第1話最初の女
夏休みは変なことがあったけど、楽しくて、楽しくて、楽しいばかりに終わっていった。そう、終わっていった……。
おかしい!
夏休みが終わっちゃったのにどうしてまだ智に抱かれてないの? 予定ではとっくにそんなのは済ませちゃって、それでわたしは智の『最初の女』になって、今頃は毎日、求められちゃったりするはずなのに、おかしいじゃない!?
……やっぱり、魅力的じゃないのかも。
そうでないなら、わたしは智の好みにどストライクではないのかも。
はぁーっ。
ああは言っていたけど、やっぱり妙さんみたいな子が好きなのかなぁ? グラマラスじゃなかったけど、こじんまりしてて、怖いものが来たら隠れちゃいそうな、そういう。男の子ってああいう子が結局好きなのよ。そうじゃない?
で、挙句には「守ってあげたいんだ」とかなんだか大きな勘違いをしはじめるでしょう?
まず第一に、本当に彼女は守ってあげなくちゃいけないくらい弱いのか?
第二に、彼女を守れるだけの力がお前にはあるのかってやつよ。
ふふん。わたしにだってそれくらいはわかる。智に教わったもの。論理的な考え方ってやつ。
彼と付き合うなら、それくらいはできないと。
「……弓乃? ここに、シワ寄ってる」
気がつくと智がわたしの向かいの席につくところで、智は自分の眉間を指さしていた。
「何か難しいことでも考えてたの?」
「んー、まあ、そんなとこ……」
「元気ないね」
「秋だからかしらね」
わたしは眼下にいる学生たちの群れを見下ろしていた。たくさんの生徒たちが入り交じって、がやがやと通り過ぎていく。
わたしたちはコーヒーラウンジにいた。コーヒーはいつの間にか、アイスコーヒーからホットに変わっていた。いつも通り、シュガーは2本。コーヒーフレッシュも2つ。
「何か問題でもあるの?」
「えっ? ……あー、あると言えばあるし、ないと言えば……」
「つまりあるんだね。何か手助けできるかな?」
「う……こればかりは智には相談できないというか……ごめん」
智はあきらかにがっかりした顔をしていた。わたしだってそんな顔は見たくない。智の笑顔だけを見ていたいし、智を悩ませたくない。悩ませたくないんだけど……。
「素朴な疑問なんだけども」
「うん、僕で良ければなんでも聞いて」
その真面目な瞳に気が引ける。でも! ここで引いたら!
「……わたしのこと、好きだよね?」
真面目な瞳がきょとんとする。それはそうだ。唐突すぎるもの。わたしは間を端折りすぎる。
「ねえ、どうしていつもそれを聞くの? まだ愛情表現が足りないってことかな? 僕は十分、弓乃に惹かれてるけど」
「質問を質問で返すのは」
「マナー違反。わかってるよ、別に答えたくなかったわけじゃないよ。心配しないで、弓乃のことだけが好きだから」
ほらー、やっぱりわたしが好きなんじゃない! そうだと思ってた! うん、それはわかるの。信じられるのよ。でもそれじゃどうして、その……続きはないのかしら?
「じゃあ今日こそ抱いてくれる?」
智が答えに詰まる。
一体、彼の頭の中の何が、わたしをそんなに拒んでいるのかさっぱりわからない。
即答しないくせに、最近はキスをする時、そっと腰からお尻にかけて手が触れてくる。胸に手が回ってくる時もある。来た、来たーって思うんだけど、それ以上に続きがないのよね。例えば下着の内側に指が入ってきちゃっても、わたしは全然かまわないのに。
「タイミングが。つまり、どう切り出していいのかタイミングがつかめないんだよ。ごめん……」
ごめんって。こういうことで謝られるのって一番堪える。タイミングなら、いっぱい作ってあげたのになぁ。二人きりにも何度もなってるし、そんな時にキスされると、きちんと彼の首に腕をかけて背中から倒れてるのに。
つまり、『押し倒す』って過程はわたしが代わりに飛ばしてあげてるのに。
それでもまだタイミング?
はあっ。出してはいけないため息が出ちゃって、思わずおどおどしてしまう。
「ごめん、情けなくて。弓乃を不安にさせるなんてそれは良くないことだってわかってはいるんだよ」
わたしの彼氏はやさしい人だ。テーブルに突っ伏したわたしの髪を撫でてくれる。いつか、わたしの髪が好きだと言ってくれたことがある。カラーとパーマで傷んだよれよれの髪を。
「嘘。全部、嘘。そんなのちっとも気にしてないの。智がわたしにこれっぽっちも魅力を感じてないんじゃないかとか、そういうことは全然考えてないから。だから智も気にしないで」
最後の言葉を言い終わって、念を押すように、にっこり微笑む。この微笑みでごまかされない男子はいない、はず!
「無理させてごめん。でも、もう少し、少しずつ弓乃を知ってもいいかな? 一度に全部知ってしまうのは簡単だと思うけど、ひとつずつ確かに知っていきたいんだと思う。大好きだから、大切にしたい」
――大好きだから。
そう言われてうれしくない女子がいると思う?いない! 殺し文句ってやつに殺されてる! 自分がいかに欲望にまみれた人間で、邪なことばかり考えているのか思い知らされる。
こっちこそごめんね、と言いたいけど、やっぱり焦らしプレイでしかないじゃなーい!
それとも。
こんなに焦らされているから、どんどん好きになっちゃうのかもしれない。だとしたら、わたしはずっと智の手のひらの上で遊ばされている。
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