第13話 舞花、ふたたび咲く

 舞花は、僕のベッドでぐっすり眠っていた。

 今は午前8時。早朝から僕の部屋に来て、あの奇跡の後、記憶を取り戻せたか、それが確かかどうか、三人で舞花を囲む形になり、つい、質問攻めにしてしまっていた。

 疲れたのか頭が痛いと言い出し、我々もようやく我に帰って、ひとまず寝かせることにした。

 僕は彼女の手を握りベッドサイドにいたが、すぐに寝息を立てたのでリビングに戻った。これからのことを三人で話し合わなければならない。


「海斗くん」

 口を開いたのは舞花の(賢太郎のでもあるが)父親だった。名前で呼ばれたのは初めてだ。

「私は君に謝らなければならない」

 賢太郎が(ほらね)と僕に目配せをした。

「以前、私は自分のエゴで、君に舞花と別れてくれ、と言った。娘はまだ未熟で、私が守ってやらねばならないと思っていた。娘は親には従順な娘だから、最終的には必ず私の言う通りにするだろう。

 しかし、私は何も分かっていなかった。娘は他に抵抗の手段がなく、命を懸けてまで私に抗議した。君のことがこんなに好きなんだとね」

「はい」

「以前の私なら、家柄はともかくとして、才谷のような男が娘に相応しいと思ったかも知れない。実際に彼も娘にぞっこんだった。私にも近づいて来たよ。でも見えてしまった。彼にとっては、伴侶は出世のための道具であり、娘は欲しくてたまらない宝物の一つでしかない。自分が相手を愛して、努力して幸せにするのではなく、自分といることがすなわち、相手の幸せだと思い込んでいる男だ」

「その通りだと思います」

「娘を通して、私は君を再評価していた。娘はすでに庇護すべき子供ではない、頭のいい、自分の価値観を確立した一人前の女性だと分かったからだ。ところが、そこに来て今回の事件だ。犯人が、その首の怪我の入院がもとで君と情を通じた看護師だと知って、また逆上せざるを得なかった」

「すみません。あの事件を招いてしまったことは、死にたいくらい後悔しています」

「でもあの絵を観て、全て理解した。理解せざるを得なかった。君が命を懸けて娘を愛していることを。君を許し、協力することが娘のためだと分かったんだ」

「ありがとうございます。感激です。僕もあの絵をお父さんに見て欲しいと願っていました。何故なら、あの絵の舞花は、僕というフィルターを通して見た舞花なんです。つまり、舞花の形を借りて、僕の愛を描いたものなんです」

「近頃の若者は、そういうことをてらいもなく言ってしまえるんだな」そう言って少し苦笑した。

「だが、そうなんだろう、私もそう思ったよ。あの絵には、観る者の心揺さぶる、容赦なく観る者を感動させる何かがある。素晴らしい絵だ」

「謙遜すべきなんでしょうが。同感です。僕は神様が、僕を選んで描かせてくれたんだと思っています」

「それに、またこの、姉思いだけが取り柄の不肖の息子が、君と連絡を取り合っていることも知った。こいつは人を見る眼はあるからね、ぜひ協力してあげればいい…いや違うな、ぜひ協力してあげてくれと初めて息子に頭を下げた。君達二人がいて、どうにか舞花は記憶を取り戻せた。私には何もできなかった。本当にありがとう。賢太郎もな」

 二人の父親、三崎奏太郎は僕に頭を下げ、傍らの賢太郎の肩を叩いた。思ったより、白髪が多いな、と思った。最初に会った時とは印象が違う。余分なものを取り去ると、舞花と賢太郎を育てた父親そのものが残った感じだった。


「ところで」賢太郎が口を開いた。

「このまま『めでたしめでたし』には、ならないと思うんだ」

「そうだね。課題を整理しないと」

「それじゃ、まず僕の認識だけど」賢太郎が口火を切った。

「まずは、才谷だね。姉貴の記憶が戻ったと知ると、さらに焦って兄貴を攻撃してくる可能性がある。それと、姉貴の店長復帰について、兄貴と別れることか、自分との交際を交換条件にしてくるんじゃないかな」

