第15話 誰にも邪魔されないところ
サーティワンの店内は涼しくて、とりあえず彼女を座らせる。僕は彼女のオーダー係だ。
片手に予告通りのジャモカコーヒーのシングルを持ち、もう片方の手には彼女のアイスを持った。
気に入ってくれるといいんだけど。
「お待たせ」
何気なくくるりと振り返る彼女が、トリプルのアイスに見とれる。
「アイス、トリプルにしてくれたの?」
「いろいろ心配かけちゃったから」
「でも……悪いのは智じゃなかった」
「同じようなものだよ」
はい、と僕のそそっかしい彼女に背の高いアイスを渡す。ありがとう、と笑って彼女は危ういバランスでアイスを受け取った。
「ところで智のオススメは?」
「今日は上からラムレーズン、マスクメロン、ストロベリーチーズケーキ。食べられないものある?」
「……ない。いただきます」
ぱくっとラムレーズンに口をつける。この前、これが食べたいと言っていたからハズレではないはず。
「ほんのり、大人の味。でも美味しい」
彼女の集中力はアイスに集中していって、僕のことなんか忘れてしまいそうだ。
「ねえ、ねえ、ねえ!」
しばらく大人しく食べていたので、僕も自分のを食べていると遠慮容赦なく背中を叩かれる。
「ど、どうしたのかな?」
「わたし、こんなに美味しいメロンアイスって初めてかもしれない! 誰? サーティワンはメロンが美味しいって教えてくれなかった人は」
「僕じゃないよ?」
「わかってるわよ、智のお陰でこんなに美味しいアイス、発見できたんだもーん! 智ってほんと、すごいよね? なんか、わたしが見てる世界の裏側から同じ世界を見られてる気がする」
言い得て妙だ。僕にとっての東さんも同じだったから。
「あ、また溶けてきちゃった……」
「スプーン、使いなよ」
「うん、ありがとう! でも、あの、また智がペロッとしてくれない? イヤ?」
この前のことを思い出す。あの時も彼女は変に恥ずかしがっていた。
「弓乃はイヤじゃないの? ……こういうのは間接キスって言うんだよ、知ってた?」
バーンッと思いっきり背中を叩かれて、僕のアイスがコーンから外れて飛んで行きそうになる。危ないところだった。
「間接キスくらい知ってるわよー! わたしたちは、『直接キス』する仲なわけだから、そんなの全然問題ないじゃない? わたし、智と知り合ってからそういうことでやだなぁって思ったこと、一度もないけど? 付き合う前でも平気だったもの。でも、もちろん誰とでもってわけじゃないの。付き合ってても同じカップでコーヒー飲むのイヤだなって思う人もいるし。って言うか、そういう時はすぐにサヨナラするんだけどね」
息継ぎしたのかわからない速さでいっぺんにまくし立てる。なにが彼女をそんなにムキにさせてるのかは謎だった。
「……わかんない? つまり、智は特別だってこと。智みたいな人は、わたしには他にいないって……あーッ!!!」
彼女がアイスを持っていた指にどろりと決壊したアイスがこぼれてきた。みるみるうちにゆっくりとそれは彼女を侵食していって、このままでは彼女の服にシミがつくのも時間の問題だった。
僕はまず、彼女に頼まれたように決壊した原因を除去して、そのあと、彼女のアイスを受け取ると彼女の指についたアイスを舐めとった。メロンと、クリームチーズとストロベリーの混ざった、見たままの味だった。
顔を上げると彼女の瞳は限界じゃないかと思うくらい大きく見開かれ、両端にアイスの残るアヒル口が開いたままになっていた。
「ごめん、ペーパー取ってくれる?」
と聞くと、彼女はこく、こくと頷き、僕の手の中にあった彼女のアイスとペーパーを交換した。
「危ないところだったね。……東さん?」
「え、あ、あー。そうね、危なかった、うん。とにかく助かったの。えーとすごくエロティックだったけどね」
僕はペーパーで指についた彼女のアイスを拭き取った。そして彼女のアイスを再度受け取ると、彼女にも指を拭くことを勧めた。
「エロティック?」
「……そう。こんな人前で指を舐めるなんて」
ハッとして反射的に謝る。
「咄嗟とはいえ、こんなところでごめん。イヤだったよね?」
彼女は俯いていて、その反応は見て取れなかった。目が合わないことが僕を不安にさせる。
「違うの、逆。ゾクゾクしちゃった。そういうのってわかる?」
顔を上げた彼女の瞳には僕の顔が映っていた。
「ゾクゾク?」
「つまり……『感じた』ってこと! とにかく早くアイス食べて、ここを出よう? 西くんがダメだってどんなに言ったって、わたしももうダメなの! 限界! ほら、手を洗ってくるからさっさと食べてね!」
いつものごとくめちゃくちゃに手を洗いに走っていく。結局、両手に持ったアイスを僕に食べさせるのか。まぁ、そういうこともあるかも、とは思っていたけど。
もう食べ終わりそうな自分のアイスと、決壊を食い止めた彼女のアイス、どちらを先に食べるべきか迷う。しかし、いつまでも両手に、というのもなんなので自分のを先に処理することに決める。
そのうちに東さんは戻ってきた。
珍しく促さなくても口の周りまでキレイになっていて、しかも口紅も塗り直されていた。もちろん彼女は化粧を時々直したけれど、アイスを食べた直後というのは珍しい。
「まだ?」
「うん、もう少し。東さんはもういいの?」
「いいの。アイスより先にしたいことができたの」
「ふぅん」
まぁいいさ。彼女が気まぐれなのは今さらだ。今日はダブルでよかったのかもしれないし。
頬杖をつく彼女の胸元が目に入って、一度そこに目が行ってしまうとなかなか離せない。とにかく急いで食べてしまうのが正解なんだろう。
「……まだ?」
「ワッフルコーン食べる?」
「ううん、いらないの」
すべて食べ終わると彼女は僕の口の端についたアイスを指先で拭った。そしてそれをペロリ、と舐めた。
……あ。さっき言っていたのは。
「行こう? 今日はもう離さないから。早く誰にも邪魔されずに二人きりになれるところに行こう。智が婉曲的なことを好むから言わないでいたけど、今日は言わせてね。いい、怒らないでよ? 『ホテルに行こう』」
にこり、と微笑んだ彼女の口元は艶やかで、僕をドキリとさせる。
「まだ明るいよ?」
「もうっ、関係ないわよ! 誰がこんな気持ちにさせたのよ!」
ちょっと待ってよ、と言った僕の腕を掴んで離さない彼女の胸に肘が当たって、そういうきっかけもあるかもしれないと、そう思う。
――東弓乃と付き合うというのは、そういうことだ。
(第2章 了)
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