第14話 僕のお気に入り

「わたしの彼氏、カッコよすぎ」

「うわっ! いつからそこにいたの? 東さん」

「わたしのことは気にしなくていいの。これで最後なんだから別れの余韻に浸ってても、今回は見逃すから。わたしだってできる女だってとこ、見せてあげる。なんていうかこう、懐が深いっていうか」

 いつでも東さんはブレないなぁと感心する。そういう自分中心なところもかわいいよなぁと思ったりするのは単なる贔屓目なんだろう。東さんはどこまでも天然だ。

「でもさ、あんな風におかしくなるくらい誰かを好きになるってすごいね。まあ、かなり怖かったけどね」

「妙は過去の分岐点は僕だったと誤った認識をしてるんだよ。僕を本当の意味で好きだったわけじゃないと思うよ」

「あ! そうやって女の子の気持ちを切り捨てるのね? 最低! 誰かを好きになるって命懸けなのに」

「ねえ、どうしてそうなるの? 東さんは僕が妙の気持ちを受け入れた方がいいの?」

「……そんなことは言ってない。だって智はわたしの智なんだし。もうそれは決まっちゃってるし。わたしは智の『最初の女』になるわけだし」

 何もないところで転びかける。『最初の女』? なんだかすごいパワーワードだ。


「早く抱かれたーい! 名実ともに、智のものになりたーい! 誰かに盗られる前に、わたしたち、早くヤろう? あ、寝よう?」

「東さん……」

「それとも」

 彼女は自分の体を見下ろし、ウエストに手をやり、後ろを向いて自分の膨らみを確認し、最終的にワンピースの襟元を引っ張って胸元を点検し始めた。

「ちょっと、道端で何してるの?」

「そんなに魅力ないかなぁと思って。智と付き合い始めてから二キロ痩せたんだけど、もしかしたらぽっちゃり系が好きなの? 妙さんは普通体型だったよね? わたし、太った方がいい? こう、ぽちゃっと、胸なんかボインってなっちゃうような」

「そんなこと言ってないじゃない? 第一に、僕と付き合い始めてから痩せたって、ダイエットしたってこと? 必要ないよ」

「第二に?」

「第二に、体型で人を好きになるわけじゃないよ。東さんがどんな体型だって、東さんは東さんで、その……魅力的だよ」

「弓乃。もう一回言って?」

 東さんは自分を指さしてそう言った。

「弓乃がどんな見た目だって、僕には魅力的だよ。……好きだよ。いろいろ心配かけてごめん」

 河原沿いを手を繋いで歩きながら、東さんは僕にごく自然にキスをした。それは素敵なキスで、このところ他のことで振り回され続けていた僕を癒すのに十分だった。僕にはやはり、彼女が必要だった。

「誰も見てないよ?」

 その言葉に誘われるように、今度は僕から彼女にキスをした。彼女を内側まで全部、僕のものにしてしまいたいと思う、自分本位なキスだ。

 それでも彼女は僕のシャツの胸の辺りをぎゅっと掴んで、受け入れてくれた。

 そっと、離れた。

「見てなかったでしょ?」

「たぶん」

「見られてたって問題ないと思うけどなぁ。キスなんて挨拶みたいなものなんだし? もし智を好きな子が見ちゃったら、いい牽制にもなるし? わたしはどこでされても平気。さっきみたいにさり気なくお尻を触られちゃったりするとゾクゾクしちゃう」

 彼女はとてもいやらしい顔をして、にやにや笑った。弁解のしようもなかった。

「そんな顔しなくていいのに。わたしも気持ちよかったし、智も触りたかったんでしょう? いくらでも触っていいんだよ。智、限定。なんなら生で……」

「弓乃」

「……はい。ごめんなさい」

 ぎゅっと握った手に力を入れる。


「アイス、買っていこうか?」

「アイス、何にしよう?」

「食べに行く?」

「んー、どうしよう。智の部屋で二人きりに早くなりたい気もするし、アイス、食べに行きたい気もする。わたし、智がわたしのために一生懸命、アイスやドーナツを選んでくれるの、好き。その時、ここのとこにシワを寄せて真剣に選んでくれてるから。わたしのために本気になってる智を見るのが好き」

「……喜んでくれてるならこっちもうれしいよ」

「何、その溜め?」

「いや、眉間のシワをもっと気にしようかと思って」

「わたしは嫌いじゃないよ」

「……そう?」

 こく、こくと彼女は首を縦に振った。ならまあ、いいかなという気になる。

 僕も彼女のためにアイスやドーナツを選ぶのは楽しい。ちゃんと正解して、彼女がそれを子供のように無邪気に、美味しそうに食べるのを見るのが好きだ。

 アイスやドーナツで口の周りがベチャベチャになっている彼女を見るのは僕の特権だ。他の男には彼女の口の周りを拭いてやる権利はない。

「何ニヤついてるの?」

「やっぱり食べに行こうか?」

「わーお! 今日は何を食べようかな?」

「僕はコーヒー系にしようかな。ジャモカコーヒー」

「うーん、わたしはやっぱりイチゴとチョコは外せないし、でもたまには違うのも食べてみたいし。いつもと同じってほんと、つまらないわよね? この前、智の食べてたラムレーズンも美味しかったし……」

 僕は言うか言うまいか迷った。でもどうせだから言うだけ言ってしまおうと思った。

「ねえ、今日の弓乃のアイスは、全部、僕のお気に入りにしてもいい?」

「え? そんなサプライズあり?」

「なんでもありだよ」

 川沿いの道を手を繋いで、僕たちは愛するサーティワンに向かった。僕らの間に、川風がそっと吹いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る