「うん、その可能性は高い。舞花が記憶を取り戻したことを才谷は知らない。アドバンテージはこちらにある。でも、知られるのは時間の問題だろう。大事なのは舞花の気持ちだ。予定通り『サジタリアス』の店長をやりたいと思うのか、才谷との関係を断ち切りたいと思うのか」僕は続けた。「舞花は仕事のこともいざとなったら捨てられる、プレオープンイベントの直前、そう言っていた。まあ、いずれにせよ、本人の考えで決まる。舞花の幸せがどこにあって、我々としてはそれをどうサポートできるかだね」

「才谷はどうするんだ」父親の奏太郎が言った。「奴は、君のことを排除し、悪評を立てて葬り去ろうとしている」

「別に、どうもしません。例えば、名誉毀損で訴えるとして、それは想定されている奴の土俵です。さらに叩く口実を与えるでしょう。その愚は避けたいです。だから、大人しくしていますよ」

「君の名誉は、どうなる。それでいいのか」

「舞花本人が、才谷の最大の泣き所です。彼女の心がこちらにある限り、負けることはあり得ません。僕の名誉は、どうでもいいです。会社には迷惑をかけ、辞めることにもなるでしょうが、僕のような脇役は世間からすぐに忘れられるでしょう」

「舞花さえいればそれだけでいい、だよね」賢太郎が先回りした。

「幸せだね、姉貴は」

「いや、一番の幸せ者は、僕だ。こんな取り柄のない男が、舞花のような女性と出会えて、愛し合うことができた。人生の中でこれ以上のことはない」僕は自分に言い聞かせていた。

「だから、これからは守る。もう失敗はしない。命を懸けて守る」


「しかし」奏太郎が言った。「すぐに君と娘が一緒に暮らすのは無理がある。君たちは有名人だからね。世間の目が許さない。またそれを才谷が妬心から利用しようとするだろう。奴には世間に影響を及ぼす力とコネクションがある。君たちは追われるような生活になるだろう。経済的なこともある。普通の幸せはすぐには望めないぞ」

 確かに、二人でいられさえすれば、と思っていたが、現実は奏太郎の言う通りだと思った。

「舞花と話してからだが、私にも使える人脈はある。私の考えでは、これから二年、君たちは離れるべきだ。その時間が、その後の君たちの幸せへの助走期間となる。離れても、私は二度と君たちの邪魔はしない。あらゆる支援はする。海斗くん、どうだろうか」

「そうですね、ありがとうございます。考えてみます」

 賢太郎が言うように、「舞花さえいればそれだけでいい」そう思っていたが、確かに奏太郎の言う通り、舞花が、すなわち僕と舞花の二人が、幸せになれるための環境を整備しなくてはならない、と思った。

 それにしても二年か、長い。


 舞花は昼前に目覚めて、改めて喜びを分かち合った。寿司の出前を取り、四人で食事をした。とても楽しい食事だった。特に奏太郎が幸せそうだった。父親は娘のことになると、特にこんなに出来のいい娘なら、ずっと離れたくはないだろう。その気持ちは娘がいなくても分かる。

 もしかして娘を譲り渡すのに二年の猶予が欲しい、そう考えているのかと疑ってしまったが、まあそれはいい。


 今後について、意見を出し合った結果、舞花が選んだのは次の対応だった、

『サジタリアス』には、一旦復帰する。

 理由としては、才谷個人だけではなく、『サジタリアス』『アリエス』両方の店のメンバー、会社の同僚、スポンサー、何より期待してくれているお客様、それらの直接、間接にお世話になっているステークホルダーに対して、責任がある、というのが舞花の意見だった。それはその通りだ。

 但し、復帰に関して才谷には条件は一切付けさせない。何故なら、舞花の店長復帰を最も望んでいるのが才谷であり、最も戻ってもらわないと困るのもやはり才谷だからだ。

 僕とのことは、やはり別れたことにすべきだろう。世間の関心をかわすためにも、才谷を刺激しないためにも。

 戻って店を軌道に乗せたうえで、半年、長くても一年で辞める。もはや、才谷と長くいることは良くない。彼と決別し、自分自身の歩みで夢を実現する。


 これが最も勇気のいる決断だったが、奏太郎の提案通り、僕と舞花は二年間、会わない。二年後再会し、二人で新しい生活を始める。僕は新しい仕事を探し、新生活の基盤を作る。


