Final chapter Tower of qliphoth ⑪

 VIPが集まっているラウンジと社長室が奉られているB塔最上階フロアに二人は辿り着く。DAEのバッテリーにまだ余裕のある夕夜が先行する。右手にはファイアボールが握られていた。その後に美月が続く。途中で遭遇した警備の傭兵から奪い取ったM4カービンライフルが構えられている。

 先行する夕夜が階段の踊り場から廊下を確認する。がすぐに警戒を解いて、廊下に身を晒した。

「どうしました?」美月が訊ねる。

「見ろ、これ」夕夜が廊下の先を顎で示す。

 美月は指し示させた先を確認すると、扉の前に傭兵だった肉片が転がっていた。見たところ二人分、輪切りにされていた。おそらくこの扉の先、ラウンジの警護についていたのだろう。

「この手口、おそらく白拍子によるものだ」

 夕夜が輪切りなっている仕立ての良いスーツの断面をまじまじと見ながら判断する。白拍子の得物、単分子ワイヤー。

「こちら〈サーベラス3〉、白拍子によるものと思われる戦闘の形跡を発見した」

『マジか! 注意しろ』

 言われなくとも、と返答しようとしたところで、夕夜の目の前に一つの影が降りてきた。

「またてめえか! あの時の……!」

 その影がナイフを振り上げる。夕夜はファイアボールの銃剣(マズルブレード)で斬撃を防御し、発砲して反撃する。

 影の正体は宇春だった。宇春、後方にバク転し銃撃を回避する。

 美月が前に出てM4カービンを向けて追撃しようとした。もう一つの影が現れたのはその時だった。

「ノンノンノン! だぁーめ! バトルだぁーめ! ステイ! 宇春ちゃんステイッ! めっ! 宇春ちゃん、めっよ!」

 白拍子が姿を現し、宇春と美月達の間に割って入る。

 両者とも攻撃の手は止めるが、敵意は緩めない。

「いやいやいや申し訳ない。やつがれの躾のなってない部下が粗相をして」

 白拍子が謝罪する。腰を折り深く頭を下げる。殺意も感じられないが、こちらが何かしら攻撃する意思を見せたらすぐに反撃に移る程度の準備は伺えた。

 夕夜と村木が白拍子と銭湯で遭遇した経緯は、美月にも説明されていた。つまりこの男も我来を殺しに来たのだ。

「我来はお前がもう殺ったのか?」夕夜が問う。

「うんにゃ。それがねー、それがしも探してみたけれどどこにも見当たらないんだ。あいつ」

「そんな……!」美月が声を上げる。

 今すぐにでも駆け出して社長室に突撃して確認したところだった。だがそれではあの能面二人に背中を晒す気にはなれなかった。

「だからぁ、ぼくちん達は今はシマダさんとやり合うつもりは無いってばぁ。上司とかから無駄な戦いは避けろって教えてもらったことない? 見た所君達も満身創痍っぽいじゃん」

 白拍子の言う通りである。夕夜は左腕の義手も無くなり、〈シンデレラアンバー〉のバッテリー残量も心許ない。白拍子の言う通り、戦闘は避けたいところだった。

「これが、お前がこの間言っていた『背中を押す』ってことか」

「まぁ当の我来を豚の餌みたくすることはかなわなかったけど、まぁこんだけのことしでかしちゃったら、それなりに大変なことになるよねー」

 白拍子は傍に落ちていた生首を蹴り上げるとリフティングし始めた。

「あ、そいつテレビで見たことある」

 ぽこぽこ蹴り上げられる生首の顔を見て、夕夜が思わず零した。

「あーこいつ? なんか自分は明治天皇の玄孫だがその次の孫だかだなんてイキってた奴だっけ?」

「そうそう。皇籍を剥奪されて追い出された身だっていうのに何言ってんだかって感じだった」

 白拍子はリフティングしていた旧皇族の生首を勢いよく蹴り飛ばす。シュートされた生首はゴールネットに見立てたホロスクリーンを激しく揺らした。

「そんじゃオレっち達もう帰るよ。くたびれ儲けの骨折り損ならもう慣れたしね」

 そう言うと白拍子は当たり前のことのように割れた窓ガラスから身を投げた。宇春も不服そうな視線で美月と夕夜を一瞥した後に彼に続いて姿を消していった。


 台風のような存在を戸惑いながら見送った後、ラウンジを後にした二人は社長室に向かっていた。廊下の終着点に社長室が存在する。護衛を務めている傭兵も輪切りにされていた。

 二人は扉を蹴破り、社長室に侵入した。

 まず目に入ったのは「夢」と筆で書かれた大きな色紙だった。

 ここは我来の脳内だ。

 顕示しているのは自分のことのみ。それも悪趣味の極みだ。それが美月と夕夜の共通見解だった。

 そうして奥の部屋に辿り着く。これまた自分の功績をびっしりと壁で埋め尽くしたその部屋

 夕夜のエゲンが椅子に座っている者が我来臓一であるとBP(バイタルパーソナリティ)から判断する。その情報を夕夜の網膜へ投影した。夕夜はその情報を美月のシステムへ送信し共有する。システムが椅子に据わっている人物を解析、我来臓一本人であると認識した。

