Chapter 2 Ignite ⑩
フリーランスのコンバットコントラクターの姉妹、その片割れ。業界内においては独自にカスタムされ、派手なパーソナルカラーで塗装された〈モビーディック〉を駆る腕利きであるとよく知られており、村木達も何度か交戦したことがあった。姉が紫で、妹は黄色だ。センスの欠片も感じられないと辛島は鼻白む。
だが基本的に千原姉妹はどのような任務であっても、ずっと二人だけで活動していた。それがなぜ、片方だけが別の部隊と共に行動しているのか。村木は浮かんだその疑問をすぐに引っ込め、目の前の脅威に対応する。
「〈サーベラス1〉から〈3〉と〈4〉へ! お前達は千原姉の相手をしろ! 俺と辛島は残りを片付ける」
千原姉は掛け値無しの手練だが、奴ばかりに構うわけにもいかない。
「相手をするだけでいい。残りの雑魚を片付けたら俺達もそっちに向かう」
「その前にぶっ倒しても構わないですかね」
夕夜の軽口に村木は鼻を鳴らす。
「言うようになったな。やれるものならやってみろ」
村木の返事と同時に夕夜が突進する。ファイアボールに備えられたマズルブレードで千原姉をを斬りつける。千原姉はそれをブレンガンの銃身で防御。ブレンガンを躊躇無く捨て、腰側部に保持していたバトルアクスで反撃する。夕夜、振り下ろされた刃を両のマズルブレードで受ける。三つの刃がぎりぎりと鍔迫り合い、火花が散る。
「お前さんの雇い主はもう死んだぞ。俺たちを追っても仕方ないだろ。それともアレか。顔が悪けりゃそんなこともわからないほど頭も悪いのか?」
「再就職活動だよ、糞ガキ。シマダの連中にダメージを与えたとなれば履歴書にも泊がつく。ましては第二世代型を着込んだお前らを倒せば、オファーも殺到する」
「はあ? どこのアホが死体にオファーを出すんだよ。顔が悪けりゃお味噌もお粗末か?」
夕夜と〈紫のモビーディック〉を駆る千原姉が銃火と棘のある言葉を交える。
黙れと言う代わりに〈紫のモビーディック〉が右腕を伸ばす。左腕のそれよりも太く膨らんでいる下腕部、その装甲がスライドし、その穴から銃口が現れた。〈モビーディック〉に標準装備されている内蔵型重機関銃(ヘヴィマシンガン)が唸りを上げた。
内蔵型ゆえに取り回しやすいが、威力は七四式には劣る。だがそれでも装甲よりも機動力を重視する第二世代型からすれば無視できる威力ではない。命中さえすればの話だが。
その〈黒瞥〉は後方へと飛び退ると、流れ弾が後方の美月達へと向かわない方向へと回避行動をとる。〈紫のモビーディック〉のマシンガンも猫のように跳ね回る〈黒瞥〉を追うように火線を振り回す。
「顔が良い男に弾が当たるかよ」
「自分で言うか、そういうことは!」
軽口を叩くがさしもの夕夜であっても、厚い弾幕の前には回避行動に専念するしか無かった。掠めれば纏う装甲ごと自身を引きちぎる火線を紙一重で躱していく。
お返しとばかりに両の手に持つファイアボールで撃ち返す。だが〈モビーディック〉の装甲の前では50口径のマグナム弾も石つぶて程度でしかない。無論、夕夜とて端から当てにしていない。あくまで牽制である。
数発撃ち込むと同時に、再度〈紫のモビーディック〉へ突進する。弾丸の如く跳びがかった〈黒瞥〉は空中で身を翻すと蹴りを突き出した。ヒール部分から杭(パイル)が突出した。
〈紫のモビーディック〉はわずかにファイアボールの銃撃に意識を割いていた。回避は間に合わないと瞬時に判断。両腕を前に出し防御態勢を取る。
〈黒瞥〉の飛び蹴りが〈紫のモビーディック〉に突き刺さる。突きつけたパイルが〈モビーディック〉右腕部の内蔵型マシンガンを潰す。
「浜村には個人的には俺も相当腹に据えかねてたんでね」
「生憎、あたし達の雇い主は浜村じゃないよ」
「あ? おいどういうことだ」
「訊かれて素直に答える奴がどこにいるか!」
「だったらくたばりやがれ!」