 思えば、去年夏に二人きりになった同窓会で会って以来、運命が怒涛のように押し寄せる、密度の濃い、波乱万丈の日々を過ごして来た。

 舞花とつき合うようになった海へのドライブ、僕の部屋での半同棲、舞花の誕生日の夜、奏太郎の妨害と舞花の引きこもり、僕の誕生日の不思議な出来事、賢太郎の活躍による舞花の生還、花見ドライブと事故、舞花の肖像画の制作、コンシェルジュとしての舞花のブレイク、僕の入院と手術、川島夏希とのこと、花火大会の夜、『サジタリアス』プレオープンイベントでの対決と事件、舞花の記憶喪失、そして記憶を取り戻した今日のこと。

 一年と数ヶ月の間に、十年分の浮き沈みを経験した気がする。これからの長い二人の人生のために、一旦あるべき日常を取り戻す必要がある。連続する大波を断ち切る。そして、世間とマスコミに忘れ去られるのを待つ。そのためには一度、二人は離れる必要がある。

 それに舞花も同意し、父親と弟も頷いた。

「舞花」父親の奏太郎が言った。

「これだけつらい目をしてきたんだ。海斗くんと一緒にいたいという感情を優先させてもいいんだぞ。体調を理由に店も全て捨てて、海斗くんとどこかで人知れず暮らす選択肢もある。お父さんはそれでもいいと思ってる。いいのか?」

 魅力的過ぎる。僕がグラグラ来そうな提案だ。

「ありがとう、お父さん。でも、私も海くんもまだ若いわ。こんなことで未来の可能性を閉ざしたくないの。ねえ、海くん」舞花がウィンクした。得意のウィンク、久し振りだ。僕は微笑みで返した。

「私、『サジタリアス』辞めたら、才谷の影響の及ばないどこか地方都市で接客や店舗経営の修行をするわ。海くんと暮らせる時まで」舞花の眼が少し遠くを見ていた。いつのまにか、そこにいるのはあの『凛と立つ白百合』だった。


 その後、奏太郎と賢太郎は帰って行った。舞花は父親公認で、翌朝まで部屋にいた。

 僕らは思う存分、語らい、ふざけ合い、愛し合った。これまでのこと、これからのことを全て忘れて、そこには今だけがあった。

(何故、普通のカップルのように一緒にいることができないんだろう)

 将来のためと頭では理解している。でも感情が、もっと言えば魂が、寄り添っていたいと叫んでいる。

 舞花、僕だけの舞花。

 お互い、やり場のない哀しみを抱きながら、最後であるかのように、お互いを慈しみ合った。


 数日して、舞花は才谷に会った。舞花の元気な姿を見て、才谷は大喜びだったという。

「それでいつ、『サジタリアス』に復帰できるんだ。開店はしたが、店長の椅子は君のために空けていたんだぞ」

「はい、でも私、実は迷っています」

「何をだ」

「復帰すべきかどうかです。理由はオーナーのマスコミに対しての言動です。あの、鈴木さんのこと、ちょっとした嘘や誇張も含めて、明らかに悪意のある発言をされていますよね」

「…」

「あの人は、これまで私が大切にしていた人です。そんな人に対しての一連の発言は、率直に申し上げて気分が悪く、オーナーの品位を疑いました。この人について行っていいのかと、正直疑念が生まれました」

「待て…あの男とはまだ繋がっているのか」

「それはプライベートの話で、私の自由ですが、さすがにありません。あれだけのことがありましたので」

「そうか、私は君のことがあって、あの男が憎かったんだ。それでつい、意地の悪い発言をしてしまった。今後はそんなことはしない、約束する」

「マスコミに求められれば」

 舞花が被せる。

「私、復帰会見をします。その機会に鈴木さんの名誉を回復するつもりです。オーナーも謝罪してくれますね」

「なんだと?謝罪って、私の名誉はどうなる」

「いくらでも取り戻せます、オーナーなら」

 容赦なく突き放す。

「それから、栗原店長代理ですが、以前から私、個人的に彼女の相談に乗っているんです。入院中も連絡をもらっていて、昨日ようやく話せたんですが、彼女も困っていましたよ」

