『青藍都市バッキニアス』

 



 ―2週間後。


 進たち一行はレイジの案内でなるべく近道を進み、ついに当初の目的地である『青藍都市バッキニアス』、その市門の目の前に到着した。






「長かったですね…」


 感慨深そうな微笑みを浮かべながら、シエルは市門を見上げながら息を吐く。

 進は反応すること無く、急ぎ足で市門の前を警備している衛兵に足を向ける。




「おい、門を開けろ」


 そして開口一番、喧嘩を売るような口調で衛兵に突っかかる。


「何だ貴様は」


 突如現れた全身を隠すほどの黒いローブを纏った不審人物に、衛兵はあからさまな警戒の色を見せる。

 衛兵が腰の剣に手を掛けた所で、レイジが双方の間に慌てて割って入る。



「あー待て待て!!

 オレっス!!コイツらはオレの連れたちっス!!」


 衛兵の前に立ちはだかり、進を庇うように両手を広げる。

 衛兵がレイジの顔を確認すると、先の態度とは一変してレイジに下手に出る。



「き、騎士長殿!もうお戻りになられたのですか!!」


「ウッス、ちょうどあちら側から向かってきたのと合流したっス」


 衛兵はレイジに向けて敬礼をすると、市門の横に取り付けられたレバーを引き下ろす。






「「騎士長?」」


 その様子を、進たちはただ呆然と見守っていた。








 ―――――








 進たちは無事に都市内に潜り込むことが出来た。

 しかし街を往く人々の姿はほとんどなく、曇りの天候の上に微かな霧が掛かっており、その様子はゴーストタウンを彷彿とさせる。


 その中を進とシエル、リィムとレイジはあてもなく歩き続ける。






「それしても、お前が『騎士長』だったとはな」


 先程から気になっていた疑問をレイジにぶつける。


 市門の衛兵がレイジを呼ぶ時、レイジのことを『騎士長』と呼んでいた。進たちはそのような情報は一切聞かされていなかったので、衝撃の新事実に度肝を抜かれた。




「すみませんっス。あそこにいた奴はオレのことを騎士長なんて呼んでましたけど、今はその地位は捨てていますっス」


「捨てている?どういう事だ」




「この王国に存在する騎士団は今現在、二つの勢力に分かれていますっス。


 一つは王国側に変わらず忠誠を誓う『魔王軍』。国王を殺した『勇者』に属する奴らっス。


 もう片方は勇者側の『勇者』…、説明しづらいから正義側の『勇者』と定義しましょうか。

 正義側の『勇者』率いるレジスタンス軍に離反した『反乱軍』っスね。魔王軍の流儀に反対する奴らが、正義側の『勇者』をリーダーとして秘密裏に活動していますっス」



『魔王軍』と『反乱軍』。国内の勢力でさえも二分されている。その事実に進は頭を抱える。


(さすがに人間を巻き込む訳にはいかねぇな)


 進が標的としているのは『勇者』だけである。どちらの『勇者』も相手にする以上、その取り巻きとの戦闘も起こりうると考えている。

 その場合、はたして進は人を不殺に出来るのだろうか。


 はたして進は『第三勢力』として、シエルたちを守りながら戦い続けられるのだろうか。



 せめてどちらか片方に騎士団が集中していれば、不利な方の『勇者』を討ってからもう片方の相手も検討出来たが。




(いや、有り得ないな)


 一時とはいえども、進が他の『勇者』と共闘するなど断じて有り得ない。

 仇討ちの相手と手を取り合うなど、今の進には到底考えられない状況だった。






「…ちなみに、お前は一体どっち側なんだ」


「オレは『反乱軍』に所属してますっス。

 でも、市門を警備していたあの兵士は『魔王軍』っス」


 何?と。

 敵対している勢力の人間を、何故街の中に入れたのか。進はレイジに問いかける。



「勢力こそ二分されども、志は同じというわけっスよ」



 レイジの答えに進は首を捻る。


「だったら何で勢力を二分する必要があったんだ?」


「さっきも言った通り、『魔王軍』と『反乱軍』では目的が違います。


『魔王軍』の目的、魔王の『勇者』の目的はこの世界を征服すること。それを阻止するために魔王『勇者』を打ち倒すのが『反乱軍』の目的っス。

 やり方に違いはあれど、どちらの兵士たちも『この国を救う』という志を持っているわけっス」




「…難儀なものだな」



『自分の信じるもののために戦う』という理念は、『自分の目的を果たすためにはどんな手段も厭わない』考えを持つ進と、どこか似通っている。

 進はこの国の兵士たちの複雑な事情を、頭の隅に留めておくことにする。








 ―。








「着きました。ここがオレたち『反乱軍』の拠点の酒場っス」



 レイジに案内された先にあったのは、一軒の大きな酒場だった。ウエスタンドアの向こうからは人々の喧騒が聞こえ、中の賑わいを感じさせる。


 レイジが扉を開けると、「どうぞ」という声に従ってそれに続いた。






「騎士長!お疲れ様ですっ!」

「随分と早いお帰りですね!」

「『勇者』は見つかりましたか!?」


 レイジが酒場の中に入ると、それに気付いた一人の兵士が声を上げ、それに続いて続々と兵士がレイジの元に駆け寄ってくる。



「ウッス!お前ら元気にしてたっスか?」


「そりゃあもう!騎士長が出発してから約1ヶ月、魔王軍は目立った動きを起こしません」


 厳つい顔の兵士が、レイジが不在の間の状況報告をする。それを確認したレイジは、ある人物の影を捜す。






「…『勇者』様はどこにいるっスか?姿が見えないようっスけど」


「『勇者』様は敵情視察に向かっています!もう間もなく帰ってくる頃かと!」


 それを聞いたレイジは、進たちに酒場の席に着くことを勧める。



「『勇者』様同士の顔合わせと行きたかったところっスけど、もう少し時間が掛かりそうっスね。

 適当に食事でもしながら待ちましょうか」


「そうだな」



「久しぶりに肉以外のものが食べられます…」


「クゥン…」




 レイジは丸テーブルの四人席に腰掛け、倣って進たちも各々樽の椅子に腰掛ける。


(まさか本当に樽を椅子にする店があるとはな)


 物語の中でしか聞いたことがないようなシチュエーションに、進は中々と感心する。




「適当に頼んじゃっていいっスよ」


「このメニューの中のもの何でもですか!?」


 シエルは目を輝かせてメニューの一覧を指さす。

 レイジは目を細めながら、シエルの注文を促す。


「ウッス!シエルちゃんはいっぱい食べますからね、ジャンジャン頼んでいいっスよ!」


「わぁ〜…!どれにしよう…!」




「あまり餌付けしようとしないでくれるか?」


「餌付けなんてそんなまさか。

 さ、『勇者』様もどうぞお好きなものを」


 レイジにメニューを渡され、冊子を開く。

 が、どれも聞いたことない見たことない料理名ばかりで進にはどれが何だか分からなかった。




「…シエルのオススメは何だ?」


「私のですか?

 う〜ん…。どれもオススメですけど、『玄豆げんず醤油のブルティナムスステーキ』なんてどうですか?」


(げんずって何だ、げんずって)


 シエルに言われたメニューを見て、レイジに指差しでそれを注文するように伝える。




「シエルちゃんは決まったっスか?」


 メニューと睨めっこしてうんうん唸っているシエルは、決断したようにメニュー表を勢いよく閉じる。








「―このメニューのもの全部で!!」




「「え」」








 進たちの座る小さなテーブルに、所狭しと料理が並べられることになった。

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