第三勢力

 

「これ美味しいですよ!シンも食べますか?」


「いらん。

 …さっきからよくそんなに食えるな」


 シエルに差し出された皿を軽く退けながら、進は頬を膨らませているシエルに呆れ返る。

 注文が来て30分。たったそれだけの時間でシエルは一巡目の料理を全て平らげ、今は一巡目の料理で気に入ったものを再度食している最中だ。


 あまりにも大量に、しかも高速で食べる様子を見て進は心配になる。




「は、はは…。シエルちゃんは本当に良く食べるっスね」


 さすがのレイジも、その食いっぷりには苦笑いしか出てこなかったようだ。


「ふぁい。ふぁっふぇふぉふぁふぉふーほふぇふはは」


「口に食い物入れて喋るな!汚いだろうが!」


 口いっぱいに頬張りながら言葉を発するシエルに進は叱咤する。

 シエルは慌てて口の中のものを全部飲み込み、喉を通すと息をついて先程と同じ内容を聞き取れるように口にする。


「だって『龍人族ドラゴニュート』ですから」



「…『龍人族ドラゴニュート』?」


 シエルの龍人族ドラゴニュートという単語にレイジは反応を示す。

 一瞬何かを考えたかのような表情を見せると、すぐにいつものようなちゃらけた様子で大笑いする。


「あっはっはっは!!シエルちゃんはすごいんスね!『龍人族ドラゴニュート』なんてそうそういないっスよ!!」


(そうそうどころか、もういないんだけどな)


 シエルの情報では、彼女は『龍人族ドラゴニュート』の末裔であり、他の同族はシエルを残して全滅したとのこと。

 その情報が真実だと仮定するなら、シエルはこの世界に残された“最後の”龍人族ということになる。もちろんこの情報は定かではないので、シエルの他に生き残りがいるかもしれないが。










「それより、こっち陣営反乱軍の『勇者』は一体いつになったら帰ってくるんだ」


 進たちが食事を始めてから既に一時間が経過している。レイジの話だと「すぐに帰ってくる」と言っていたのだが、未だにウエスタンドアが開かれる様子はない。

 シエルが満腹になる気配は永遠に訪れず、『勇者』が帰還する気配も一向に訪れない。


 一体どうしたのか、と進は顎に手を当てる。






 まさか、と。

 レイジがテーブルを叩いて突然立ち上がる。




「まさか、偵察の途中で殺されたわけじゃないっスよね…!?」


 シエルとリィムは皿からレイジに視線を変え、進はつまらなそうにレイジを見上げる。

 レイジの言葉に、それまで賑わっていた酒場は一斉に静まり返る。




「有り得ないな」


 レイジの憶測を進はハッキリと否定した。


「何でそう言いきれるっスか?」



「『勇者』を殺せるのは『勇者』だけだ。

 魔王軍側の『勇者』が動いたなら分からんが、ここ1ヶ月は動きを見せていない奴らが急に動くか?」


「そんなの分からないじゃないスか。今まで動かなかったからって、これからも動かないとは限らないっスよ」



 少しでも『勇者』の戦闘が起これば、そこには少なからず“気”が発生する。どんなに抑えようとしていても、殺“気”として身から溢れ出ることは止められない。


 強大な“気”になると、感知しようとしなくとも自然と身に染みるように伝わる。しかし極小の“気”、殺気レベルのものとなると、距離が開くと感知するのは難しい。



 尤も、それは『勇者』である進だからこそ知覚出来る事である。一般人であるレイジやシエルが“気”を感知出来るようになるには、相当量の“気”を直で感じないと不可能である。






(大きな“気”は特に感じられない。戦闘は起こっていないはずだが…―)


 進がウエスタンドアを見つめていると。











 ―カキンッ











 進の耳に、微かに金属音が響いた。


 この酒場のどこかからではない。この店の外のどこか、遠く離れた場所で金属と金属が弾き合う音だ。

 その証拠に、静まり返った酒場の中で今の音に気付いた様子を見せる者は誰一人としていない。



 全神経に“気”を通して周囲を索敵していた進のみ、今の音が聞こえていた。






(今の音は…)


