実力差

 



 聖剣使いの『勇者』、ニール・ビトリクス。

 魔剣使いの『勇者』、ジェクション。

 贋作使いの『勇者』、玖音 進。



 進はニールとジェクションに挟まれる形で、二人の間に割って入る。




「―第三勢力、だぁ?何をほざきやがる」


 聖剣の煌めきを放ちながら、ニールが進を嗤う。



「―全くだ。俺とニールの間に割り込もうとは、余程の死にたがりのようだな」


 魔剣の妖気を放ちながら、ジェクションが進を貶す。



「―生憎だが、死ぬのはテメェらだ」


 贋作からは何も感じられない。進は二人に宣戦布告する。




 閑静とした街の中、路地の隙間を風が靡く。カランカラン、と何かの容器が転がる音が騒音に思えるほど辺りは静まり返っている。

 一人は聖剣、一人は魔剣。もう一人が携えるのは贋作のコンポジットボウ。



 あまりに違和感が強いので、進も二人と同じ剣を武器にすることにした。






(それにしてもどういう事だ?)


 弓からショートソードに形状を変えた『勇者の武器』を手に、進は考える。



 本来、勇者の武器は『勇者』それぞれによって与えられる武器の種類が違う。

 例えば、『6番目の勇者』なら剣、『9番目の勇者』なら銃、というように扱える武器種には違いがある。


 勇者の武器で『剣』のカテゴリを扱えるのは『6番目の勇者』である秀義と、『14番目の勇者』である進のみ。のはず。




 それが、『勇者』であるはずの二人が、互いに違う形の剣を振るって戦っている。

 となると、彼らが振るっているのは『勇者の武器』ではないということになる。



(殺し合いをしていたんじゃないのか?)


 勇者の武器ではない武器、つまりこの世界に存在する武器で『勇者』を殺す事は出来ない。

 彼らがやっていることは、進に言わせればただの“お飯事”。下らないお遊び以下のじゃれ合いでしかない。






「武器が変形した…!?」


「中々面白い武器を使うではないか」


 進の持つ武器が弓から剣に変形したことに、二人は興味深そうに喰らいつく。


 なんだこの反応は、と進が考えたところで、一つの仮説が頭の中に思い浮かぶ。




 ―まさかこいつら、『勇者の武器』の存在を知らないんじゃ…。




(下手したら、自分たちが『勇者』だという存在であることすら知らないんじゃ…?)


 ―いや、進が考えているようなことは決して無いのだが。

 少なくともニールは『勇者』としての自覚があり、『魔王』を倒すために剣を振るっているのだが。―



 だとしたらそれはそれで好都合。


 進にとって『勇者の武器』以外はさして脅威でもない。彼らが同じ武器を使い続けるのであれば、抵抗はされど一方的に攻撃出来る。




 つまり。








「イージーモードだな」


 そう言って、進は体を捻りジェクションの懐に飛び込む。


「む…」


 ジェクションは進の動きに反応し、急所の斬撃を躱す。

 進は間髪入れずに、二撃三撃と続けざまにジェクションに斬りかかるが、尽く回避される。

 その回避には一切の無駄がなく、慌てて回避している様子は無い。



「ははは、勢いだけはあるな」


「そりゃどう、もっ!」


 横薙ぎ。力を込めた黒の剣閃がジェクションの腹を斬り裂いた。


 かのように見えた。




「は?」


 気付けば進の体は宙を舞っていた。

 進の視界の先には、ジェクションの後ろ姿とニールの姿が逆向きに映る。頭と足の上下も逆になっているようだ。


 一瞬。いや、それよりも短い、刹那。

 進は刹那にして、ジェクションに軽くあしらわれたのだ。

 見えない。どれだけ“気”を使って捉えようとしても、確実に知覚出来ない。その確信があった。




 頭と石畳とが衝突し、進に激しい痛みをもたらす。


「痛ったぁ!!?」


 頭から真っ逆さまに地面にぶつかるその姿は、まさに滑稽の一言。



「貴様は後で相手してやる。だからそこで寝ていろ」


 ジェクションはちらりと進に視線を送ったかと思うと、すぐさまニールに視線を戻す。








「待たせたな、続きといくぞ」


「軽くあしらい過ぎじゃねぇか?」


 軽口を叩きながらも、二人は剣を相手に向ける。


 そして、すぐに剣戟の音が閑静な街に再び響き始める。




「…コケにしやがって」


 痛む頭を押さえながら、ジェクションのステータスを確認してみる。



 =====



 ???