「何のことだ?私は君の代理として、栗原にもチャンスを与えているつもりだ」

「オーナーに交際を迫られて困っている、と相談されました」

「…」

「オーナーは、本当は私ではなくて、栗原さんが好きだそうですね。でも、彼女にも恋人がいます。立場を利用しての公私混同はそろそろお止めください」

「君には敵わない。益々手放したくないよ。君の望む通りにしよう。復帰は来月からでいいか」

「はい、十一月頭からでお願いします。この後、店のメンバーにも挨拶して帰ります。改めて、よろしくお願いします」

「ああ、君の忠告は受け止めるよ。こんなこと、面と向かって私に言えるのは君くらいだからな」

「ありがとうございます」


「ワッハッハッ!!」

 僕は部屋で、思わず手を叩いて快哉を叫んだ。

 舞花が僕に送ってきた音声データはそこで終わっていた。さすが、舞花の完全勝利だ。いざとなれば、この録音は武器として使える。才谷のためにも、舞花が店長でいる間はそんな事態にならないことを願う。

 しばらくして、今度は涙が溢れてきた。ありがとう、本当にありがとう。舞花。


 僕は、結局会社を辞めた。正式に社長に挨拶し、同僚に謝罪した。社長は、そのうちに戻って来い、と言ってはくれたが、あまりにも迷惑をかけ過ぎて、どの面下げて、という気持ちだ。

 二週間で残務を片付け、引継ぎを済ませた。会社都合という形にしてもらえたので、しばらくは失業保険の給付を受けながら、ハローワークに通うことになる。


 十一月に入り、舞花の復帰会見があった。僕は観ていなかったが、賢太郎から興奮気味に電話がかかって来た。

「えっ、兄貴観てなかったの。姉貴が復帰の挨拶の後に改めて兄貴が事件に無関係だったことを説明し、その後、才谷が事実誤認があったと認め、兄貴にはっきりと謝罪したんだよ。何があったんだろう、すごいね」

「それはすごい、さすが舞花だ。彼女が復帰を賭けて才谷と交渉したんだよ」

 しかし、僕の犯した罪がそれで帳消しになるわけではない。また舞花には大きな借りを作った。これから一生を掛けて返していかなければならないと思った。


『サジタリアス』は大盛況らしい。世間の耳目を集めて開店し、また舞花が1ヶ月後に復帰することで、二段ロケットのように人気が爆発し、もはや年内は予約で一杯、というような店になってしまった。素行に問題を残す才谷も、結果的には笑いが止まらない状況だろう。今は早速、次の『レオ』というスペインバルの来春の開店のために奔走しているらしい。獅子座も火の星座で牡羊座と相性はいいが、今度は誰の星座なんだろうか。栗原店長代理かな。


 会えない舞花。しかし、記憶の力、イメージの力で、僕は再び、舞花の肖像画に取り掛かっていた。ヌードではない。それは二年後に本人の協力のもと、描こうと大事に取っておく。

 今回描くのは、あの花火の夜の舞花だ。十代と見紛う、可憐な浴衣姿の舞花ちゃんだ。

 描くうち、僕はまた舞花に恋に落ちる。何度でも、何度でも切ない情熱がほとばしる。どうにもたまらない。絵を描くことは生気を削り取り、絵に封じ込める行為で、おそらく寿命が縮んでいるとすら思った。

 そして、恋しい舞花が描き上がった。

 これを、舞花の誕生日に贈る。どうしても手元に置いておきたい、とすら思う絵だったが、二年経てば、モデルとともにこの絵と暮らすことになるだろう。僕はまだ、それを疑ってはいなかった。