圧倒的な機動力と俊敏性。それが第二世代型が対DAE戦を設計思想の根幹としている要素だ。多少の防御力を犠牲にしててでも得られたそのアジリティは肉厚の第一世代型に対し一瞬で肉薄し、致命の一撃を叩き込むことができる。
〈紫のモビーディック〉の反撃。バトルアクスを水平に振るう。DAEのパワーアシストによる一撃は〈黒瞥〉の装甲と人工筋肉を砕き、中の装着者にまで到達する程の威力を誇る。無論、当たればの話だが。
夕夜は水平に振られた斬撃を、上半身を反らせて回避する。その勢いのまま両の足を蹴り上げる。サマーソルトキック。〈黒瞥〉の蹴り上げが〈紫のモビーディック〉の顎を打つ。
「そろそろくたばれ。お前ら姉妹の汚え面を見るのもうんざりだ」
そう言って中指を立てながら倒れ込む夕夜。
顎を蹴り飛ばされ、一瞬ひるむ千原姉。いくら第二世代型での運動能力と言えど〈モビーディック〉の装甲の前に肉弾戦でまともにダメージが通るわけがない。ましてや宙に浮いている黒瞥は無防備の状態だ。ひっつかんでバトルアクスでそのいけすかない顔を潰してやる。
寸前まで〈黒瞥〉が存在した空間の向こう側に対物ライフルの銃口が睨んでいること気付く。気付くのが遅すぎた。〈シンデレラアンバー〉がXM109ペイロードを両手で構えていた。
「しまっ」
た、と最後まで零すことができなかった。対物ライフルの叫喚と共に吐き出されたNATO弾は〈モビーディック〉の分厚い胸部正面装甲をぶち抜き、千原姉の肺と心臓を蹂躙し寸分も寄り道することなく貫通、大穴を開通させた。その衝撃に引っ張られるように吹き飛ばされ路面を転がり回った。後方の車両にぶつかり停止すると、力なく大の字に寝転がり胸の大穴を天に向けていた。
仰向けに倒れていた夕夜がサムズアップした手を掲げてみせる。美月も同じくサムズアップで返した。
「こちら〈サーベラス2〉、こっちの担当もお掃除完了」
辛島からの通信。バレット・M107CQの銃声とともに最後の一体の〈モビーディック〉の頭部が砕ける。
「おう、だったらちょっとこっちを手伝ってくれ……!」
村木の呻くような声が通信に乗る。粗方の敵は倒したようだったが、残りの一機の干戈を交えていた。グルカナイフとバトルアクスの刃がぶつかり合う。一見すると村木が押しているようであったが。敵〈モビーディック〉は〈ティーガーシュベルト〉のグルカナイフによる斬撃を的確に捌いていた。
もう一人手練がいたか。マスクの内側で村木は苦悶を浮かべる。他の三人も村木と対峙している〈モビーディック〉の動きに面食らう。
他の有象無象とは一線を画する程に圧倒的に挙動が機敏だった。まるで〈モビーディック〉が装着者の激しい動作についていけてないように見える程に。
辛島と美月が援護射撃を開始。だが敵〈モビーディック〉が村木を盾にするように立ち位置を変えてみせた。すぐに射撃を止める二人。ならば、と夕夜が突撃する。両のファイアボールで牽制射撃をしながら敵の懐に飛び込む。
敵〈モビーディック〉は急速接近してくる〈黒瞥〉の姿を確認すると、鍔迫り合いをしていた〈ティーガーシュベルト〉に体当たりをしかけ転倒させる。その隙に〈黒瞥〉を迎撃。ファイアボールによる銃撃を碗部の装甲に任せて払い除け、マズルブレードによる斬撃をバトルアクスで防御。
夕夜、ハイキックを敵〈モビーディック〉の頭部に突き刺す。クリーンヒット。出来た猶予で両のファイアボールを脇腹のホルスターに収め、背部キャリーアームに保持しているショットガン・イズマッシュサイガ15を構え、連射。至近距離の散弾の瀑布に〈モビーディック〉も思わず後ずさりした。
立ち上がった村木が追撃を仕掛ける。M107CQを敵〈モビーディック〉に向けた。
だが村木がトリガーを引く前に、〈モビーディック〉の後ろ回し蹴りが土手っ腹に突き刺さった。その勢いを利用してバトルアクスを振るい、至近距離でショットガンを連射していた〈黒瞥〉を追い払う。
射線が開いた。この好機を逃す美月では無かった。〈シンデレラアンバー〉のシステムも射線クリアの判断を下す。XM109ペイロードの咆哮。NATO弾が敵〈モビーディック〉の頭部目掛けて飛び出していく。