 Lv:837



 =====



「はっぴゃ…!?」


 見たこともないような数字に進は言葉を失う。



 ―レベル837。この数値の脅威を出来るだけわかり易く解説すると、死ぬ気で木星を殴れば木星を真っ二つに出来る程の強さを誇る。

 ジェクションの潜在能力は計り知れず、彼を相手にするのでは『勇者』という事実を抜きにしても、この世界の全勢力を以てしても足りない。そのくらい、彼はどこかで研鑽を積んでいたことになる。―






 勝てない。進は思った。


 進の現在のレベルは17。ジェクションとのレベル差は天と地の差などという言葉では収まりきらない。

 その差は、地球と太陽ほどの大きな差が生まれている。



 たとえどんな搦手を使おうが。たとえ死ぬ気で突撃しようが。ジェクションはその全てを、ただ呼吸をするかのように軽くあしらってしまうだろう。




 となると、その彼の剣技を受け切るもう一方の相手、ニールは何者なのか。

 進はニールのステータスも確認する。



 =====



 ???


 Lv:838



 =====



 こちらも法外な数値を誇っていた。



(一体この化け物たちは何なんだ…!?)



 彼らは進と同じ『勇者』だ。だというのに、歴然としたこの差は一体何処から生まれるのか。




 答えは簡単。『前の世界での経験』が、彼らの初期レベルやステータスに反映されるのだ。

 前の世界での彼らは『勇者』と『魔王』。勇者としての経験を積み重ねてきたニール、魔王として孤独の力を培ってきたジェクション。


 二人の前世での行いが、この世界でのレベルやステータスに反映されているだけの事だ。

 進が召喚された時はレベル1だった。それは、進が前世で争い事に手を着けなかったからである。






「はぁっ!!」「はっ!!」


 聖剣と魔剣が一際激しい衝突を起こす。辺りには凄まじい突風が吹き荒れ、進の体は数歩後ろに引き下げられる。



(こんなの、人間同士の戦いじゃねぇ…!)


 逃げようか、とすら思った。彼らを相手にしたのでは、命が幾らあっても足りない。




 ジリ、と。進は地面を踏み躙って踵を返そうとする。






(―いや)


 逃げてはいけない。逃げられるわけがない。


 さっき言ったばかりなのに、もう諦めようとしている。




(俺がやらなきゃ、誰がエリアスの無念を晴らすんだよ)


 たとえ勝てない相手だとしても。たとえ死ぬことになろうとも。

 進は退いてはならない。進は戦わなければならない。


 あの時、彼女の墓場の前でそう誓ったのだ。



 ―下剋上。




 その単語を思い浮かべて、進はハッと何かを閃く。

 すぐさま「表示オープン」と呟き、固有スキル画面、スキル確認画面の順番に開いていく。



 =====



下剋上リベリオン


 スキルレベル:29(最大レベル:∞)


 パッシブ効果

 ・戦闘対象とのレベル差が大きければ大きいほど『勇者の武器』のステータス値上昇(レベル7)(戦闘対象のレベルが自身と同等以下だと効果なし)

 ・獲得経験値が上昇(レベル7)(スキルセット中の場合効果なし)


 アクティブ効果

 ・戦闘後の獲得経験値が減少(レベル13)

 ・戦闘対象とのレベル差が大きければ大きいほど“気”の効果上昇(レベル7)(戦闘対象のレベルが自身と同等以下なら効果なし)


 ステータス補正:



 次の派生スキル習得まで:レベル45(習得派生スキル:巨人殺し)



 次のレベルまで:経験値6282



 =====




 相手とのレベル差が大きければ大きいほど効果が強力になる固有スキル、『下剋上リベリオン』。

 さすがに上限はあるかもしれないが、これを使えばあるいは進にも活路が見出せるかもしれない。


 それまでセットしていた『サバイバル心得』から『下剋上リベリオン』に固有スキルを変更する。




 その瞬間、進の体の奥から謎の力が湧き上がる。



「…いける」


 進は自分のステータスの上昇値を確認する。



 =====



 玖音 進  レベル:17  職業:『勇者』


 STR:27685(↑ 27432)

 DEF:24844(↑ 24759)



 =====



 やはり。相手との差が絶望的ならその分、進も強くなる。


 このステータスなら互角に戦えるはず。そう思った進は剣を再び握り直す。




 これから挑むは死地。もしかしたら進はこの戦いに勝てず、命を散らすかもしれない。

 それでも、挑まなければならない。これは弔い合戦の一つ。






 この勝負、そして勝利はすべて、亡き少女のために捧げるものである。












「―はぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!」




 未だかつてない壮絶なる戦いが。


 三つ巴の攻防戦が。




 今始まる。

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