 いるじゃねえか……と夕夜は胸の内で呟く。

 何故白拍子は嘘をついたのだろう……美月は疑問を浮かべるが、それは確かめれば済むだけの話だ。

 二人が手にした銃を椅子に向ける。

「俺が先に出る」と夕夜のハンドサイン。

「我来臓一、両手を上げてこっちを向け!」

 だが夕夜の怒声にも、その玉座の主は何ら反応を示さなかった。

「いい加減にしろ、ゴミ野郎!」

 夕夜が椅子を蹴って回転させる。

 姿を現したのは、我来に似ても似つかない別人であった。

 驚きとともに、各々の武装を構え直す二人。

 男はへらへらと気味の悪い笑みを浮かべている。目は充血し据わっていおり、焦点も合っていない。口と鼻からは体液が流され続けており、明らかに前後不覚の状態だった。

 一目見て判断できた。

「こいつは我来じゃないっ!」美月が声を上げる。

 だが、二人のDAEのシステムは目の前の男を我来臓一であると認識している。

「BP(バイタルパーソナリティ)を偽装してやがる、くそったれ!」夕夜が吐き捨てる。

「そんなことできるんですか」

「俺に訊かれてもそんな……ナノマシンか!」

「そんな無茶苦茶なこと……!」

「それくらいの芸当もやってのけるんだろうが」

 苛立たしげに夕夜は通信を開く。

「こちら〈サーベラス3〉、聞こえていたか〈HQ〉」

『こちら〈HQ〉、状況は把握した。一旦、その場で待機、余裕があればその影武者を調べてくれ』

 コールサイン〈HQ〉である久槻の指示を受け、夕夜はほとんど八つ当たり気味に椅子を蹴り倒すと、椅子に座っていた男も一緒に倒れ伏した。

「ほんとに夢心地だな、こいつ」

 頭からもんどり打ったが、それでもへらへらと不気味な笑みを浮かべてる。

 まともに動けるような状態じゃないだろう。それでも後で背中を襲われたらたまったものではない、と夕夜は釣り上げた魚をその場で捌くかのような手つきで胸と喉を刺し始末した。


 シマダ武装警備司令室。今回は久槻だけでなく、羽田と樺地も機動強襲課を見守っていた。

「〈ミストレス〉、羽田空港のセキュリティに侵入しろ。監視カメラの映像に」別室で電子戦を担当している朝海に指示を下す。

『え? トレーサビリティを追うのではなくて、ですか?』

「奴は自家用機を所持している。それにここから羽田空港までは目と鼻の先だ。まず自らの身の安全を考えるのであれば、海外逃亡が最も確実なものだろう」

『だったら出入国記録から見れば……』

「信頼の置けないデータだ。トレーサビリティと同様に改竄可能な可能性もある」

 データベースを直接操作すれば改竄可能なトレーサビリティログと比較して、監視カメラによる映像記録は改竄の手間がかかる。それはつまり情報操作作業に時間がかかるということだ。我来がニッタミ本社から羽田空港で慌てて出国手続きをするまで、そう時間は経過していない。この短時間で監視カメラの映像記録を改竄することは非常に難しい。

「響也、羽田空港の航空ダイヤに乱れがあったようだよ」

 ミクスを操作しながら羽田が告げる。中空に浮かぶブラウザ画面をスワイプして久槻とシェアした。久槻は確信を得た。ここまで来れば、ほとんど正解のようなものだ。

 朝海は目の前に広がる電子戦用VR空間に無数の監視カメラ映像のログが並べられていた。

 画像認識AIをいくつも走らせ、映像ログから我来の姿を検索させた。複数ヒットする。最後に我来の姿を確認できたのは搭乗ゲート前の映像だ。既に我来は自家用機に乗り込んだと見て良いだろう。

「羽田空港の管制に侵入できるか」久槻が問う。

『もうやってまーす。予定に無い旅客機の離陸情報を掴めばいいんですよね? ビンゴっぽいのがありましたよ。機種はCJ2+。どうします? 管制をクラックして離陸の順番を来ないようにさせますか?』

「奴のことだ。どうせ口頭で無理矢理割り込んでくることだろう」

「しかし場所はわかったところでどうする。影山達が空港に到着するまでに間に合うか?」

 樺地が疑問を呈する。

「三係と四係を向かわせる。〈カラード〉、状況はどうなっている」

 久槻が守口に問う。

「〈ガルムチーム〉、〈バーゲストチーム〉追跡可能です」

「よし、すぐに向かわせろ」

 しかしそれでも間に合うかどうか疑問であった。その場にいる全員がその疑問を共有していた。

「一応、僕も国交省から口出しできないか脅して(訊いて)みるよ」と羽田。

「羽田空港そのものをダウンさせて、どうにか時間稼ぎできないか?」

 樺地が提案する。

『そんなことすれば、離着陸してる旅客機が全部落っこちちゃいますよ。テロそのものですよ。企業間での戦闘とは分けが違います』

「確かにそこまでのレベルとなると、如何に僕らシマダ武装警備であっても言い逃れすることはできないねえ。国際問題にも発展しかねない。さすがの僕でも、偽装工作(シナリオ)を用意できない」

 朝海の解答に羽田が付け加える。

『もっと確実な手段があります』

 通信が割り込んできた。美月の声だった。


 久槻達のやり取りを通信で聞いていた美月は屋上へと弾けるように駆け出していた。「おい待て!」と夕夜も後を追う。

 ニッタミ本社B棟屋上ヘリポート。そこからは羽田空港の滑走路を見下ろすこと出来た。

 航空機の機種はCJ2+の改良型。プライベートジェットとしてはありふれたものだ。戦闘機の類ではない。やれる。

「お前何言ってんだ。リミッター解除して頭イカれたか」

 後から追いかけてきた夕夜は呆れと驚きを露わにした顔と言葉を美月に向ける。如何に美月が狙撃の名手であっても、数キロメートルの距離を海風が吹きすさぶ中、動いている旅客機の中の我来をピンポイントで狙撃することなど不可能だ。旅客機の中で我来がどの位置に存在しているのかも不明だ。

 だがそこで美月の後ろ姿を見ていた夕夜の目にあるものが止まる。腰部背面にハードポイントで保持されている変わった形状のライフル。いや、それはライフルではない。

「ここからレールガンで狙撃します……!」

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