だが敵〈モビーディック〉はまたもや平然と回避してみせた。
「えっとぉ、確か君がやっていたのは……こんな感じ?」
声。〈モビーディック〉の装着者のものだ。この程度、余裕といった具合の声音。
またもや回避の勢いを利用してのバトルアクスによる斬撃。夕夜、回避するもわずかに反応が遅れる。刃が装甲を掠めた。軽微のダメージアラート。
ショットガンを手にしたまま夕夜は後ろに飛び退り距離をとる。脂汗が滲む。今すぐマスクを脱いででも拭い去りたい嫌な汗。「なんだよこいつ……!」とマスクの内側で零す。
「いやいや、それ冗談きっついでしょ」
言いながら辛島が銃撃。狙いは正確だが当てるつもりは無い。敵がどのような動きで回避するか確かめるためのものだ。
無論、敵〈モビーディック〉も当たり前のことのように回避。「当てる気あんの〜?」と肩をすくめてみせた。
敵の回避行動に四人は息を呑む。その動きに見覚えがあった。
夕夜の近接格闘攻勢防御銃術。粗こそあるが、回避行動を反撃に繋げる挙動はそのままであった。
「あぁ、びっくりした? 見よう見まねなんだけど中々難しいもんだねぇ」
敵〈モビーディック〉の声。男の声だった。場違いなほどのフランクさに四人、そして後方での警戒と援護にあたっている〈フェンリルチーム〉も敵〈モビーディック〉に銃口を向ける。
「これね〈モビーディック〉って言ったっけ? 依頼主からの命令で着てきたのはいいんだけどさ、どうにも野暮ったいんだよねえ。動きにくいし」
そう言って敵〈モビーディック〉は首元にあるイジェクトボタンを押す。至る箇所にあるボルトが炸裂され装甲が外される。DAEに搭載された緊急時の脱出シークェンスによる撤退支援用のスモークが吹き出た。煙の中から〈モビーディック〉の装着者が跳躍しその姿を現す。
スーツ姿の男が空中で身を翻し、宙返りをする。
「なんだと!?」
辛島が驚嘆の声を上げる。その姿には見覚えがあった。
「なんだチミはってか!?」
スーツの男が片膝と拳を突き立てて着地する。
そして男が顔を上げた。その相貌は白い能面に覆われていた。
能面が〈サーベラスチーム〉へ向いた。何ら感情の覗えない二つの虚からの視線が四人に突き刺さる。
「そうですっ! わたすがっ!! 変なおじさんでっすっ!!!」
村木の表情がひきつり、辛島が声を張り上げる。
「こいつ、『白拍子』か!」
「嬉しいなあ。シマダさんのようなエリートの方々にオレっちみたいな零細フリーランスのことを知ってもらえているなんて」
美月と夕夜にも緊張が奔る。二人はあの能面の男を見るのは初めてであったが、話はかねがね聞いていた。羽田すらも「任務中に姿を見たら強く警戒しなさい。例え相手が生身でこちらでDAEを装着していてもだ」といつもの胡散臭い笑顔ではなく、大真面目に強い語気で注意するほどだ。
美月が先制攻撃をしかける。バレットを白拍子の能面に向けトリガーを絞る。
だが音速を超えたNATO弾を白拍子は最低限の動作だけで回避してみせた。
「若さが溢れてるねえ。狙いが素直すぎるよ」
白拍子が両腕を掲げ、そして振り下ろす。ぎゅおん、と重苦しく空を切り裂く音とともに足元のアスファルトが砕けた。そして能面の双眸が遠くへ視線を移したことが美月には見て取れた。
生身である〈フェンリルチーム〉の四人は美月のさらに後方に下がって援護射撃を行っている。その中で葵はトレーラーのカーゴの上に陣取ってマグプルマサダ・アサルトライフルを構えていた。
葵はアイアンサイト越しに能面と目があった。
「やばっ……!」
白拍子が地を蹴る。人間の身体能力では到底考えられないような速度での疾駆。そして弾丸の如き跳躍。能面が美月の頭上を飛び去っていく。
接近する能面に対し〈フェンリルチーム〉の火線が集中する。だが殺到するライフル弾を全て両の五指から伸びるワイヤーが弾き飛ばしていった。
狙いは彼らか……!
