわたしにうつって、わたしの軽さが妙さんに代わりにうつったのかもしれない。彼女の笑顔はカルフォルニアだったもの。
両肘をついて、顔を手のひらにのせる。当たり前のように「はぁーっ」とため息が出る。
「いいやつなんだよ、西は。ただ、頑固なところがな。人には短所が一つくらいあるんだってことだよ」
「……こんな思いするなら、本当に別れちゃおうかなぁ」
「本気?」
「……本気と思う?」
「その時には俺のところに戻ってくるんだと思う」
それはないんじゃないかな、と思う。別れた男とよりを戻すなんでナンセンスだ。わたしの中でそれは否定されている。西くんと別れたとしたら、それで本当に終わりだ。よりを戻すなんてナンセンスだから。
学食を出て、行くあてもなくブラブラする。手を繋いでないだけで、これでは恋人同士に戻っちゃったみたいだなって思う。そういう気持ちはないんだけど。
「……やあ」
「おお、西。ちょうどお前の話、してたんだよ」
「……そうなんだ」
明らかに智の視線はわたしから外されていて、見てもくれないんだとわかる。そう思うと悔しくて、何もせずにはいられなくなる。だって、どうせこれが本当に別れなんだとすれば、何をして嫌われたって同じことだもの。
「ねえ」
智の向いている方に回り込む。
「こっちを見て」
目だけが、わたしを見た。その証拠に智の瞳の中にはわたしが映っていた。
「見てるよ。その……北澤と一緒だったんだね」
「ああ、たまたま学食で」
「おい、弓……ごふっ」
智に見えない位置を狙って肘鉄を食らわす。
「えっと、智は一人?」
「僕は基本一人だよ」
だよねー、と聞かなければよかったと後悔する。
「西、本当に弓乃と別れるの? 俺、マジで復縁迫るけど」
「東さんが望むなら、それもありなんじゃ……」
「西! いい加減にしろよ。弓乃のこと、考えてやってるのかよ? 俯いて悩んでる弓乃なんか、見たことないよ」
「それが僕の不甲斐なさなんじゃないかな?」
こんなことで悩んでたってしょうがない。ダメな時はダメだし、ダメなものはダメだ。これでダメなら智はわたしを全否定ってことだ。
もう一度瞳を見つめて、そっと顎に手を添えて、踵を上げて目をつむる。目測を誤ってなければ……。
誰よりも、好き。
「……東さん、相変わらず場所を選ばないんだね?」
「これしか知らないものっ! 西くんもそんなわたしが好きでしょう? ……もしそうなら、わたしたち、やり直しませんか? たった一日だって、他人になっちゃうのは……」
あ、ダメ。ここで泣いたら狡い。泣き落としなんて、古い手を使いたいわけではないんだから。
涙っていうのはどうしてこう、制御不能なんだろう……? 見せたくなくて、しゃがみ込む。
今、キスした人の手からさっとハンカチを渡される。受け取っていいのかちょっと迷う。わたしのためのハンカチだって、前に言っていた。
「ありがとう」
翔はそんなわたしたちを置いて、そっと去っていった。意外といいところもある。
「ほら、つかまって。きちんと顔を見せて。僕はいつも東さんに振り回されてばかりで、そしてそれは好きでそうしてるんだよ。知ってた?」
「……知らなかった。いつも迷惑ばかりかけてるのかと」
「迷惑なわけないじゃない。好きなんだから」
「でも昨日は妙さんと」
「ああ、妙、編入決まったんだって。喜んでたよ」
「それじゃ、妙さんとよりを戻すの?」
これも地雷だったようで、智は小さくため息をついた。おいで、といつになく強引に手を引かれて戸惑う。
智はずいぶん歩いて、線路の反対側にある繁華街の奥まで行った。
「一応、確認しておくけどいいんだよね?」
ホテルの入口前で話をしているなんてナンセンスだ。しかも真っ昼間で、隠れようもない。さすがのわたしもどうしていいか迷う。
もちろんわたしはいつでもOKだ。
でも智は違うはず。
「やり直したんなら、そういうのもゼロにリセットしていいと思うの。わたしのために無理する必要は無いし、そうさせたくない。だから、行こう?」
智が何を考えているのかわからないまま、強く手を引かれて奥まで連れて行かれる。わたしに異存はない。でもこれでいいのか、全然わからない。
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