第6話 平行線
連絡先を交換すると大抵の場合、「とりあえず」の挨拶コメントが入る。講義が終わってスマホを点検すると、南野さんから連絡が入っていた。
『久しぶりに会えてうれしかったです。今度はぜひ、どこかでゆっくりお茶でも』
しばらくその文字列を見つめる。
僕の知る限り、彼女は「元カノの友達」だ。約束をしておいて今さらだが、そんなに気軽にほいほい会うような仲ではないような気がした。
それとも、南野さんにとっては違うんだろうか? 僕が友達の彼氏だったのはもうむかしの話で、今は同じ高校から同じ大学に進学した数少ない友達のひとりに僕はカテゴライズされたのかもしれない。
よくわからなかった。
次の講義の席を取ってから、意味もなくシャープペンシルをノックし続けたら、まだ長い芯がぽとりと音もなく机に落ちた。
南野さんのことを考える。僕は彼女と違って、彼女についての情報を知らなさ過ぎた。妙の友達で頭の良さそうな子だというのは知っていた。落ち着いていて、人の話を根気よく聞くタイプだ。理系選抜にいないということは文系に進むんだな、と思っていた。
しかし僕と妙の仲が終わって、彼女は僕の世界を構成する人々の中からはみ出した。妙の友達だという一点でしか僕たちに繋がりがなかった。つまりはそういうことだ。
再会して思い出話はもう済んだ。妙の近況はもう聞いた。……あとは何を話すんだろう?
『機会があったらぜひ』
と肯定とも否定とも取れる返事を送った。これ以上、妙の話をしても無意味だ。
「えー? それどこかおかしくない?」
「……」
周りに聞こえるって。そんなことは微塵も気にしない東さんにバズられる。
なんでまた東さんと一緒にいるかって? 奇遇なことに彼女とまた空きコマが重なって、道の途中で捕獲されてしまった。そのまま、学食のカフェテリアに連行される。彼女は「今日のデザート」の杏仁豆腐を、特に何も食べたくなかった僕は給湯器から持ってきたお茶を飲んでいた。
「おかしい?」
「おかしいよ。友達の元カレにモーションかけるなんて」
「……」
今さらではあるけれど、東さんは今日も地球語をしゃべってはくれなかった。友達の元カレに「モーション」?
「どの辺がモーションになるの?」
「連絡先聞いてくる辺りから全部」
「極端だね」
そう言うと何故か彼女は猛然と怒り出して、手のつけられない暴れ馬のような様子になった。
「だって! だってね! 友達の元カレなんて偶然ばったり会っちゃったとしても、なんとなく挨拶して終わりでしょう。もちろんもう会わない。気まずいもの。西くんの場合なら『同じ大学だったんだね、偶然。じゃあね』で終わりよ。その続きは一切なし。そんなの元から西くんに興味があったとしか思えないよ」
一気にまくし立てるとお茶を飲んで、はぁーっと彼女は一息ついた。まったく北澤はなんでこんなにアクの強い彼女と付き合ってるんだ? 僕には面白いけど。
「そうか、じゃあ会おうっていうのはかなり一般的な路線から外れているんだね」
「大きく外れてるでしょう? わたしだって西くんを捕まえるのは難しいのに……」
最後の方は下を向いてごにょごにょ言っているだけで、よく聞き取れなかった。彼女には僕なんかかまってる暇がないくらい、上等な男がいるのに。
「……ねぇ、わたしたち、まだ連絡先交換してないよね?」
「え? それはダメだよ。論外だよ。北澤が傷つくよ」
「翔には言わなければいいのよ。連絡先を知ってれば、こうやって空きコマや休講があった時にすぐ、簡単に、連絡できるじゃない?」
東さんはずい、と身を乗り出し、僕の目を射抜くように見た。何かの暗示にかけられそうだ。
「言えないことが増えるのは良くないよ」
「いいこと? 言えないことがひとつ増える度に、人はひとつ大人になっていくんだわ」
変に説得力のある言葉で懐柔されそうになる。そんなわけにはいかない。僕は僕の信じる道を進むんだ。北澤に秘密を作るなんてナンセンスだ。
失礼だと思いつつ、置いておいた案件についてその場でメッセージを打つ。
『南野さん、この前の話だけどいつなら空いてるの?』
送信をポンとタップする。
「ちょっと何? 西くんがスマホ使うの初めて見た」
「だから僕の連絡先を知ってもいいことないって。何しろ滅多に見ないから」
「それとこれとは話が別。大体、フリック速かったじゃない。わたしもそこに混ぜてよ」
「どこに?」
「……西くんのお友達の中に」
さっきの話にまるで戻るかのようなことを、彼女は口にした。友達の彼女の連絡先を知ることは一般的な路線から外れていないんだろうか? 開いた口が塞がらなかった。
彼女は何か誤解している。
僕たちの間には何も無いんだ。
もしかしたら友情が育まれることはあるかもしれない。けどそれは、もっと後の話であって断じて今ではない。
知り合ったばかりだ。性急すぎる。
「東さん、悪いけど僕はまだ北澤と上手くやっていきたいんだ。東さんだってそうなんじゃないの? 僕たちは決して交わることのない二本の平行線にのってるんだよ。悪いと思うけど、連絡先を交換できる間柄じゃないよ」
僕の目をじっと食い入るように覗き込んでいた彼女は目を離すと、杏仁豆腐の最後の一口を食べてこう言った。
「……そうよね。わかってた」
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