 物騒な方面で考えるなら間違いなく、誰かが戦闘を繰り広げている音。いや、そうとしか捉えられない。

 街の中に通行人はおらず、店も殆どが閉店していた。進が見た中でだが、開店していた店の中に『鍛冶屋』は無かった。


 それに、もし今のが鉄を打つ音ならばもっと鋭い音が鳴るはずである。

 剣と剣がぶつかり合う音。今の音はそれと捉えるのが一番自然か。




 そして。

 問題は『誰が』その金属音を響かせているかだが。


(行ってみないと分からんな)


 距離がある中を聴覚で捉えることが出来ても、視界で捉えることは不可能だ。

 実際に赴いてみなければ、誰が剣戟を繰り広げているのかは進にも分からない。




 進は席を立ち、ローブを羽織って酒場の出口へと向かう。


「ちょ、どこ行くっスか!?」



「『勇者』を捜してくる。お前はシエルとリィムを頼む」


 それだけ告げて、進は酒場のウエスタンドアを押し開けた。






「…オレが面倒見るっスか?」


「すみません、これも追加で」


「まだ食うっスか!?」


 シエルの胃袋がまだ満たされていなかったことを進は知らない。








 ―――――











 音がする方に導かれるように、進は屋根と屋根の間を飛び交っていた。

 音は着実に近づいてきている。しかし、まだ正体は見えてこない。



(これがもし『勇者』同士の争いだとしたら)


 それは進にとって、とても好都合な出来事だ。

 彼が知らない場所で勝手に殺し合いをしてくれるのなら、殺し合いが終わって弱ったところを付け狙えば楽に殺せる。


 しかし、それでいいのかと。進は自身に問い掛ける。




(俺の復讐は、そんなんでいいのか?)


『勇者』が『勇者』を殺して、生き残って疲弊している『勇者』を進が殺す。それではまるで獲物を横取りするハイエナだ。

 それでたとえ『勇者』を殺したとしても、はたして進の果たしたかった『復讐』と呼べるのだろうか。




(そんなんで、エリアスは満足しないよな)


 亡き少女を想いながら、進は現場へと急行する。


 そう。これは進が受けた痛みによって起きる反逆ではない。




 これは、『世界』の理不尽に対する叛逆である。

 この『復讐』は、『世界』に対する反抗。少女が受けた理不尽の報いを『世界』に示すための復讐である。



 ならば、『勇者』殺しは全て進が成し遂げなければならない。

 進が彼女の無念を報いなければ、彼女を報いる者は誰もいない。








(俺が仕返ししてやるから、待っていてくれ)



 目的を新たに、進は屋根を駆ける。






 その先に、剣戟を振るう二つの影。



 一人は赤髪の剣士。光り輝く剣を振るう男で、純銀の鎧を身に纏っている。

 一人は黒髪の剣士。妖気纏う剣を振るう男で、黒の装束を身に纏っている。


 その実力は互角。互いに一進一退しながら、しかしその差が開くことはない。






 二人の戦いを見て、進は確信する。



 ―ああ、あれは間違いなく『勇者』だ。








 進は右手のカードを弓の姿に変え。





 一本の矢を放った。






 ―。






「「!」」


 それまで戦闘を行っていた対の剣士はお互いに刃を弾き、の射線上から距離を取る。


 それから間もなく、二人の戦闘範囲だった場所に無数の矢が降り注がれた。



「何だ…!?」


「ふむ…」


 二人は矢の雨の中心に降り立った一人の男を見やる。




 漆黒のローブに全身を隠し、右手に持っているのは独特な形状の弓。

 どこに矢を隠し持っているのかは分からないが、先程の矢の雨が一度に放たれたのは確か。




「貴様、」「テメェ、」

「何者だ!」




 戦闘に介入してきた不審な男に、二人は刃を向ける。


 男はゆらりと顔を上げ。











「―第三勢力だ」




 短く、それだけ答えた。

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