 会った訳ではないが、声だけでも十分わかる、舞花の喜び方は予期していなかっただけにまさに狂喜乱舞、といった有様だった。

 僕は幸せだった。誰かを喜ばせることが、これほどの何事にも変えがたい幸福だとは。これも舞花が僕に教えてくれたことだ。


「海くんの誕生日どうしよう。絵につり合うプレゼントなんて、あり得ないわ。困ったよ-」

 そんなメッセージが来た。

「リクエストを出していいなら」

「出して出して」

「どうにかして、『サジタリアス』で食事がしたい。舞花のいる、あの店で舞花の接客を受けたい」

 さすがに無理難題か。しばらくレスが止まった。そして、

「変装して来れる?」と来た。

「もちろん、別人になって行く」

「じゃあ、店長権限で席はなんとかする。分からないように、ディナーをご馳走するわ」

 何となく、また舞花のお転婆な好奇心が疼くのが見えた。一度きりの冒険だ。


 僕は変装について、本気で悩んでいた。結果、長めの黒髪をオールバックにポマードで固めて、丸眼鏡に口髭、クラッシックな厚手のツイードジャケットにコーデュロイパンツ、という出で立ちになった。これで大丈夫だろう。普段の僕とはまったくイメージが違うはずだ。


 当日、店の入口で迎えてくれた舞花は、僕を見た瞬間に噴き出した。おいおい、曲がりなりにも客に対して、何たる態度。おもてなしはどうした、店長。

 気を取り直して、「山本様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 もちろん、変名で予約している。しかし、何となく店のスタッフも今日出勤のスタッフは、事情を含んでいるのは明らかだった。

 本当に満員だったらしく、なんと、通されたのは地下のオーナー室だった。テーブルも替え、VIP用個室に仕立ててある。いよいよ店中で結託しているのは明らかだ。よくもまあ、オーナーに無断でこんな大胆なことを。

「山本様、こちらのお席になります」

 その後、口許に手を当てまた噴き出した。

「まったく、何時代の人なの」もう一度舞花は腹を抱えた。

「そのスタイルだと、帽子とステッキもあった方が良かったかも。命名するなら『大正デモクラシー』って感じね」

 それから何とか頑張って仕事の顔に戻り、コースメニューの案内と飲み物のオーダーを聴き、「どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」

 僕の顔を覗き込み、さすがに一般の客には出さないだろう、スペシャルなウィンクをくれて、出て行った。


 それから、言葉では表現しきれないので詳しく書けないのが残念だが、バラエティに富んだ、緩急自在の素晴らしい料理を堪能した。

 僕は料理を味わうことで、全ての五感を通してイメージが膨らみ、次々にアジアの様々な都市を旅した。全てがその土地土地での最高の料理、しかも日本人の好みにうまくアレンジされたものだった。それに、土地のビールと上等のワインの心地よい酔い。

 元村シェフも舞花の意を汲んで、今手に入る最高の食材で、最高の仕事をしてくれたらしい。流れや量も申し分なく、生まれてこのかた、こんなに贅沢で、こんなに美しく美味しい食事をしたことがない、というほどの素晴らしいコースだった。


 食事の後、舞花がシャンパンを運んできた。いつの間にか、私服に着替えていた。

「乾杯しましょ。今日はこの瞬間から私、オフなの」

「何に乾杯?あ、僕の誕生日だったね」

「もちろん、海くんの誕生日に。それと、我らが勇者、鈴木海斗と、勇敢なお姫様、三崎舞花の完全勝利に」

「お姫様なんだ、女戦士じゃ?」

「そこ?そう言えば、前に海くんにそう言われたことあったけど、私はもともとか弱いお姫様よ。でもまあ、勇敢なのは認めるわ」舞花は自分の言葉にクスクスと笑った。

「勇敢も勇敢、このオーナー室に僕を客として呼ぼうなんて、君にしかできない、いや、考えつかないよ」

「予約満席だな-、どこか何とか席作れないかな-って考えた時、そうよ、広い個室席が空いてるじゃん。しかもここなら他のお客様の眼を気にする必要もないって、ね。ナイスアイデアでしょ」

「確かにうまくいけば、勝利の印としてというのも考えると一石三鳥だね。でも、そのためにオーナー追い出して、店ぐるみ巻き込んで」

「ちょうど次の『レオ』の調度品や食器の買い付けで、才谷は今、ヨーロッパなの。それに店のメンバーに恐る恐る計画を話したら、元村シェフはじめ、みんな面白がっちゃってノリノリだったのよ」

「すごいね、店のチームワークもすごいけど、それも含めて舞花の人望だね」

「違うわ、愛の力よ」

 どこかで聞いた台詞だな、と思った。


 その後、三崎店長から、店始まって以来の特別なサービスを受けたが、ここにはとても書けない。

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