第2話  アイスクリーム

 サーティワンにはひっきりなしに客が訪れていた。『ダブルで買うとトリプルにサービス!』という、あまり僕にはうれしくないセールをしていた。僕の気持ちも知らず、東さんの目はキラキラ輝いていた。

「二個分の値段で三個買えるなんてラッキーだよね? んー、何にしよう?」

 店頭に置かれた看板に張り付いてアイスを吟味している。

 小さな女の子が東さんの後ろで看板を見たさそうにキョロキョロしていて、僕はカウンターの上に置かれていた今月のメニュー表を見つけて東さんに手渡した。

「これで見ると選びやすいと思うよ」

「ありがとう! 看板って大きすぎて見にくいと思うのよね、わたし」

 女の子は東さんのどいたスペースに滑り込んで、母親と楽しそうにアイスを指さし始めた。平和な光景だった。

「で、今日はどんなのにする?」

「えーとねぇ……」

 こちらは獲物の選別をする百獣の王のような顔つきだった。

「めちゃくちゃ甘いのが食べたいの。つまりストロベリーとかチョコレートとかそういうの」

「チョコレート好きだね」

 こくこく、と彼女はうれしそうに頷いた。そして、にっこり笑った。

「カップはどうする?」

「ワッフルコーンで。アイスのオーダーはさっき言った通りで、お任せします」

「了解」

 前には五人程度の人が並んでいて、それはカップルだったり、僕たちのようにどちらかだけが並んでいた。子供連れよりカップルが多いなんて、不思議なものだと考えていた。

「お待たせしましたー」

 急に声をかけられてハッとする。まだオーダーを考えてなかった。頼まれたのはストロベリーとチョコレート。それを含む三種類を選べというミッションだ。

「えっと、ベリーベリーストロベリーとロッキーロード、キャラメルリボンをワッフルコーンで。あと、シングルでラムレーズンお願いします」

 二つのアイスを持って、席に戻る。お待たせ、と東さんに声をかける。

「わお、トリプル! 何、買ってきてくれたの?」

 僕は上から順番に説明した。

「やっぱり西くんはすごい! どうしてこんなにわたしの好きな物がわかるのかなぁ?」

 当然、テレパシーが使えたりしないので、普通に予想をするだけだ。東さんの好きな物の傾向は今まで見てきた限りでは「激甘」なものだ。

 どちらかと言えばあまり甘いものが得意ではない僕が避けたいもの、それが東さんの食べたいものだ。

 東さんの今までの友達や恋人がそれが何故わからなかったかと言うと、それはみんな、それほど東さんの好みに興味がなかったんだろう。

 ……と考えて、顔が赤くなるのを感じる。アイスを二つ持っているので、顔を手で隠すことはできない。

「――西くん?」

「何かな?」

「顔、真っ赤だよ」

 気がついてしまった。自分が何故、東さんの好みにこんなに詳しいのか。何故、的中率が高いのか。

「どうしたの?」

「……。いや、その」

「ん? アイス溶けちゃうよ」

「東さん」

 東さんは一番上にあったキャラメルリボンに口をつけながら目だけこっちを向いた。お姉さんの判断は素晴らしかった。一番下がロッキーロードなら、そこまでは東さんの口の周りは茶色くならずに済む。

「東さんの好みがどうしてわかるのかというと」

「どうして? 知りたい」

 いや、顔をこっちに向けなくていい。アイスが倒れる危険性がある。

「僕はそれだけ君をよく見てるってことだって、今、気がついた」

 やだー、西くん! と言いながら僕の背中をバンバン小さな手で叩く。アイスが落ちないか心配になる。

「まぁ、両想いなんだし? ……わたしが西くんのことを想ってる分くらいは、西くんもわたしのこと、想っててくれないと割に合わない、と言うか……」

「僕のこと、考えることがあるの?」

「ないわけないじゃない! 頭の中は西くん、西くん、西くん、……でいっぱいじゃなかったら付き合わないって言うか……アイス溶けてきちゃった」

 まぁ、それはそうだよな、と思いながらも、自分はなんてバカなことをやっているんだろうと恥ずかしくなる。珍しく、二人とも黙る。

 沈黙の重さに耐えられなくなりそうになった時、しゃべらずにいられない東さんが口を開いた。

「西くんのアイス、ラムレーズン?」

「うん」

「少しちょうだい」

 彼女はそっと口を開けて、僕のアイスを口に含んだ。

「ラムレーズンて、大人の味だよね」

「そう? 名前のわりに甘くない?」

「西くんにはそうかもしれないけど、わたしには大人の味なの。うん、たまにはいいかもしれない」

 口の周りがピンク色に染まった東さんはにっこり笑った。

 黙ってアイスを食べる。東さんのアイスは横から溶けてきてしまって、彼女はキョドっていた。「いい?」と聞くと「うん」と不安そうに頷いて、僕が色の混ざりあった流れたアイスを舐めてしまう。これでしばらくは大丈夫だろう。

 東さんはシュンとした顔をしていた。アイスを少しでも食べられなかったのがガッカリだったんだろうか?

「ありがとう、西くん。他人の食べ途中のアイスなんて嫌じゃなかった? しかも混ざってたし」

「東さんのアイスなら問題ないよ、同じアイスを食べても」

「本気?」

「本気だよ」

 唇じゃなかったけど、キスもした仲じゃないか。ドーナツだって分け合ったのに今さらだ。結局、東さんは少しズレてても「女の子」なんだ。

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