第13話 出会いは無駄じゃなかった
声をかけるのを躊躇った。
またいつものように大粒の涙を、顔をくしゃくしゃにしてこぼすんだろうか?
「つまり、わたしたちには運命的な繋がりがあるってこと。あなたと西くんが出会うのが、わたしと西くんの出会いより早くても、遅くてもそんなの関係ないの。わたしたちは惹かれ合う運命だったから」
「なんでそんなこと言えるの? それはわたしと西くんのことかもしれないじゃない」
「ビビっと来たから」
確信に満ちた目で、東さんは告げた。まるで神様の信託のようだった。僕はその言葉に感動を覚えた。
そうして、どんな風に自分が彼女に惹かれていったのか、その過程を思い出す。……過程? そんなものなかった。彼女が言う通り、「ビビっと」来て、それからは重力に身を任せて恋に落ちていった。
ね? というように、東さんは僕の方を向いてにっこり微笑んだ。憂いのない笑顔だった。
「西くん、わたしをすごく好きでしょう?」
「うん、東さんが好きだよ。友達から奪うくらいに」
平和主義だった僕にとって、それはものすごい決断だった。
「……友達から?」
「妙は南野さんに聞いてないの? 東さんは元々、北澤の彼女だったんだよ」
「乗り換え……?」
僕と東さんはお互いに顔を見合わせた。
「そう言われればそうかもしれないけど。自然な流れだったから。ね、そうでしょ? 知り合ってたった数週間で彼氏より好きな人ができるなんて思わないもの。この人が大切な人だって気がつくのにちょっと時間がかかったけど、それでも一ヶ月だったよ? 智もそうだよね?」
「恥ずかしいけどね。後期の授業が始まったら噂になってて誰も口、きいてくれないかもしれないけど」
僕の嘘か本当かわからない冗談に、東さんは笑って背中をばしばし叩いた。僕のよく知る東さんだった。
「しぃちゃんは何も言ってなかった」
「言いにくかったのかも」
「南野さんって、智のことが好きだったしね」
それは言わない方が……というのを言ってしまうのが東さんだ。事すでに遅し、だった。
「しぃちゃんは西くんの話をあまりしなかったけど、そのせい……?」
「さあ、それは南野さんにしかわからないよ」
妙は、また俯いて考え始めた。
「そうなんだ。西くんは東さんが好きなんだね。それでしぃちゃんも。しぃちゃん、親友だと思ってたのに……」
「親友に裏切られるのは気分悪いと思うけど、妙さんの西くんへの執着って、ちょっと不気味だよ。引く。それって本当に恋なの? わたしには押し付けがましいとしか思えないけど。気持ち悪い。ストーキングしちゃう程、好きだなんて、それって本当に恋? ……あ、でもわたしも智にふられたらしないとは言いきれないかも」
冗談は程々にしてほしい……。僕にだってメンタルにキャパがある。今の元気な東さんでさえ、制御が大変なのに、どうやって情緒不安定な彼女に立ち向かえと?
「西くんっ!」
すごい力で手を引かれてバランスを崩す。東さんと繋いでいた手はするりと呆気なく解けて、僕は妙と走っていた。
「西くーーーん!」
というおよそ考えられる中では最大音量で東さんは僕の名を呼んで追いかけてきたけれど、東さんの走り方はやっぱりへなちょこで踵の高いサンダルと相まってとても追いつきそうになかった。
はあ、はあ、はあ、……。
僕の隣で妙が息を弾ませる。
どこへ行くつもりなんだろう? 僕なんか君にそこまで想われる価値はないのに。
「はあ、はあ、はあ、……限界。すぐ、追いつかれちゃうかな……」
じんわり、妙の目に涙が盛り上がる。東さんのために常備しているハンカチを差し出す。そこは、河川敷だった。
セミの声が暑さを増長させる。
「西くんの、ことが、忘れられなかったの。合コンで、どんな男の子に、誘われても……乗り気になれなくて……。友達にも、彼氏作りなよって、言われたんだけど、乗り気になれなくって……それで」
そこで話は一旦途切れて、妙は深呼吸をした。
「そんな風に他の男の子のことを考えられないのは、西くんがわたしの心を占めてるからだと思ったの。あの時、西くんに『別れよう』って言われた時、『嫌だ』ってどうして言えなかったんだろう。『成績が上がるようにちゃんとがんばる』って、なんで言えなかったんだろう。そもそもどうして成績が」
「妙、それは過去のことだよ。文字通り過ぎ去ったことだ。妙に別れ話をした時、僕だって辛かった。妙は僕のかわいい彼女だったから。だけど妙の成績が下がって、志望校は無理だって言われて、毎日悲しそうな顔をしている妙を見てるのは辛くなったんだ。僕はもしかすると逃げ出したのかもしれない。君が僕のせいで成績が悪くなったんじゃないかと思うと怖かったのかもしれない。もっといい解決策があったのかもしれない。でも、それは『もしも』の話だ。ごめん、僕の中では過去は過去のこととしてしまわれてしまったんだよ。それは東さんと出会うより先に」
「……そうなの? わたしは『思い出』?」
「とてもいい、ね。僕は妙と知り合って初めて『恋』っていうものとしっかり向き合ったんだ。だから僕にとって君との出会いは無駄なことじゃなかったよ。ありがとう」
「……でも終わりなのね」
「終わりなんだよ、ごめん。あの時も君を守れなくて」
繋いだままだった二人の手が、自然に離れていく。
「さよなら。もしもまた見かけても、わたしは西くんを好きなわたしじゃなくなるよう、努力する。編入も予定通りがんばる。あの時叶わなかった夢を半分だけでも叶えたいの」
それがいいよ、と僕は言った。応援してるよ、とかそういう気の利いたセリフは出てこなかった。
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