美月も追う。
能面と目が合ったような気がした。ぞくりと形容し難い悪寒が美月を襲う。
「ざぁんねんでしたぁ……!」
後方の〈フェンリルチーム〉を襲おうとしたのはフェイントだった。白拍子は宙返りして、カーゴの壁面を蹴ると美月へ目掛け反転、突撃する。
〈シンデレラアンバー〉のシステムがアラートを発すると同時に既に能面が美月の顔面に迫っていた。美月が反応した時には遅かった。
白拍子が右腕を振るう。肌が泡立つような空気を裂く音を立てながら、ワイヤーが美月に襲いかかる。
どうにかダメージを最小限に抑えようと、身を捻り白拍子と正面に向き合うと両腕を前に構えて防御する。
直後、五回連続の衝撃。ワイヤーがが〈シンデレラアンバー〉の右腕装甲をいたぶり、美月を張り倒した。
「美月ちゃん!」葵が叫ぶ。
白拍子の五指からは〈シンデレラアンバー〉のセンサーを用いてようやく視認できる程の鋼線が伸びていた。
白拍子の得物がどういうものかは把握していた。だが頭で理解することと実物を見るのでは全く違う。銃とも剣とも違う、面制圧可能な武装に美月は対処を戸惑った。
美月はどうにか受け身を取り立ち上がる。だがすぐに白拍子が左腕、そしてもう一度右腕を振るい追撃する。
「ぐうっ!」
ワイヤーが〈シンデレラアンバー〉の白銀の装甲に嬲り回す。見た目は細い鋼線ではあるが、暴風の如き衝撃が四方から美月を襲い、アスファルトの地面に叩きつけた。
装甲内部の特殊人工筋肉が衝撃を緩和するが、それでも肺の中身を強引に吐き出され咳き込む。
痛みを感じている暇など無い。すぐさま立ち上がろうとするが今度は視界の異常によろめき、再び伏せる。視界の左半分の網膜投影表示がノイズまみれとなっていた。左手で顔面を触り確かめる、フェイスマスクの左側半分が破壊され自分の顔面の左側が露出していた。システムが間髪入れず網膜投影表示を修正する。
「ところで全然話が変わるんだけどさあ、『尊和(ぞんな)』って元号ってたまに『ゾンビ』って聞こえないィィ? なぁ〜? 歴史の先生よォォォォ! あんたらを殺っす前に訊くけどよォォおほほほほほほ!!」
未だ倒れ伏したままの美月に向けて、白拍子が狙いを定める。アスファルトを削りながらワイヤーが美月に再び襲いかかる。だが横から夕夜が割り込む。手にしている二挺のハンドガン・ファイアボールのマズルブレードで弾き返した。
「おっほ。やるやる。第弐位相に浮かび上がるマザーK」
「何わけわかんないこと言ってやがる!」
ワイヤーの暴風をマズルブレードでいなしながら、そして掻い潜りながら、夕夜が白拍子に接近する。
夕夜がマズルブレードで斬りつける。だが白拍子がワイヤーを仕込んでいるであろうガントレットで刃を防いだ。だがファイアボールの銃口は能面に向けられていた。夕夜がそのまま発砲するが、白拍子は首を寝かせて銃弾を回避。
「接近戦は苦手なんだよなぁ」と言いながら、夕夜を蹴り飛ばす。DAEの重量を物ともしない、生身の人間では考えられないほどの膂力だった。距離を取られた夕夜はすかさず二挺のファイアボールで銃撃する。だがこれも、ワイヤーによる防壁で防がれた。
「下がれ、影山!」
銃撃を続けながら夕夜が叫ぶ。
「立って! くたばるにはまだ早いよ!」
美月の元に辛島が駆け寄り、彼女を引き起こす。二人の後退を援護する村木の視界に更にアラートが重なったのはその時だった。
「今度はなんだ!」
苛立たしげに吐き捨てながら、アラートの方角に首を向ける。
「……マジかよ」
そこには〈紫のモビーディック〉が幽鬼のように立ち上がっていた。胸部にバレットで穿たれた大穴を曝しながら。
〈紫のモビーディック〉が痙攣しながらもM2重機関銃を向けてきた。
「くそっ、やらせるか!」
村木、〈紫のモビーディック〉の元へ突進、激突してどうにか銃撃は阻止する。だが振り払われ、距離を離された。M2の銃口が村木を睨む。
「そうだ、俺が相手になってやる。〈サーベラス1〉より各位、あの死に損ないは俺が相手する!」
「〈フェンリル1〉、〈サーベラス1〉の援護に入る。千葉、お前もだ。ついてこい!」
「了解!」
白拍子に銃撃を続けながら村木が後退。ゆらゆらとゾンビのように接近してくる〈紫のモビーディック〉への応戦に向かった。三条と千葉もそれに続いた。
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