第2話 魔法をかけてくれる人
わたしは今、不機嫌だ。
不機嫌な時に、不機嫌だというのもどうかしてると思うけど、200パーセントくらい、不機嫌だ。
無理に引きずられて理学部脇のベンチに座らされている。秋になったキャンパスは少し肌寒い。
「俺の顔見て逃げることないだろ?」
「別に逃げてなんかないわよ。ただ、Uターンしただけ。あんたの顔なんて最初から見てないわよ」
「……本当に西と付き合ってんの?」
「何かいけないことでもあるの?」
「いや。あいつ、真面目だからつまんないんじゃないかと思っただけ。弓乃は刺激的なことが好きだろ?」
むう、刺激的なことか……。翔は何か勘違いをしている。2年以上も智と同じ教室で学んできたのに、ちっとも智のことをわかってない。
大体、あの一件だけでお腹いっぱい! たくさん泣いたし、嫉妬したし。あんな情けない思いは一度で十分。十分、刺激的だったもの。
「……乃、弓乃」
「え、あ、うん。それで、何?」
「相変わらずボケっとしてるな。つまりさぁ、やり直さないかってことだよ」
「……やり直す?」
「そう、やり直す。どう? そろそろ西に飽きてきた頃だろ?」
はあ?
何を言ってるんだろう?
わたしはまだ智を陥落できないで、右往左往してるのに!
結論から言うと、まだ東弓乃は本当の意味で西智大の『女』になったわけじゃない。この際、細かいことは抜きにして、だ。焦らされて、待たされて、「彼は天然キャラなの?」と思うくらい恋焦がれてしまっている。こんな男の出る幕はない。
……あ。
「翔」
「うん?」
「……まだわたしとヤリたいと思ってる?」
「思ってるよ、普通に。好きな女とヤリたいと思うけど」
「だよねぇ」
翔と言えば、二人になるとそればかりだった。特に、別れる前はわたしは体だけの都合のいい女なのかと思って悩んだくらいだ。それくらいはわたしの体も魅力的なんだとは思ってたんだけど。
違うのかなー、勘違いなのかなー、わたし、実はイイ女度、低いのかなぁ?
「何をそんなに悩んでるんだよ? 何か辛いことでもあるの? 西は実はやさしくないとか?」
「そんなことないわよ」
「そうだよな、西の前の彼女、大切にされてたっぽいもん」
「前の……」
「そりゃ、西にだって元カノくらいいてもいいだろ? 弓乃、そういうの、こだわる方なの? 俺の時は何も言わなかったのに」
翔の元カノのことなんか気にしても仕方がない。わたしたちが一緒に参加してたサークルには、すでに翔の元カノという人がいた。見た目が爽やかな好青年である彼を狙ってる女の子は多かったし、確かに翔は話が面白かった。
それでわたしも付き合ってみたんだけど。
あああ。
智のこととなるとこんなことばっかりだ。調子狂う。どうして翔の時と同じように行かないんだろう? まるでわたしばっかり好きみたいだ。
「弓乃」
呼ばれて顔を上げる。
そこには見慣れた顔があって、唐突に唇を奪われた――。
「……どういうつもり!? わたしが西くんと付き合ってることはあんたが一番よくわかってるじゃないのよ! わたしは西くんが好きなの! もう智のことしか考えられないの! あれよ、あれ。寝ても醒めてもってやつ。朝も昼も夜も頭の中は智をどうやって誘ったらいいか、そればっかり変態みたいに考えてるのに」
「まだヤッてないんだ?」
「あ。……えーと、ほら、少しは出し惜しみした方がいい女って感じしない?」
翔は顎に手を当てて、わたしの方をじっくり見た。まるで値踏みされてるようで、ムカムカしてくる。
「な、何よ?」
「弓乃を抱かないなんてバカだよな」
「……智はバカじゃないわよ」
「そうかな、第一、弓乃は抱かれたいと思ってるんだろ? それを満たしてあげないってとこで、もう減点じゃないの?」
……。
わたしがヤリたいばかりの女みたいじゃない。そういうんじゃなくて、そういうんじゃなくて……、そう、智のものだって知らされたいっていうか、そう……、満たされたい?
「ね、ねえ? どんな時にムラムラッて来るの?」
「いつでも。弓乃はいつ見てもそういう気持ちにさせられる。……欲求不満になってない? 西には秘密で、いいよ」
「バッカじゃないの!? 思い上がらないでよ。わたしたちが恋に落ちるのを一番近くで見てたくせに、まだわからないの? わたしが好きなのは」
「西。それで俺が好きなのは弓乃。わかりやすく言うとそういうことだろう?」
気がつくと興奮して、ベンチから立ち上がっていた。かなり大きな声を出したかもしれない。
ここに智がいれば、わたしが落ち着けるように魔法をかけてくれるのに。なんで、いないんだろう? ていうか、唇まで奪われたのに、智がいない……。
当たり前か。彼は今、講義中だ。
まだ智と付き合う前は、わたしが翔を待ってここに座ってると智はなぜか現れて、わたしをここじゃないどこかに連れて行ってくれたのに。
こんなに季節は涼しくなって、一人でいるのがさみしくなる季節なのにどうしてそばにいてくれないんだろう。
すごく、さみしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます